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12 親子喧嘩5

 第二船団の艦隊が消えていくのを見送った。

 

 腕の内側からハンマーを叩きつけられたような痛み。

 多分折れてると、痛みを堪えつつ仁はコックピットから這い出た姿勢のまま、空を見上げる。

 額を切ったのか。

 流れ落ちた血が視界を塞いでも見上げ続けていた。

 

 届かなかった。

 

 澪の本来の姿に、全力の抵抗に手も足も出なかった。

 

 いや、手も足も出していいのか分からなかった。

 はっきりといえば何をすればいいのか分からなかった。

 

 そんな心持のまま戦って、勝てる筈も無い。

 そもそも、何をどうすればこの戦いは勝利といえたのだろうか。

 

「……澪」


 何をすればいいのか分からない。

 まだ船団の外では艦隊と人型ASIDが睨み合っている。

 

 戦いになっていない理由は不明だが――本来ならば仁はそこに駆け付けなければいけない。

 そうでないなら、すぐに治療を受けて。

 

「――さん!」


 やるべきことは浮かんでくる。

 だけど動けない。

 

「東郷の親父さん!」

「……東谷君?」


 ふと気が付けば目の前で息を切らしている娘の同級生の姿。

 まだ訓練生だったはずだが、何故パイロットスーツ姿なのだろうか。

 

「手伝ってくれ! 姉貴が、撃墜されてハッチが歪んで開かない!」

「すぐに行く」


 元教え子の危機と聞いて、反射的に体が動く。

 痛みを堪えながら、守の先導に着いていく。

 

「……なるほど。確かにこれは」


 胸部を下にして墜落したのだろう。

 大きく歪んでいるのが素人でも分かるほどだ。

 

 付近には駐機姿勢となったレオパード。

 無人である事からそれが守の乗っていた機体だと分かった。

 

「中から反応がないんだ」

「よし、そこの部品を取ってくれ。ここの隙間から押し込んでハッチを無理やり開けるぞ」


 下手にレオパードで力任せにやれば、却って中を歪ませる可能性がある。


 同時に、レスキューチームの派遣も要請する。

 市街地の消火作業の為に多くは出払っているだろうが、メイにも必要な可能性があった。

 

「行くぞ。3,2,1!」


 二人で全体重をかけるが、ハッチはほんの僅かに動いたような気がしただけだった。

 もしかしたら願望がそう見せているだけで、実際には1ミリも動いていないかもしれない。

 

「もう一回だ!」


 息を合わせる時以外は無駄口を叩かず、二人は黙々と作業を続ける。

 メイの危機的状況もそうだし、澪が居なくなったという事実を前に何を話せばいいのか分からなかった。

 

「……君はまだ訓練生だったはずだろう。どうしてレオパードを操縦している?」


 額の汗を拭いながら、仁は沈黙に耐えかねてそう尋ねた。

 この汗の何割かは痛みを堪えた事で出てくる脂汗だ。

 じっとりとして不快さが際立つ。


「その、船団内の通信が寸断されて。ビーコンの発信の為に通信塔を守ろうと。訓練校には他に出れる奴がすぐには見つけられなくて」

「そうか」


 外で戦っている間、中でも色々とあったという事は分かった。

 

 そうしてまた、黙って作業を続ける。

 ほんの僅かに隙間が広がってきた辺りで、今度は守から口を開く。

 

「さっきのあれ、東郷ですよね」

「……分かるのか」


 正直、驚いた。

 澪の本体であるASIDの形状は、とても澪とは似通っていない。

 あの外観から娘を見分けられるとは、なんという眼力と仁は慄いた。

 

「一回あれを呼んだところを見てたので」

「そうか。そうだったのか」


 友人の前で、あれを見せたのかと仁は知り、澪の言葉に一定の理解を示した。

 誰も待ってなんかいないという叫び。

 あれはそんな事があったから発せられた物だったのだと。

 

「……怖がったのか」


 それだけが原因じゃない。

 そう分かっていても、問いかける時に声が低くなるのを止められなかった。


「ASIDに襲われたんですよ。俺達。姉貴と純平に東郷と、カーマインと長谷川の奴で買い物してる時に」


 守の応えは質問の解答じゃなくてその時の状況。


「ASIDに?」


 船団内でどうしてそんな事にと仁は疑問を抱く。

 或いは、それすらも第二船団の策略なのかもしれない。

 

 澪の正体を暴く為だったというのは流石に深読みしすぎかと仁は思う。

 

「俺達は逃げてたんですけど、逃げ切れなくて。姉貴がそのASIDに捕まって。そうしたら東郷の奴が『やめなさい!』って言ったらさっきの奴がどっかからやってきたんですよ」


 二人で一気に体重をかけて、ハッチの隙間が更に大きく広がった。

 

「澪ちゃん、悲鳴上げてました」

「姉貴!」

「無事かベルワール」

「今は笹森ですよ教官。すみません、不覚を取りました……っていうか澪ちゃんクッソ強いんですけど何ですかあれ」


 相変わらずのお喋りに、仁は胸を撫で下ろした。

 少なくとも意識ははっきりしているらしい。

 

「なるほど。これハッチが歪んで開かないパターンですね?」

「話が早くて助かる。身体はどうだ。怪我は?」

「パッと見た感じ大丈夫そうですね。出血は無し。あっちこっちエアバッグが出ていて窮屈です」


 一先ず無事だと分かり、仁と守は顔を見合わせて安堵の息を漏らす。

 少し気が抜けたら腕の痛みが蘇ってきた。思わず顔を顰める。

 

「どうしたんですか」

「ちょっと腕を痛めてな……」

「早く言ってくださいよ!」


 慌てて守がレオパードのコックピットに戻ってファストエイドキットを取りに行く。

 

「見ないでって、澪ちゃんは何度かそう言ってました。友人たちにはごめんなさいとも」

「……見ないで、か」


 澪は己が人間ではなかったという事を友人たちに知られたくなかったのだと分かる。


「その後はASIDの方がずっと吠えてましたね。うるさくて何も聞こえなかったです」

「友人たちは何か言ってたか?」

「……何も。ただ青ざめたままでしたよ」


 状況を考えれば青ざめるのも仕方ないだろう。

 ただの女学生がASIDに襲われ戦闘に巻き込まれた。

 卒倒していないだけ立派だ。

 

「……そんな事を見ても、お前は澪ちゃんなんだな」

「何ですか教官。私があれを見て、澪ちゃんへの態度を変えるとでも?」


 返事も頷きも返さなかったが、無言の肯定を感じ取ったのだろう。

 憤慨したようにメイは言う。


「あの程度、可愛い物です。教官の方がよっぽど人間離れしてました」

「おい」

「一割冗談です」

「九割本気だろ」


 睨んでいると守が戻ってきて応急処置をしてくれる。

 

「ってうわ! これ折れてるじゃないですか! 力仕事する前に言ってくださいよ!」

「ほら。大けがしても平然としている教官の方がよっぽどどうかしてます」


 メイのからかいの言葉に憮然としつつ、痛み止めを打って貰って漸く身体のこわばりが緩んだ。

 

「そんでもってそこの澪ちゃんにぞっこんな愚弟も気にしていない側ですよ。ずっと、あの日から澪ちゃんを探してます」

「ちょ、姉貴」


 顔色を青くしたり赤くしたりしながら守は仁とメイの間で視線を行ったり来たりさせる。

 ちょっと今の発言について問いただしたい所だったが、我慢する。

 

「俺だけじゃねえよ。カーマインも長谷川の奴もずっと東郷を探してる」


 バツの悪そうな顔を作りながら守はそう言う。

 

「あの日、俺達を助けてくれた東郷に礼の一つも言えてない」


 そう呟いた時の守の横顔は、何か覚悟を決めた物だった。

 

「アイツが俺達と一緒に居たくないって言うならそれでもいいさ。でも、お別れも言わせてもらえないなんてあんまりじゃねえか」


 そう言い切ると、守は仁の眼を真っ直ぐに見て来た。

 若々しい覇気に満ちた視線だ。

 今の仁には少し眩しい。

 

「なあ東郷の親父さん。東郷の奴はどこに行ったんだ?」

「……多分第二船団だ」

「第二船団? 何でまた」


 メイが疑念の声を上げる。

 一連の出来事の繋がりを把握した仁にとっては自明の理だが、それを知らなければそこにはつながらないだろう。

 どう説明するかと悩んでいると、二機のレイヴンが降下してくる。

 

『メイ! 無事か!』


 外部スピーカーで叫ばれたメイは、コックピットの中から五月蠅そうな声を出す。

 

「そんなにデカい声出さなくても聞こえてますよ……って言って貰えます教官?」

「もう降りて来てるから直接言ってやれ」


 コウとユーリアが残骸と化したレオパードの元に集ってくる。

 その向こう側からレスキューチームも到着した。

 ハッチをこじ開ける様の機材も持ち込まれて、メイが中から引っ張り出されてきた。

 

 コウに控えめながら甘えているメイの姿を見て、仁は良かったと微笑んだ。

 そしてすぐにその表情が曇る。

 

 どうすれば澪を止められるのか。

 それが全く分からなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] そうだ そうなると、親子揃って化け物扱いなんだ(^-^;
[一言] ほ、メイも無事だった 実はコックピットの中で潰れてたりしなくてよかった で、第2船団はどうなるか……
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