04 メインシップ奪還作戦4
「……! 艦隊が動き出しました!」
望遠映像で、残留艦隊が宇宙港から出港しだすのが見えて艦橋に歓喜の声が響く。
「こちらからの救援要請が届いたか……!」
俄かに、第二船団艦隊の動きも混乱しだした。
当然だろう。
少なくとも彼らは残留艦隊が動き出す事など知らなかったはずだ。
「後は、ビーコンの発信と他船団への連絡が出来れば我々の勝ちだ」
いや、正確にはそれが達成されないと完全な勝利は掴めない。
残留艦隊が動いたことで漸く戦局は4:6程度まで持ち直せた。
未だ不利には変わりない。
綱渡りの様な作戦は継続中だった。
それでも増援の姿は士気を大きく上げる。
「よし! やってくれたかジェイク!」
民間回線を経由した元軍属への通信。
中途で切断されてしまったが、あれだけの情報でジェイクは動いてくれたらしい。
そしてそれを司令部に信じさせた。
その手腕は感嘆に値する。
士気の上がった味方と、士気の下がった敵。
それだけで僅かだが戦局も持ち直す。
動きの精彩を欠いたグリフォンを二機、瞬く間に撃墜した。
一息吐くよりも早く照準して射撃。
正確に、コックピットを狙った一射。
サイボーグ戦隊は確かに優秀だ。
だがそこには大きな欠点が存在する。
高度な連携を実現するために彼らは徹底的な戦術を仕込まれている。
それは個々人の戦術眼を均等にするためだが――それが今となっては仇となった。
高い身体能力で、彼らは教え込まれた戦術を完璧に実現できてしまう。
それはつまり、ここにいたサイボーグ戦隊250人が同じ状況に対してほぼ同じ動きをするという事だ。
故に一度相手の動きを読めてしまえばそれを全員に展開するのは容易い。
例えそれが仁の動きを先読みして、対策を練ったものだとしても関係がない。
相手が先読みしているのならば、それに合わせて更に相手の先を読んだ動きをする。
相手が完璧な連携を維持している時ならば手も足も出ないが――動揺して隙を見せれば話は別。
既に見出した攻略パターンとでも言うべき動きで浮いた駒から狩っていく。
『化け物め!』
サイボーグ戦隊の一人が吐き捨てる。
本当にここにいるのは人間なのかと尋ねたい。
とても同じ人種だとは思えなかった。
エーテルダガーを抜いての近接戦。
前後からの挟撃は避けようがない――筈なのに、仁のレイヴンは肘を逆に曲げて真後ろからの攻撃も捌き切る。
後ろに目を付けろ。
かつて訓練生に投げた言葉を、彼は今も体現している。
背後から襲う程度でこちらの反応が遅くなると思ったら大間違いだと笑みを浮かべる程だ。
その考えが人間としては大間違いなのだが。
蹴りを相手のグリフォンの胴体に叩きつける。
エーテルコーティングで機体は損傷せずとも、衝撃はしっかりと伝わる。
激しい揺れ。その程度でサイボーグは失神しない。
再びの揺れ。
フォローに来ていた別のグリフォンと衝突した。
そしてその二機を仁はまとめて撃ち抜く。
一機だけを撃破するよりも団子にして撃破した方が効率がいい。
そうしてから背後で切りかかってきた機体を回転しながら両断する。
「はっ。動揺がない分、ミミズ型の方が手応えある!」
挑発的に、オープン回線で吐き捨てる。
口にするほど簡単ではない。
相手の連携が乱れていなければ仁だって一矢報いる隙は無いのだから。
今しがた撃墜した五機を除けば、仁が撃墜できたのはたったの一機。
つまりこれで漸く六機目。
サイボーグ戦隊に限ってもまだ240機以上存在するし、一般兵のレイヴンに至ってはまだ1000近い。
しかしその1000はいよいよ残留艦隊から出撃したレイヴン達に捕捉された。
数は500程。
真っ当に戦えば第二船団の勝ちだ。
『――り返す。第三船団に第二船団と開戦する意図はない。我々の軍備増強は、超大型種との交戦を想定したものである。諸君らの介入行動は船団憲章違反である。繰り返す――』
残留艦隊からのその通信は、数の優位を覆すものだ。
防衛軍である以上、そこに所属している隊員たちは皆、守るために戦っている。
仁達にはハロルドがどう一般兵を言いくるめたのかは分からない。
それでもその理由付けは恐らく、かなり強引な物だ。
超大型種『スタルト』との交戦は完全に偶発的な物。
ならば、それに合わせた第二船団艦隊の出撃理由も慌てて用意した物だろう。
加えて、ハロルドはあらゆる帳尻をタイムリープで無理やり合わせるつもりだ。
それまでの時間言う事を聞けば良いと思っていたのだとしたら。
粗が目立つのも当然だろう。
事実、第二船団の一般兵からすれば開戦準備をしていると聞かされて、ASIDと一線終えた直後の艦隊を襲撃した。
第三船団を監視しても、開戦準備をしていたような気配がない。
そこへ真っ向から違うと否定されたのだ。
その状況で自分たちの大義名分を信じ切るのは難しい。
第二船団アサルトフレーム部隊の陣形がガタガタになっていく。
あそこまで士気が下がってしまうとまともな戦いになりはしない。
数に勝りながらも一方的に撃ち落されていく姿は哀れですらある。
しかし、サイボーグ戦隊は違う。
彼らの大半はライテラ計画を知っている。
故に、揺さぶられない。
一部の部隊がレイヴン部隊の掩護へ向かい――一部は仁の支援をしているレイヴン部隊を取り囲む。
そうして仁の周囲にはグリフォン50機が残された。
強引に分断された事に気付いた仁は鼻を鳴らす。
「……50機か」
一度に相手取る数が五分の一になった、と喜ぶことは出来ない。
今まで前衛に出ていた機体よりも動きが良い。
サイボーグ戦隊は限りなく質を均一にしたとは言え、その質にもランクがある。
ここにいるのは間違いなく、サイボーグ戦隊の中でも精鋭。
射撃が、装甲を掠めだす。
「ちっ!」
こちらの移動位置を読んだ偏差射撃。
テンポよく放たれたエーテルライフルの弾道は今の仁を見て更に細かく補正を掛けている。
そのリズムを乱そうと、牽制射撃をすべく構えたライフルにいずこからのエーテル弾が着弾する。
至近距離での爆発に、咄嗟にライフルを離して後方に下がる。
その爆風を超えて、幾条の光線が仁のレイヴンに突き立てられる。
「くそっ!」
武器を一つ失った。
今回は補充物資が無かった関係もあって仁のレイヴンも潤沢な武装を積み込んでいるわけではない。
ライフルは手にしていた二丁しかなかった。
つまり単純に火力が半減したと言えた。
その爆風を突き抜けて一機のグリフォンがエーテルダガーを両手に握って接近戦を挑んできた。
『東郷仁!』
「智か!」
銃口が揺らぐ。
敵意を向けられたことはある。
殺意を向けられたこともある。
だが、仁から智へそれらを向けた事は無い。
敵を撃墜する覚悟は決めて来た。
だが――智を、義妹となる筈だった相手を撃墜する覚悟はついぞ決められなかった。
大ぶりの一撃。
躱せる。
その後すれ違いざまに切りつける。
容易い。
突出し、浮いた駒である智を狩るのは難しくはない。
ただ一つ、仁の心理的なハードルを除けば。
ライフルを失った側の手でエーテルダガーを抜き放って鍔迫り合いに持ち込む。
脚を止めるのは自殺行為だと分かっていながらもそうするしかなかった。
そして武力で排除できない以上、仁に出来るのは口を動かす事だ。
「よせ!」
『何を生温い事を……!』
ああそうだと仁も認める。
こと戦場に立って刃を交えて。
その段になって制止を呼びかけるなどと言うのは間抜けな話だ。
『……こちらへ来い。東郷仁!』
だから智のこの言葉もとてつもなく間抜けだった。
『もうライテラ計画は最終段階だ。私の願いとお前の願いは矛盾しない! 姉さんが帰ってくるんだ!』
ああ、やはりと仁は納得してしまった。
予想が外れていて欲しかった。
だが、智の言葉で予想は的中していたことが分かる。
令の死を無かった事にする。即ち過去への干渉。
もしもそれが何のリスクも無い事ならば仁も喜んで智の手を取り、最愛の人の帰還を待っただろう。
だが。
「――澪はどこだ」
低く問いかける。
「あの子に何をさせるつもりだ!」
娘がそこに関わっている。
それを傍観は出来ない。
『素直に答えるとでも?』
「答えないなら、無理やりにでも口を割らせるだけだ!」
仁の中の優先順位はもう決まっている。
自分が傷つくのは構わない。
だがその悪意が澪に向けられたのならば、容赦は出来ない。
智のグリフォンと仁のレイヴンが絡み合う。
至近距離でエーテルダガーを交えて、機体の額がぶつかり合った。
カメラ越しに、仁は智の視線を見た気がした。
鍔迫り合いの拮抗は一瞬。
その均衡が崩れたら。
次の瞬間にはどちらかの機体が切り伏せられているだろう。
斬る。
義妹を切って捨てることを決意した。
次の瞬間に起きた出来事は誰にとっても想定外。
或いは仁だけは可能性の一つとして頭の片隅にあったかもしれない。
オーバーライト。
いきなり一つの群れが、この第二船団と第三船団が交戦する宙域に姿を現す。
「人型!?」
八年前に第三船団を襲った人型ASIDの群れ――否、軍勢。
それが再び人類の前に姿を現した。




