31 反抗作戦
――20日前。
「第二船団の狙いは、俺達が撃破した超大型種のリアクターだ」
確信を持って、仁はロンバルディア級戦艦の艦橋でそう告げる。
思案顔の艦長が慎重に、仁を刺激しない様に落ち着いた口調で尋ねた。
「その根拠は何かね? 確かにあのリアクターは得られれば良い物ではあろうが……船団間の戦争を引き起こしてまで欲しい物とは思えない」
その言葉に、艦橋に詰めていた幾人かが同意の頷きを返した。
仁と同じように着艦したアサルトフレーム部隊の隊長が若干名だ。
「むしろ、第三船団を完全な支配下に置く為に超大型種との戦いで消耗した直後を狙ってきたという方が納得がいく」
「確かに」
「と言うよりも他に目的が考えられない」
最大の奇襲効果を狙ったのだというとある部隊長の言葉に同意の声が次々と挙がる。
それらが一段落するのを待って仁は口を開いた。
「そうしたとして、次はどうなる? 何れこの事態に気付いた第一船団と第四船団の防衛軍が第二船団を叩き潰すだけだ」
「……その後は生き残った二つの船団が利権争いで自滅するか。半減した戦力で旅を続けるか」
「どちらにしても第二船団はお終いだな」
そう。結局のところ第二船団はこんなマネをしでかした時点で生き残れない。
残る道は第一、第四船団の連合艦隊を撃退するかどうかだ。
それも不可能ではないだろう。
第三船団の防衛軍を撃破して乗っ取ったことを誤魔化し続けられればその間に各個撃破も出来るかもしれない。
ただそれも賭けだ。
超大型種については他の船団も注目していた。
第三船団の艦隊が壊滅するのは想定内だとしても、超大型種も姿を消すのは不自然。
何れそこに第三者の関与――第二船団の介入が浮かび上がってくる。
故に、この状況は長くは続かない。
傷付いた自分たちは無理をする必要が無いのだ。
ここでしばらく待っていれば多少不自由があるが、その内誰かが解決してくれるはずだ。
だが――仁にはそうできない理由があった。
言うべきか。
仁は躊躇う。
正直に言ってあの時閃いた仮説に、今はその時ほどの確信が得られない。
理屈の上では可能だと思う。
シャーリーと話したいと仁は思った。
きっと彼女ならば今の仁の考えが合っているか否か。
少なくとも実現可能か否かだけでも答えてくれたと思うのだ。
「俺達、エースと呼ばれてる連中がどうやって未来を見ているのか知っているか?」
悩んだ末に、仁は口を開いた。
これを言う以外に他の皆を説得できる方法が思いつかなかったのだ。
「えっとそれはあれか。一秒先が見えるとかいう」
与太話。という言葉は相手の口の中で消えた。
この中には真のエースと呼べる人間は仁しかいない。
そう言われてもパっと来るものではないだろう。
「これは知り合いから聞いた話なんだが――」
そう前置きして仁はシャーリーから聞いたエーテル通信のロジックを説明する。
純度の高いエーテルならば過去へと情報を伝播させられる。
エースはその未来からのエーテル通信を受け取っているのだと。
「ああ。どっかで聞いたことあるなその理論」
「俺もだ。だけどそれがどうしたって言うんだ?」
全然関係ないように思えるその言葉に皆疑問符を浮かべていた。
「……超大型種プロセッサー2の映像だ」
ナンバリングに関しては発見順なので2となっている。
だがこれこそがあの個体のメインプロセッサーだっただろうと仁は確信していた。
「この最初の繭型の状態。俺はこれを以前に見た事がある」
「本当か?」
「どこでだ。クイーン討伐か?」
「違う。これは、シップ1の外壁部に付着していた」
残念ながらその時の映像はここにはない。
もしかしたら勘違いかもしれない。
その不安を押し込むように、仁は努めて自信に溢れた様に務める。
「発見直後に直ぐに第二船団の連中が来て回収していった。その時に尋ねてみたら銃口を向けられたよ。八年前だ」
「……第二船団か」
「もしもこれがクイーンのプロセッサーだったとして……それが何だって言うんだ?」
正念場だ。
この後の話を信じさせられなければ、彼らを動かす事は出来ないだろう。
「さっきの過去へのエーテル通信について仮説がもう一つある。純度の高い高出力エーテルがあれば、もっと長い時間を遡れる」
視線が仁に突き刺さった。
お世辞にも、その視線は好意的とは言い難い。
それでも仁は言い切る。
「そして、あいつらはクイーンのプロセッサーを一つ入手して、高出力なエーテルリアクターを入手した。つまり」
「あー東郷大尉。つまりあれかね。第二船団は、その」
艦長が汗を拭いながら先ほど以上の慎重さで言葉を選ぶ。
如何にしてその言葉を柔らかく言おうかと苦心している様だったが、焦れた別の男が吐き捨てるよう言った。
「タイムマシンを作ろうとしてるって言いたいのかよ」
「……そうだ」
頷いた瞬間、場の空気は幾つかに別れた。
正気を疑う視線。
馬鹿馬鹿しさの入り混じった視線。
そして、まさかという驚きの視線。
「この状況で頭でも狂ったのかエース! そんな夢物語を言う場じゃないぞ」
「生憎だが、俺は正気だ」
「そうかな? 五年近くを連れ添った副官を亡くして冷静さを欠いている様に思える」
「流石に荒唐無稽が過ぎる。陰謀論に染まっているのではないか」
「いくら何でもタイムマシンとは」
「だが、そんな物が目的ならば相手の後先考えない行動にも説明がついてしまう。全て無かった事にしてしまうとしたら――」
艦橋が静まり返る。
機械の駆動音だけが響き渡る時間。
「第二船団のハロルド・バイロンは理論上は可能だと言っている。幾つかの講演で発表もしているような内容だ」
「……ここでも第二船団か」
「それからもう一つ。これも八年前だ。惑星メルセで調査漏れのクイーンが発見された事件」
「あの時も第二船団が見落とし、第二船団が介入したのだったな」
「確かにあれもおかしな話だと聞いた時には――」
第二船団の不可解な行動。
それらは仁がシャーリーと共に集めていた情報だ。
奇しくも、未来の澪と同じ感慨を抱いた。
仁の集めた点が線で結ばれていく。
一つだけ意図的に仁が伏せた情報がある。
それだけは言えない。
それだけは、仁の勘違いであって欲しいと心の底から願っている。
自分の娘が人間ではないなどと。澪が知ったらどれほど苦しむか。
「もしもその、何だ。タイムトラベルが可能になったら俺達はどうなるんだ?」
「分からない。完全な推測になるが多分俺達は気付かない内に過去を変えられて、知らないままにその流れに身を置くのだと思う」
少なくとも仁は一秒先の未来を変えた時に、有り得たかもしれない自分の存在を感じた事は無い。
仁の主観において、時間は常に一本道だった。
「第二船団がタイムトラベルという手段を得て何をするつもりかは分からないが――それは俺達にとっては碌な事じゃないと思う」
嘘を吐いた。
少なくとも第二船団は人類の為になると考えている。
だがもしも仁の仮説が正しければ。
敢えて伏せた最後の要素が本当に澪なのだとしたら。
この計画を実行させてはいけない。
だけど仁一人ではどうすることも出来ない。
今ここにいる人間を巻き込むしかない。
「あいつらにとって好き勝手に過去を変えられて、俺達はそれに気づく事すら出来ない。そんな宇宙になる。それは……御免だ」
その為に――彼らを騙す。
利己的な理由の為に、彼らをもう一度戦場に、人と人が相争う修羅の巷に投げ込む。
「何としても、第三船団を占拠している奴らを追い出して、連中の計画に必要な物を奪う。そうしないと……次の瞬間に俺達の存在が消されていてもおかしくない」
敢えて不安を煽る。
そこまでのことが出来るのか分からない。
可能性としてはあり得るのだ。そうする動機は兎も角として、過去にさかのぼって殺されでもしたらどうしようもない。
「――損傷激しい我が艦では即座に軍事行動に移るのは難しいだろう。加えて、単艦ではな」
艦長のその言葉。
行動を起こす是非ではなく方法論に議論が移った事を察して仁は小さく拳を握り締める。
「周辺宙域に集合座標を呼びかけよ。それからこの星系の第四惑星に揚陸艇を。資源を採取して艦と艦載機の修理を開始する」
「艦長。今の話を信じるのですか?」
「まあ半分といったところだ。今の話を抜きにしても――こんな非道を働いた連中が我々の故郷を不当に占拠しているのだ。それだけでも心配になるだろう」
そう言ってここを拠点に部隊の集結を図った。
全ては第三船団を占拠している第二船団を追い払い、彼らの目論見を挫く為に。




