29 後継者3
「何で、それを」
「知っているとも。私たちは、君を見つけ出すために八年前から準備をしてきた」
「八年前から……?」
「そう。君をあの日、この船団に導いたのが我々だと言えば分かるかな?」
その言葉に澪は一つの出来事を思い出す。
彼女が、ミオが第三船団に漂流することになった切っ掛けだ。
「あなた達が私をここに連れて来たの?」
「その通りだ。邪魔の入らないところで、私たちは君と交渉がしたかった」
その言葉に澪は警戒を強める。
何故ならば――ハロルドの言う導くというのは控えめに言っても誘拐と呼ぶべき物だったのだから。
ちょっと睨み付けるとハロルドは苦笑の様な物を漏らした。
「そんな風に可愛く睨み付けられてもね……あんなドローンにフラフラ釣られてしまうのもどうかと思ったが」
「むむ……」
仁が以前目にした不可視型のドローン。
それを使って第二船団は八年前、とあるASIDの群れを監視していた。
より正確にはその群れの次期クイーン。今は東郷澪と名付けられた当時は名も無きASIDを。
ただ何かの切っ掛けで澪はドローンの存在に気付いたのだろう。
不可視型ドローンを追いかけて破壊しようとしてきた――と言うよりじゃれつこうとした。
それは堪らないと逃げ出したドローンを澪は追いかけ……。
潜んでいたロンバルディア級戦艦『リサ』のオーバーライトに巻き込まれて第三船団の近郊へと飛ばされたのだ。
別にその転移先に意味があったわけではない。
元々ハロルドの私兵となっていた彼らは所属を誤魔化すために、他船団にカモフラージュで飛ぶことがあった。
その一環だっただけだ。故に第一船団の可能性もあったし、第四船団の可能性もあった。
「我々としては千載一遇のチャンスだった。次期クイーンと何かしらのコミュニケーションを取る事。それが出来る環境が整えられたのだからね」
ただ、そうは上手く運ばなかった。
オーバーライトさせられた澪は、ASIDとしての本能に従って第三船団の方へと向かってしまった。
或いはもっと単純に初めて見る物への好奇心かもしれない。
そこでは折り悪く――別の群れとの戦闘中だった。
混戦の最中、澪は流れ弾に撃墜されボロボロの状態でシップ1にへばりついた。
そうして傷付いた己の身体を癒すために繭を作り。
初めての攻撃から逃れようと魂とも呼べる生エーテルを原生生物を模した器に宿した。
「焦ったよ。いくら我々でも第三船団の防空圏には入念な準備なく入り込めない。そこで私たちは君を見失った」
そこから先の事は、澪も良く覚えている。
ミオの記憶に頼るまでも無い。
原生生物――即ち第三船団に住まう人間を模した器。
今の疑似生体に意識を移したばかりの澪はシップ1の中を彷徨い――そして出会ったのだ。
東郷仁に。
「そこからの私たちは君を探すことに注力していた――が、これが上手く行かない。所詮我々は余所者だからね。探し出すのに八年もかかってしまった」
その理由の一つに、高度な監視社会である第三船団では個人情報の管理と運用に関しては厳格だった。
技術レベル的にも必要性に応じてか第二船団よりも遥かに高い。
工業力では上回っていると言えたが、情報戦となると分が悪かったのだ。
「何で私を捕まえようとしていたんですか」
やはり今の説明を聞いても分からない。
兎に角今は直ぐにでもミオを動かせるようにと、意識をそちらへと回す。
「捕まえようとしたは人聞きが悪いな」
またも困ったような笑みを浮かべられて澪も毒気を削がれる。
ハロルドがそう言う顔で笑うと、シャーリーとよく似ているのだ。
「お願いしたい事があったんだよ。東郷澪君」
「お願い……?」
「そう。いずれASIDを率いる女王に成長し、こうしてコミュニケーションが取れる君にしかお願いできない事だ」
「何ですか、それ……」
「我々の計画に、ライテラ計画に協力して欲しい」
「ライテラ計画って……」
何? と言う声にならない問いは正しくハロルドに届いたらしい。
「正式名称……第二次時間跳躍実験計画。簡単に言ってしまえばタイムマシンを作ろうという計画だよ」
その計画を聞いた澪は驚きで目を見開く。
そんな事が――。
「出来るんですか」
「出来る。君と出会った講演内容が正にこれだったのだが――」
「寝てたので覚えてないです」
「……そうか」
そもそも誰も真面目に取り合っていなかった理論だ。
その荒唐無稽さゆえに子供受けは良い題材だと思っていたハロルドは少しショックだったが直ぐに気を取り直す。
「まあ良い。理論はある。いや、第一次も理論はあったんだけど、必要な要素がどうしても手に入らなかった。そしてそれは第二次も同じ――筈だった。君達を見つけるまでは」
その理論とは、以前に仁とシャーリーが与太話として話していた物とほぼ同一。
即ち。
「単一要素による高出力エーテル。それを使ったエーテル通信による過去への情報送信。更にそこへ本物のエースと呼ばれる人間による受容によって、意識のみの時間跳躍を可能にする」
「一番のネックはその単一要素による高出力エーテル。その実現だったんです。澪ちゃん」
黙っていた智が口を挟む。
「今現在人類が保有する最高出力のリアクターはロンギヌス級機動戦艦の2000ラミィ。でもこれじゃあとても足りない」
「そう。エーテル通信の情報を劣化させないためには、少なく見積もってもその三倍は必要だ。その出力は、人間ではとても生み出せない」
故に、人間以外の助力が必要だったとハロルドは語る。
「ASIDのクイーンは、単一要素による高出力エーテルを実現している。ならば、言い換えればクイーンタイプの助力が得られれば実現可能なのだ。この計画は!」
一先ず澪は自分が狙われた理由を理解した。
理解はしたが――。
「それを作って何をしたいの?」
目的が良く分からない。
何故ならば時間跳躍と言うのは手段だと澪は思っている。
それの実現自体は目的ではないだろうと。
「過去に情報を送れるという事は、それはもはや一種の未来予知だ。分かるかな?」
「うん」
大丈夫、ついて行けている。
難しい話をされたらどうしようかと思ったが、ハロルドの例えは分かりやすい物だった。
「例えば……段差に躓いて転んでしまったとしよう」
「うん」
「だが、予め段差に躓いて転ぶという事を知っていれば君はどうする?」
「えっと……気を付ける、と思う」
と言うか誰だってそうだろうと澪は思った。
あらかじめアクシデントがあると知っていれば、それを回避するための行動をする。
「我々がやりたいのはそれをもっと大規模にした物なのだよ。回避可能な悲劇の撲滅。それがライテラ計画の根幹だ」
「回避可能な悲劇……」
「最も代表的なのはASIDとの遭遇だな。君たちの同胞とは不幸にもこうしたコミュニケーションが取れないため、戦いになる」
「……私達とあいつ等は違うよ」
「そうなのかい?」
「えっと、人間とペンギンくらい違う」
その例えは逆にうまく伝わらなかったらしい。
ハロルドも智も首を傾げている。
澪も、中等学校での授業を思い出してそれっぽい例えを見つけ出した。
「んと、同じ恒温動物ってだけで、それ以外は全然違う。私達哺乳類。アイツら鳥類位違う」
「ほう……興味深いな……。いや、その話はまた今度じっくりと聞こう」
ASID当人からASIDについて聞けるという状況にハロルドは好奇心を刺激された様だが、話を本題へと戻す。
「ASIDとの戦いでは少なからず犠牲が出ている。だが、その宙域に居ると分かっていればそこに行かなければいい。そう言う事が出来るようになる」
「大体わかった……と思う」
高度な未来予知による危機回避。
なるほど。それは立派な事だと思う。
「それだけじゃない。今から過去に起きた出来事。それらも情報を送る事で回避できる可能性がある」
「過去を変える?」
そんなことも出来るのかと澪は驚く。
「いや、我々の同志達が協力してくれている理由は寧ろこれだ」
その言葉に智が小さく頷く。
「過去の悲劇を無かった事にしたい。正しき物語を願い、ライテラ計画と名付けられたのだから」
「で、でも。過去に遡っても今は変わらないんじゃないの……?」
「これについては既に実例がある。過去を変えれば現在も変わる。時間の流れは一本だけ、という事になる」
「実例……? え、何で」
「――既にこの世界は過去改変が行われた後だという事だ。過去に一度。或いは幾度か改変が行われている」
そう言うとハロルドは溜息を吐いた。
「既にその技術は失われて久しい。第一次時間跳躍実験はそれを再現しようとしたらしいが、断念したものだ」
「何で失われちゃったの……?」
「それは不明だ。兎に角、今重要なのは過去改変によって現実は変化するという事だ。我々にそれは知覚できないがね」




