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28 後継者2

 漂う。


 移民船団から離れることもできず。

 さりとて戻ることもできず。


 今の澪はまさしく迷子であった。


 どこに行けば良いのだろう。その自問に答えてくれる誰かはいない。

 何より、澪自身がどうしたいのかが分からない。


 望みは今までどおり。

 だがそれはもう叶わないだろうことは痛いほど分かっている。


 今の澪がミオを伴って船団に戻れば、次の瞬間には一軍に包囲されている。

 自分はそんな存在になってしまった……そんな存在であったことを思い出してしまったからには、もうその願いは叶えられない。


 ミオを完膚無きまでに破壊して、何事も無かったように日常に埋没するか。

 それもできないと澪にはよく分かる。

 

 意識としての主体は、澪の側に有る。

 だが生命体としてはやはりミオの方が本体なのだ。


 澪の肉体が消失したら、澪と言う意識は消え去る。

 それはミオにとっても死と同義だ。

 

 逆に澪の肉体を維持しているのはミオの側なのだ。

 ASIDの持つナノマシン。

 それによって構成された疑似人体。

 その細胞単位の動きは本来の体が持つ強固な演算が支えている。

 

 故に、ミオを失ったら澪も3日と生きてはいけない。

 制御を失ったナノマシンが正常な細胞分裂を促せなくなり、肉体が崩壊していく。


「……あれ?」


 そこで澪はふと気が付いた。

 同じ船団に居るのならばまだしも、数光年も離れたらやはりそのときは澪の体は制御不能と成る。


 だと言うのに、八年前にうっかり遠征訓練に紛れ込んでしまったとき。

 あの時は何故何とも無かったのだろうか。

 肉体の崩壊どころか、体調不良すら記憶にない。


 そうなると今の直感が誤っていたのか。

 それとも。


「お前誰かに運ばれていたの?」


 自分の体に対してお前というのも変な話だが、澪はミオへそう言った。

 当時、こちらのボディは休眠状態だったので、周囲を知覚することなんて出来なかったので答えは期待していないが。


 だとしたら一体誰が運んでいたのか。何の目的で。

 

 なんだか寝ている間に知らない場所に運ばれていた気分ーーというかそのものなのだがーーになって澪は身を震わせる。

 乙女的な危機感を覚えているあたり、こんな状況でもちょっとずれている。


 澪のその疑問は直ぐに答えの方からやってきた。


「……船」


 姿は見えない。

 だが居ると、ミオの感覚器が告げてくる。

 不可視の戦艦がそこにいると。


 どうしようと澪は迷う。

 きっと自分を倒しに来たのだろうと。


 逃げるか。

 だがどこに。

 この船団周辺に居る限りは決して相手はこちらを逃さないだろう。


 戦うか。

 その力はここにある。先程も本能任せだが戦えた。

 もう一度やってやれないことはないだろう。


 だが、それは即ち人を殺すという事だというのは澪にも分かっていた。

 人は殺したくないと、そう思う。


 だから結局ここでも澪は決断できない。

 人として生きるのか、人ならざるものとして生きるのか決断できていない。


 そうやって澪が懊悩している間に、相手に動きがあった。

 見えない船が騒がしいなと澪は感じる。


 真空なので音が聞こえてくるわけではない。ただ、電波のやり取りが活発になったのだ。

 誤差の許されない通信にはエーテル通信が主流だが、同じ船団内、船の中程度の距離ならば電波でやり取りするほうが楽だ。


 つまり、今見えない戦艦では盛んに何かしらのやり取りが交わされているという事だ。

 澪が不安げに見ている中で一機のアサルトフレームがゆっくりと出てくる。


「お父さんのじゃない……」


 澪の見たことがある機体は仁の乗るレイヴンとレオパードのみ。即ち、これは澪の知らない機体ーーグリフォンだ。


 見る限り武装らしきものは手にしていないようだった。


「確か危ない子……」


 昔シャーリーから聞いた話を思い出して澪は体を震わせる。

 何でも第二船団のサイボーグ戦隊とかいう自分の肉体を改造してまで強さを追い求めた戦闘狂達が乗っている機体だ。

 説明した人間の悪意を感じる内容だったが、概ね合っているので質が悪い。


 やっぱり逃げようか、澪はそう思った。

 さっきは皆を守るために戦ったが、自分一人なら逃げたほうが良い。

 

 どのくらいの速度を出せるかは澪自身未知数だが、間違いなく目の前の機体を振り切ることはできるという確信は持てる。

 ミオの肚の中にある炉の存在を感じる。

 それを高まらせていき、力へと転換しようとしたところでこちらへとふわふわ飛んでくるなにかに気づいた。


「爆弾だったらどうしよう……」


 しかしよくよく見ればそれはよく見慣れたものーー携帯電話だ。

 思わずそれをミオで受け止めてしまい、そっと澪の手元まで運ぶ。


 本当に携帯電話だと澪は呆然とする。

 ここで圏内なのだろうかと状況としては間の抜けた考えが浮かんだ。


 手に取りマジマジと見つめる。やはり何度見てもただの携帯電話。だが何でこんなものが。宇宙空間で落とすようなものではない、


「もしかして?」


 ちらりとグリフォンの方を見ると、何やらジェスチャーをしていた。まるで携帯電話を弄るかのような仕草。

 使えってことだろうかと澪は電源を入れる。と、チャットアプリの通知が飛んでくる。


『澪ちゃんでしょうか。私は智です』


 智の名前を見て澪はわずかに驚く。

 反応するよりも前に、チャットアプリは次なる通知を飛ばしてくる。


『私達は澪ちゃんの現状を理解しています。私達の船に来ませんか。悪いようにはしません』


 現状を理解している。その上で船に来ないかという誘い。

 それはーー今の澪にはたまらなく魅力的な物だった。


 もう帰ることが出来る場所がないと思った矢先だ。

 余りに甘美な誘いに澪は抗えない。


『はい』


 短い。だけど肯定の返事。

 接近してきたグリフォンがミオの手をそっと取って先導してくれる。

 それだけの事が澪にはたまらなく嬉しかった。


 着艦したミオは先導に従ってアサルトフレームのハンガーへとその身を横たえる。

 肩に乗ったままの澪は無重力に任せて、キャットウォークにまで飛び移る。


「澪ちゃん」

「智、さん……」


 正直好きでも嫌いでも無い相手だったが、こんな状況で会えば嬉しい物だった。

 もう少し優しくしようと澪はこっそり決意する。


「大丈夫、かい?」


 気遣いの言葉に、澪の中でも込み上げてくるものが有った。

 鼻を啜って強がる。


「うん、大丈夫」


 そこでふと澪は不安になる。

 状況を理解していると言っていたが、それはどこまでの話なのだろうか。

 いや、そもそも何故この船はここにいたのか。


 そうした諸々が顔に出ていたのか。智が一つ頷く。


「その話は私達のリーダーというか指導者と言うか……兎に角あの人に聞くのが良いかな」

「あの人?」

「ハロルド・バイロン。私達が従事している計画ーーライテラ計画の発案者だよ」


 その名前には聞き覚えが有る。そう確かあれは初等学校一年の時だ。講演を学校で聞いた覚えが有る。

 どころか、直接言葉すらも交わしたはずだ。


「こっちだよ。着いてきて」


 智の先導に、澪も遅れないように着いていく。

 昔一度だけ乗った巡洋艦に似ているなと澪は思った。そういえば、目の前の智から一度船の種別について聞いた覚えが有るが……よく覚えていない。

 多分その時は寝ていたのだろうと澪は結論づけた。


「バイロン様。楠木中尉です。東郷澪を連れてきました」

「ああ。ありがとう。入ってくれ」


 入室して、澪はやはり以前に一度会った相手だと確信した。このピンク色の髪は見間違えようがない。

 八年前よりも老けていたが、記憶の中にある映像に年齢の加算処理を加えればこんな感じに成るだろうなと言う顔だった。

 そしてその感慨は相手も同じだったらしい。


「東郷澪……そうか、君だったのか。なるほど、道理であんなことを聞いてくると思ったよ」

「お知り合いでしたか?」

「知り合いと呼べる程でもないかな。何時だったか。私が第三船団で講演をしたことがあってね。あれは八年前かな」

「そう、です」


 ぎこちなく頷く。ほぼ初対面の大人相手にそこまでフレンドリーにはなれない。

 幼い日ならもっと物怖じせずに行けたと思うのだが。

 それに、澪にはハロルドを警戒しないといけない理由があった。


「その時のテーマはまあライテラ計画の発端となった理論の話だったのだがね。最後の質疑応答で彼女が質問してきたのだよ」

「……人とASIDは仲良く出来ないんですか」

「そう、それだ。ユニークな子だと思ったから印象に残っていたんだよ」

「あなたはこう言いました。残念だけどそれは不可能だって」


 一歩後ずさる。

 状況を理解していると智は言った。


 だとしたら。

 ハロルドがトップだというこの集団は。

 ASIDである己を排斥するのではないかと警戒する。


 尤も、危険性という意味ではこの程度危険のうちには入らない。

 何しろ、いざとなればミオを暴れさせればいい。強引に脱出経路を作り出すことが可能だ。

 そう考えると少し気が楽になった。


「その言葉には一言付け加えたはずだよ。現段階では、とね」


 確かにそうだったと澪は思い出す。


「漸く会うことが出来た。王たる魂の器。女王の後継者よ」


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― 新着の感想 ―
[一言] ハッハッハッ…胸糞悪いわぁ!!
[一言] そいつ、だめ、わるいやつ。
[一言] この屑どもに利用されるところとか見てられねぇ。 はやくこの屑どもぶっ殺してくれ
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