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26 望まぬ救いの手

「って何でよ! おかしいでしょこれ!」


 どう見ても、自分たちよりも前に誰か入った様子はない。

 なのに突然ロックのかけられたシェルターにエミッサは憤る。

 

 その光景にメイは己の予測が当たっていた事を感じた。

 

(やっぱり、この中の誰か……或いは複数がシェルターに入れない様にされている)


 誰がロックの原因なのか確かめるべきかメイは迷う。

 原因となっている者以外はシェルターに入って貰えば安全性が増す。

 その外れ籤を引いた誰かは自分と一緒に逃げ回る――訓練校へと向かう事になるだろうが、二人ならば身軽にもなる。

 

 或いはその無駄な時間をかけずに、最速で訓練校へと向かう。

 時間だけを考えればそれが最も良い。

 

 どうするかとメイが悩んだのも一瞬。

 

「訓練校に行きましょう。あそこなら訓練用の機体もある」


 現状防衛軍が動いている気配が無い。

 それならば、メイが己の権限で機体を動かしてしまえば良い。

 

 いや、厳密にはメイにはその権限が無いので己の進退をかけての指示となるがそれはさておき。

 

「ハイパーループは――」


 仮装ディスプレイを表示させて、運行状況を調べる。

 先ほどの爆発から余り当てにはしていなかったが、やはりと言うべきか。

 地下ブロックの損傷によって、ハイパーループの運行にも支障が出たらしい。

 

 今は全面的に運休となって動いていない。

 

 訓練校までは距離がある。となると別の移動手段を講じるべきだろう。

 

「レンタカーレンタカー……守! 配車アプリ入ってないですか!」

「あるけどこの状況で来てくれるか……?」

「頼むだけ頼んでみてください!」


 そもそもハイパーループがあるのでレンタカーの需要自体が少ない。

 リゾート区画のあるシップで、ドライブするのに使われるのが多いくらいだ。

 

 この状況のシップ1で動かせるレンタカーがあるかは疑問だったが、どうやらあったらしい。

 ついているとメイは口元を緩めた。

 

 滑るような動きでメイ達の前に一台のレンタカーが停まる。

 自動運転でここまで来たらしく、中は無人だ。

 

「乗ってください!」


 六人が乗るには少々窮屈だったが、快適なドライブが目的ではない。

 目的地に着けばいいのだ。

 

 メイが乗り込んで目的地を入力して。

 

「ひゃっ……」


 短い悲鳴が後部座席から聞こえてくる。

 見れば雅が震えながら窓越しに、何かを指さしていた。

 

「あれ……」


 その先には、道路の向こうから顔を出したミミズ型ASIDの巨体。

 ここまで来たという驚き。

 

 通常ASIDは人ごみを狙う。

 兎に角多くの人間をまず狙って来るのだ。

 

 あのASIDはそのセオリーを無視してここまで来た。

 地面を這いずりながら、建物をなぎ倒して。

 

 その振動がここまで伝わってくる。

 

「しっかり捕まってください!」


 目的地を決定。運転開始のボタンを押す。

 スムーズな動きでレンタカーが動き出すが――。

 

「おせえ!」


 守が思わず悪態を吐く。

 見ればディスプレイには周辺に障害物が多いため、低速巡行を行いますという表示。

 安全運転は良い事だが、今この状況でやられるとただただ腹が立つ。

 

 と言うよりもこれでは。

 

「アイツ真っ直ぐこっちに来るわよ!」


 追いつかれてしまう。

 

「ええい……災害時の手動操作コマンド入れて……守。運転経験は!?」

「え。無い……けど」

「後ろの三人は?」

「みんな無いです! って言うか免許も無いです!」

「ちっ、やはり私がやるしかない様ですね!」


 コマンドを受け付けて、運転用のハンドルやシフトレバー、ペダルなどが展開される。

 

「……なあ、俺の記憶が正しければ姉貴も免許持ってなかったと思うんだけど」

「大丈夫です守。覚えておきなさい。……アサルトフレームの操縦は車よりは難しいです」

「本当に大丈夫なのかよ!」

「任せなさい。ユーリアとゲーセンで鳴らした腕前見せてあげますよ」

「嘘だろおい!」


 守が悲鳴の様な声を上げると同時。

 メイは遠慮の欠片も無くアクセルをベタ踏みする。

 

 急加速する自動車。

 

 それを追うべく。ミミズ型ASIDも加速した。

 

「うげえ! 気持ち悪い動きで追いかけて来たわよアイツ!」

「ねえ澪ちゃん本当に大丈夫? 顔、真っ白になってる」

「うん。大丈夫……大丈夫だから雅」


 そう言いながらも澪は何かに耐える様に後ろのASIDを振り返る。

 

「どうして、こっちに来るの……?」


 ここにいる誰かを狙っている。だが誰を? と澪は思う。

 あの個体の視線は自分には向いていない。

 それが分かってしまったからこその困惑。

 

 過去に、ASIDが自分を狙ってきたのは二回。

 何か自分が惹きつける要因があるのかとも思っていたが、今回は違ったらしい。

 

 それは今の状況において何の安堵材料にもなりはしなかったが、澪の悩みを少しばかりは緩和してくれた。

 誰だって狙われる可能性があるという事だ。

 

 甲高いブレーキ音を高らかに響かせながら、メイの運転する車は交差点を曲がる。

 道路にタイヤ痕を残して。

 

「うおおおお!? 本当に大丈夫なんだよな姉貴!」

「大丈夫です! コースアウトしたことは数回しかありません」

「現実でコースアウトされたら一発アウトなんですけど!?」


 荒っぽい運転に守は今度こそ悲鳴を上げた。

 とは言え他に運転できる人間がいるわけでもない。

 この荒っぽい運転に今は耐えるしかなかった。

 

 しかしながら、車を使った逃走と言うのは有効だった。

 地面を這いずりながら移動しているミミズ型ASIDはそれほどの速度が出せない。

 時速100キロ程は出している自動車に追いつける要素はない。

 

「ふ、ふっふふ。何だか楽しくなってきましたよ、運転! アサルトフレームに比べれば鈍いですが良いですねこれ!」

「兄貴に絶対車を与えるなって言っておく」


 追いつかれないと分かれば多少余裕も出てくる。

 そんな軽口を運転席と助手席の二人は叩きあう。

 純平はアトラクションか何かとでも思っているのか。大はしゃぎだった。

 

 距離を取れたことに、澪も安堵して。

 背筋に走る悪寒に振り向いた。

 

「――この短時間で?」


 思わず漏れたその言葉。

 何を言っているのかと言うエミッサ達の視線。

 澪自身、今自分が抱いた感想に困惑する。

 

 ミミズ型ASIDの移動速度が上がる。

 

「姉貴! アイツ早くなった!」

「はあ!? 何でですかいきなり!」


 見れば速度の変わった理由は一目瞭然。

 今の追手はミミズ型ではなく――ムカデ型に姿を変えていた。

 

「シップ内の環境に適応したんですか! この短時間で!」


 メイも実際に目にするのは初めてだ。

 ASIDは多様な惑星の生態系を食らい尽くすために高い適応能力を持つ。

 宇宙空間を進むミミズ型から、地上を移動するために適したムカデ型へと姿を変えたのだ。

 

 ムカデが地上を移動するのに適しているのかと言うのには議論の余地はあるが、少なくとも這いずるよりはよほど早い。

 

 追いつかれる。

 澪は今の速度、路面状態、相手の速度からそう計算した。

 

 推定では後五分。それも今のまま追いかけっこをした場合だ。

 

「来ないで!」


 澪の目が紅く輝く。その色はまるで、今背後から迫る物と同じ色。

 その澪の願いは――聞き届けられない。

 全く速度を緩めることなくムカデ型ASIDは距離を詰めてくる。

 

 その尾が持ち上がった。

 そこに見える輝きに、澪は目を剥いて。

 

「ハンドルを右に!」

「くっ!」


 澪の叫びと同時にメイがハンドルを目一杯右に切る。

 その側面をエーテルの輝きが駆け抜けていった。

 そして爆発。

 

 強引なハンドル操作でバランスを崩していた車はそのまま横転する。

 

「――生きてますか皆さん」

「何とか……」


 口々に力ない返事をしながら、シートベルトで宙づりとなった車内から脱出しようと藻掻く。

 そうして、どうにか車から脱出して。

 

「……私これでも人妻なのでそんな熱烈な視線はノーサンキュー何ですけど」


 メイが引きつった笑みでそう呟く。

 目と鼻の距離まで接近してきたムカデ型ASID。

 その赤いカメラアイが見つめているのはメイの姿。

 

 ムカデ型からハサミの様な物が生えてくる。

 最早その姿はムカデと言うよりもサソリだ。この短時間で劇的な変貌を遂げていた。

 それがゆっくりとメイの元へと伸ばされた。

 

「……守。みんなを連れて逃げなさい」

「姉貴はどうするんだよ」

「ちょっと危険な火遊びをしてきます。コウには内緒ですよ?」

 

 頭が痛いと澪は思う。

 ずっとずっとさっきから頭が痛い。

 

 誰かの声がずっと聞こえてくる。

 泣き叫ぶ声が聞こえてくる。

 断末魔が響き続けている。

 

「……止まって」


 目を輝かせながらもう一度澪は呟く。


 サソリ型は止まらない。

 メイをハサミで摘まみ上げた。

 そのまま、ゆっくりと力を込めていく。

 

「……女性の扱いがなっていないですね。もう少し、優しく触る物ですよ」


 止まらない。

 止まる筈なのに、と言う澪の中にある根拠のない確信。

 

「ぐっ」


 メイの表情が苦痛に歪む。

 止められない。

 言葉だけじゃ止められない。

 

 どうすればいい。どうすればいい。どうすればいい。

 

 澪の中でその言葉だけが木霊する。

 

 言葉で止められないのなら。

 無理やり止めるしかない。

 

「やめなさい!」


 サソリ型の腕が宙を舞った。

 そこに摘ままれていたメイが地面へ投げ出され、咳き込む。

 

 その下手人は――人の形をしていた。

 白い純白の金属に包まれた巨躯。

 丸みを帯びた、ともすれば女性にも見える二十メートルの巨人。

 

 髪の様な銀色のパーツが緩やかに揺れている。

 

「……アサルトフレーム?」


 前触れなく、現れたそれ。守の目にはそう見えた。

 だがその目は。

 カメラアイは――深紅。

 

 ASIDが持つ色。

 

「これは、人型……?」

「……澪?」


 エミッサが怯えた様な声を出す。

 自分たちに背を向けたままの澪。

 今のはまるで、澪が命じたら現れた様に見えた。

 

「…………あ」


 メイを救ったその姿。

 それを見て、澪は恐怖に表情を歪めた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 真っ白と聞いて真っ先にヴィクティムが浮かんじゃった(・∀・;)
[気になる点] インド人を右に! [一言] また新型?
[一言] > その為ハッキングで情報抜きだそうとすると第二船団では太刀打ちできない状態。 いや、1番重要なことができないのに実行に移すとかアホかな? にしても、これで第二船団の勘違いが加速しそうな件…
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