14 接続
「また増援……!」
円盤形の数は減る事が無い。
元来た方向へと押し込まれているのを察しながらも有効な手を打てない。
円盤型が厄介なのは弱点と呼べる部位が無い事だ。
通常のASIDならばリアクターかプロセッサーを破壊すればいい。
だがこいつらにはそのリアクターが無い。
そしてどうやらプロセッサーも無いらしい。
現状、満遍なく破壊しないと活動を停止しない。
それは仁にとってもマイナス要素だ。
彼の圧倒的な攻撃力は一撃で敵を仕留めていることから生まれている。
武装に使用するエーテルの収束も全てはその為。
だから絶対に一撃で仕留められない相手との相性は悪い。
ここでは仁もただの1としてしか数えられない。
求められるのは数だ。
兎に角砲口の数が足りない。
ここにいる円盤を全て叩き落して、増援よりも先に移動するためには数が必要で。
しかしこの狭い通路にそれだけの数を展開させる余裕もなく、連れてくる当てもない。
いよいよ追い詰められて放たれたエーテルカノンで漸く相手の包囲に穴を開けられた――が、突破は難しい。
仁達だけならまだしも、つい先ほど合流した部隊を突破させるにはもっと大規模な穴を開けなくては。
その逡巡を見透かしたのか、相手の部隊長が叫ぶ。
『行け! 俺達に構うな!』
ここで足止めを喰らっていては共倒れとなる。
それならばまだ機動力に長けた教導隊だけでも脱出させた方が良い。
そう言う判断だ。
言い換えれば彼らを囮にすれば仁達は奥へ行けるかもしれない。
見捨ててしまえば。
「っ! ……諦めるな!」
その誘惑に飛びつきたい。
誰も責めはしないだろう。
部下も、相手もきっと誰も責めない。仕方のない判断だと言ってくれる。
仁は叫びながら一瞬で三体の円盤型を打ち落とす。
段々とコツが掴めてきたのだ。
確かに従来のASIDの様な弱点は無い。
機能を各所に分散しているが為に、一撃で破壊することは出来ない。
「エーテルの収集部――そこか?」
外部からエーテルを受けているからこそ新たに生まれた弱点。
絶対にそこは外部に露出している。そうでなければエーテルは取り込めない。
先ほどから動き回る敵を相手に、少しずつ撃ち抜くポイントを変えながら弱点を探っていた。
そして遂に一撃で機能を停止させられる箇所を見つけた。
そこが仁の睨んだ通り、エーテルの収集部なのかは分からない。
それでも、確かに相手は沈黙した。
その情報を瞬時に展開する。
「! なるほど! ここですか!」
そうだと分かれば精鋭ぞろいの教導隊の反応は早い。
闇雲に狙っていた攻撃が弱点狙いの物へと変わる。
今まで二発三発と必要としていた攻撃が一発で済むようになる。
それは増援のペースよりも早く敵を駆逐する事が出来るようになったという事。
「大尉! 後方に動体反応!」
「また増援か!」
殲滅速度が上がったのに合わせて敵も更に増える。
まだここで出し尽くすわけには行かない。
大分敵の数が減った今、多少強引にでも突破するしかない。
「包囲に穴を開ける。全員後に――」
「リアクター反応……これは、友軍です!」
『いよう! エース。まだ生きてたか!』
通信画面に映し出された、知人の姿。
荒々しいランディングと同時、周辺の円盤型を打ち落として砲塔を潰す。
『弱点の情報はナイスだぜ。大分楽になる』
何かと縁のある護衛部隊隊長の姿を認めて仁は緩い笑みを浮かべた。
「貴方がここにいるという事は、第二陣が突入したんですね?」
『ああ。そんでもって、こいつはお土産だ。サクッとインストールしてくれ』
その言葉と同時に接触回線で渡されたソフトを機体に適応させる。
瞬間、通信が蘇った。同期されたデータリンク情報が一気に更新され、一瞬で広大なマップが表示される。
「これは」
『通信が途切れた事に気付いた艦隊が、用意した新しい通信方式だ』
「中継器も無しにどうやって……」
『細かい理屈は良く分からねえけど……何でもこのデカブツのエーテルを利用したエーテル通信らしい』
要するに、相手のエーテルにただのりして通信を行っているという事だろうか。
シャーリーを始めとしたメカニックたちが現在ある物で通信を確立させようと知恵を絞った成果だ。
一時間足らずで作った突貫品。相手に依存した非常に不安定な代物だが――。
「これで内部での通信に問題はない……!」
『そういう事だ。俺達はこのまま他の部隊を探して通信網を回復させる』
まだ孤立状態の部隊は多い。そうした部隊を拾い上げて、作戦に復帰させるのが彼らの役割だった。
『それから、少しだが補給だ』
一機の背負っていたコンテナが置かれる。
僅かだが武装を取り換えることが出来、消耗を回復できた。
これならば、と仁の中にも意気が漲るのを感じる。
「作戦は続行だ。相手がこれ以上何かする前に仕留めるぞ」
通信が回復したことで、他の部隊の状態もつかめてくる。
第二陣――先鋒となった第一陣とほぼ同数の部隊は通信が生きていた頃のマップデータを元に一斉に散開したらしい。
徐々に徐々にマップが埋まっていき、作戦に復帰した部隊が増えるのが分かる。
『こちら第七機甲中隊! プロセッサーを発見!』
そして遂に一つのプロセッサー発見報告が来る。
『強力な防御機構が存在している……! 増援を頼む!』
その防御機構が元々あったのか。それともこの突入に合わせて用意されたのか。
後者だとすると面倒だ。
その防御機構を構築するために、超大型種はリソースを割いていた可能性がある。
つまり容易に突破できるものではない可能性が高い。
「こちらも頭部を目指すぞ。増援は他の部隊に任せておけ!」
了解の返事と共に先へと進む。
防御機構。恐らくは頭部のプロセッサーにも存在するはずだった。
円盤型を退けて。
いくつもの格子を抜けて。
遂に辿り着く。
『これは……』
「何て広い空間なんでしょう」
ここが目的地だと。
見た瞬間に分かった。
他とは明らかに違う、広大な空間。
青白い輝きは、吸収されていったエーテルの物か。
円状の広間の中心には天井を支える様に柱が一つ。
砲塔の一つもない。
ただ柱だけが存在する奇妙な空間。
「いや――」
柱だけでは無いと仁は思いなおす。
その柱の中心。
何か球状の物が存在していた。
何だろうと拡大して――。
「………………繭?」
見覚えのある形状だった。
ここで見るとは想定外にも程がある形状だった。
それは八年前に一度だけ見た物。
シップ1に漂着していた何か。
第二船団がひと悶着起こしてまで直ぐに回収してしまった何かとよく似ている。
何故それがここにあるのか。
いや、違うと仁は思いなおす。
仁達がここに来たのは、この超大型種のプロセッサーを破壊するため。
そしてここにあったのはあの繭だけ。
つまり、繭こそがプロセッサーなのだ。
ならば、仁が疑問に思うべきはこうである。
何故、超大型種の――オリジナルクイーンのプロセッサーと酷似した物が第三船団にあったのかだ。
偶々見た目が似ているだけの別物ならばそれでいい。
だがもしも同じ物だとしたら。
そんな筈はない。
思考が千々に乱れる。
今、この瞬間仁は戦場にある事を忘れた。
意識が完全に目の前の繭から逸れた。
だから反応が遅れた。
繭に亀裂が入り、その中から何かが生まれ落ちた事への反応。
それは歪な人の姿をしていた。
右腕だけが肥大化した黄金に輝く人型。
全長は十メートル程度だろうか。人型ASIDよりも一回り程も小さい。
プロセッサーのハズだった。
だがプロセッサーが単独のASIDの様に動く何て話は聞いたこともない。
二重の衝撃が仁の反応を更に遅らせる。
それはこの状況では致命的な遅れ。
次の瞬間、目の前にいる黄金の陰に仁は反応できなかった。
1秒先を読む暇さえない。
その拳が、仁のレイヴンに叩きつけられ――衝撃のまま広間の壁面に叩きつけられて止まる。
回避運動を取る気配はなかった。完全なる直撃。
力なく投げ出された四肢と潰された胸部がまるで死体の様な印象を与えてくる。
機体はピクリとも動かなかった。
真空中で聞こえる筈の無い黄金の叫び声。
それはまるで勝ち誇っているかのようだった。




