12 内部侵攻
これが超大型種の内部。
僅かな感慨とそれ以上の警戒を抱きながら仁は機体をその深奥へと突き進める。
地図がある訳ではない。
この道が合っているかも分からない為、道を探しながらの侵攻となるだろう。
これだけの巨体だ。
アサルトフレームが侵入できるだけの内部構造があると予測した――というのはまあ分かる。
実際、大型化したクイーンタイプの内部構造はサイズに比例してエーテル循環系は巨大化していた。
その極致であるオリジナルクイーンならば、突入可能であると考えてもいいだろう。
考えても良いのだがそれを前提とした作戦を立てるのは正直どうかと思う仁であった。
だがこうして本当に入ると気持ちはクジラに丸のみにされた魚だ。
澪と共に行った水族館のショーで見た光景を思い出して、魚の方に同情してしまう。
次にあのショーを見たら自分と重ねて泣いてしまうかもしれない。
「全機レコーダーは回しておけ。中継器の敷設を忘れるな」
「了解です」
作戦前のブリーフィングで繰り返し言われていた事だ。
この作戦で重要なのは如何に早く内部構造を把握し、プロセッサーに辿り着き破壊できるかだ。
そのプロセッサー総数が不明な状況。
更に道筋も不明。
重要なのは情報だ。
そしてその情報は全て実地で集め、共有する必要がある。
マップデータを展開しようにもこの曲がりくねった迷路の如き内部構造では通信もままならない。
エーテル通信には様々な利点がある。
だが同時に特有の欠点もあった。
それはエーテルを介している性質上、高出力のエーテル付近を通すと通信内容が劣化するのだ。
エーテル循環系を突き進む以上、エーテル通信は使えないと考えた方が良い。
故に、ここは基本に立ち返って電波による通信が行われていた。
超光速通信であるエーテル通信と比較すれば速度に劣ると言うが、千キロも離れていないのならば体感できる差はない。
流石に障害物が多いのでところどころに中継器を置いて、通信を確立させているのだ。
「後は、何が出てくるか……」
道筋が分からないのと同様に、内部で何が待ち構えているのかも分からない。
より正確には何をしてくるのかが分からない。
元より、内部に侵入した外敵への対策などは無いと考えられている。
有機生物でのウイルス、菌に該当するものが存在しなかったからだ。
そんな事をしてきた生命体もいないだろうから、その方向に進化しないのは納得の行く話だった。
だが、実際にそんな馬鹿な真似をしてきたら。
その時にクイーンはどんな変化を遂げるのか未知数だ。
結局のところ、第三船団の突入部隊はそうした情報収集を行う露払い部隊なのだと思い知らされる。
本命はそれらの情報を取りまとめて行われる三船団合同による突入作戦だろう。
この作戦は第三船団に取り付かせないための時間稼ぎ。
他の船団はそう考えているはずだ。
舐めるなと仁は憤慨する。
誰が捨て石で終わってやる物かと。
この作戦に参加した者は皆、むざむざとやられるつもり何て微塵もない。
今回の一戦で討伐してやると気を吐いていた。
分岐があるたびに部隊が分かれていく。
どの道、現状の通路――ではないのだが――の広さでは中隊が展開するのにギリギリだ。
無駄にまとまっていると身動き取れずに一網打尽にされる恐れもある。
だからこうして散開して正しい道筋を探るのは現状における最善手の一つのハズだが。
戦力を分散しているだけじゃないかという思いも捨てきれない。
「隊長。マップデータが更新されてきています」
「……予想以上に入り組んでいるな」
突入から十数分で網の様に張り巡らされている経路を見て仁はめまいを覚える。
この巨体のあちこちにエーテルを送り届けるともなればそれだけ網羅する必要はあるのだろうが面倒この上ない。
「迷うなよ? 迷子センターはここには無いからな」
仁の冗談はあまり受けなかったのか。
それでもリラックスすることには成功したのか。
少しばかりの笑いが起きて――。
「っ! 敵襲!」
副官の喚起の声に瞬時に表情を引き締めた。
見れば前方の壁面から砲塔の様な物が顔をのぞかせている。
その予感に違わず打ち出されるエーテルの弾丸。
内部へ侵入した愚か者を撃ち果たそうとクイーンが体内に防御機構を生み出してきたのだ。
だがその数は少ない。
弾幕と呼べるほどの連射も出来ていない。
急造した感が拭えない代物だった。
前へと進みながら手にしたライフルで撃ち抜いて破壊していく。
大した強度でもない。それこそ脅威度としてはミミズ型と大差ないだろう。
「へへ。この程度なら楽勝だぜ」
隊員の一人がそう不敵に笑った。
それが彼の最後の言葉となった。
突然の背後からの攻撃を避けることが出来ず、コックピットを正確に撃ち抜かれたのだ。
コントロールを失って壁面へと突っ込み爆散した僚機に驚く間もなく、次の射撃が立て続けに来る。
そのいずれもが既に通り過ぎた背後からの物。
そして更に前方に増えた砲塔からの物だ。
「ベンジャミン! クソっ。さっきまでは何も無かったぞ!」
別の隊員の悪態。
今しがた通り過ぎた通路から飛んできた不意打ちは驚くには十分な物だ。
「そうか……ここは奴の体内だ。どこからでも武装は生えてくるって事か……」
考えてみれば当然の話だ。
ここはクイーンの内部。
その全てがクイーンの構成物質だ。既に一度通った区画であっても迎撃装置が無いとは限らない。
足を止めて背後からの攻撃に対処――し始めたところで側面からも砲塔が生えだす。
「何でもありだなおい!」
別の隊員が不意を突かれながらも抜き打ちで放ったエーテルダガーで砲塔を潰す。
だがキリがない。
次から次へと顔をのぞかせ始めた砲塔を片っ端から撃ち落すが、数の減る様子が無い。
「足を止めるな! 進むぞ!」
砲塔を潰したところで次の砲塔がまた生まれる。
一つ一つを相手にしていたらキリがない。
ならばむしろ移動しながらの方がまだマシだろう。
少なくとも真横は無視できる。正面と背面にだけ気を配ればいいのだ。
仁の指示に従って一機減った中隊が加速しながら前へと進む。だが。
「大尉殿! 正面に隔壁が!」
「エーテル循環系にそんなもんある訳ねえだろ!」
「あるんだから仕方ないじゃないですか!」
よく見ればそれは壁ではなく格子だ。
反対側も良く見える。
完全に、侵入者を足止めするための物だった。
「エーテルカノン用意! 照準同期。あの格子を吹き飛ばす!」
無理やり増設された武装をここで使う。
あの隔壁の強度が分からない以上、下手に足止めを喰らってはハチの巣となる。
ここで全滅することは避けなければ行けない。
「斉射!」
着弾と同時に、噴煙が晴れるよりも早く突っ込む。
破壊できていなければペシャンコだが、仁の目には通過できる自分が見えていた。
流石にそうでも無ければ仁だってこんな無茶は出来ない。
如何にか窮地を切り抜けて、息を吐きだそうとしたところで副官が緊迫した声を挙げた。
「大尉。大変です。通信が――」
「なっ……」
通信が次々と途絶えていく。
突入部隊が破壊されているわけではないだろう。ここに選抜された部隊はいずれも精鋭。簡単にはやられない。
だが中継器は別だ。
その強度は遥かに脆く、動くこともない。
内部の異物を排除したのならば真っ先にその対象となるだろう。
中継器が無ければ、この迷路のような構造体の中で通信を確保するのは難しい。
辛うじてデータリンクが繋がっている部隊は比較的近くに居る部隊なのだろう。
逆方向に向かった部隊の情報は完全に途絶えていた。
「最終同期時の情報は――プロセッサー総数の情報です。超大型種内部の通信状態から最低四。最大で六」
「……六ケ所の同時攻撃、か」
馬鹿な事を言うなと仁は思う。
通信が確保できていない状態で同時撃破何て出来る筈も無い。
「隊長どうしますか?」
「一度引くべきでは?」
「隊長!」
通信が確保できていない状態での同時破壊作戦。
しかもその破壊対象の総数が不明のままだ。
四なら四で構わない。
だが四から六となるとまた面倒だ。
実際には四でもこちらはそれを確かめるすべがない。
隅々まで探して無い事を確認しないと行けないのだ。
しかもそれを通信の使えない状況で。
凡そ尋常の作戦とは言えない。
撤退。
その二文字が頭を過る。




