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28 仁の戦う理由4

 それは当然の通告であった。

 むしろ、仁自身が失念していた事にショックを受けるくらいに当然の事であった。

 

「そりゃあまあ。当然だよね」

「ああ。当然だな」


 偶に泊まりに来るくらいなら兎も角。

 流石に独身寮に彼女を住まわせるなという寮監からの通告。

 当然である。彼女ではないのだが。

 

 そこを説明しても理解を得られるとは仁も思っていない。

 他人が同じことを言いだしたら何を言っているんだという視線で見る自信があった。

 

 それは兎も角。

 数日中に令がここを出ていくか。

 それとも仁共々出ていくか。

 

 その二択を迫られた。

 今までの様になあなあで済ませるわけには行かない。

 

「仕方ないね」


 そう令は溜息を吐いた。

 荷物をまとめ始める。

 

 三か月。

 その期間で意外な程に、令は荷物を増やしていた。

 それが既にIDを再発行できているという何よりの証なのだが、仁は敢えて目を逸らしていた。

 

 ここに至れば嫌でも分かる。

 

 気に入り始めていたどころではない。

 少しでも長くこの生活を維持したいと思っていた。

 

 その本心に仁は気付く。

 

 のろのろと、ゆっくりとした速度で。

 部屋から令の痕跡が消えていく。

 侵食されていた自分の空間が取り戻されていく。

 

 どこか寒さを伴う感覚。

 

「これ以上は迷惑をかけられないしね。ちょっと長居しすぎたかも」

「そうだな。随分と、長くなってしまった」


 当初は数日予定だったのが三か月だ。

 長居と言えば長居であろう。

 だけどそれを認めていたのは他でもない自分自身。

 

 荷物がまとめ終わる。

 

「この後どうするんだ?」

「まだそこまで遅い時間じゃないし、ホテルにでも入るよ」

「……この時間だと割増料金だぞ」

「仕方ない、よ」


 本当に言いたい事はそんな事じゃないのに。

 そんな建前じゃもう引き留められないのは分かっているのに。

 

 令も少し笑って仕方ないと繰り返す。

 ここに来た時は大使館に泊まる費用すら嫌だと言っていたのに。

 

「これ」


 令が物理キーを指で摘まむ。

 この部屋の合鍵。

 

「返す、ね」


 じっと見つめ。

 当たり前だけどそれで今の現実が変わる事なんて無くて。

 受け取った。

 掌で握り締める。

 

「それ、じゃあ」

「元気でな」


 本当に言いたい事はそれでは無いのに。

 ゆっくりと、一分以上かけて靴を履く。

 それだけの時間があっても仁は言うべき言葉を見つけられず。

 

「……また落ち着いたら連絡するから」

「……ああ」


 そんな誰にでも言える様な言葉を投げて。

 

 二人は別れた。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 軍務から戻ってきても誰もいない。

 それは三か月前の日常。

 

 冷え切った部屋に入る。

 静かな部屋で仁は溜息を吐く。

 

「つまらないな……」


 言い換えるとここしばらくは楽しかった。

 その楽しさはきっと、シャーリーと付き合っていた時と近しい物で。

 だけど、自分は張り詰めることなく。

 ナチュラルな自分でいられたのだと仁は今更気付く。

 

 今生の別れと言う訳ではない。

 会おうと思えば会えるし、連絡しようと思えば出来る。

 

 ならば何故仁はそうしようとしないのか。

 

 答えは簡単だ。

 知らないから。

 

 令の連絡先も、今の逗留先も。

 

 これまで知る必要が無かった。

 

 初対面の時は勿論。

 ここで暮らすようになっても。

 

 他の船団ではそんな相手に合鍵を預けるなんて有り得ないだろう。

 だがここは第三船団。特有の監視社会。

 物を盗み出そうとしても、質量の変化からすぐに足が付く。

 何をしても監視されているのだ。言い換えれば船団というシステムが己の財産を守ってくれているという事でもある。

 

 と言っても。合鍵を預けた時の仁はそんな事を気にしていたかと言えば……ノーだ。

 単純にろくに知らない令という相手の事を信じていた。

 

 だから連絡先を知らない事も気にならなかった。

 ここに帰ってくれば令は居たのだから。

 

「……進歩が無い」


 ついつい、言葉に出す癖がついてしまった。

 そうすれば誰かが、令が反応してくれる。

 そんな環境に甘えていた。

 

 受け身が過ぎると自嘲する。

 シャーリーの時も。

 自分は直ぐに引き下がったではないか。

 何一つ彼女に抗弁する事は無かった。

 

 もしも、自分が恥も外聞もなく縋りついていたら。

 何か変わったかもしれないのに。

 

 そして今も。

 ただ待っているだけで何もしようとしない自分が居る事に気付いた。

 

 また同じことを繰り返すのかという声がする。

 仕方ないと諦めて。

 この寒い部屋に一人。

 

「……よし」


 己に気合を入れる。

 ダメだったらダメで仕方ないと自分に予防線を張る。

 

 これは完全に自分の都合だ。

 相手の都合何て考えていない己の我儘だ。

 でもそれを令に聞いて欲しいと思った。

 

 戦友じゃない彼女なら、多少みっともない所を見せても良いのだと。

 そんな気がしていたから。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 12月24日。

 

「あてが外れたか……」


 ここ二週間ほど令の姿を探していたのだが、全く見当たらない。

 他船団の人間が泊まる様なホテルなど限られている。

 その辺を張っていれば見つけられると思ったのだが、見込みが甘かったと仁は悔やむ。

 

 ここしばらく、シフトが終わって直ぐに令の捜索をしていたのだが全く見つけられない。


 オマケに。

 

「クソっ。誰だよ、クリスマスは必ず気象設定雪にするなんて言い出した奴」


 慣れない雪道に悪態を吐きながら、仁は令の姿を探す。

 約束があった。

 あの暖かな場で交わされた何時もの雑談めいた物だったが。

 それでも確かに約束だったのだ。

 

「……見つからない」


 今日は単純に人通りも多い。

 楽し気に。幸せそうに通りを歩いている人たち。

 

 自分が守っていた人たち。

 

 やはりそれを見ても仁に感慨は沸かない。

 居ても居なくても変わらないという感想を抱くのみだ。

 

 自分とは関わりのない人間だ。

 

 だけどそれはきっと、令も同じだったと仁は思う。

 関りが無かったのに、関りを持ってしまった。

 

 関りがあったから、自分は令という人を知れた。

 自分という人を令に知って貰えた。

 

 令の言葉を借りるのならば、互いの歴史を知れた。

 それはきっと二人のこれまでの人生からすればほんの一部で。

 まだまだ語っていない事は山ほどある。

 

 それを知りたいと思えたのだ。

 知って欲しいと思えたのだ。

 

 最初から軍人というお互いを知らないと困る関係じゃなくて。

 

 知る必要が無い相手の事を知りたいと思えたのは初めてで。

 知る必要が無い相手に自分の事を知って欲しいと思えたのも初めてで。

 相手の歴史何て興味の無かった人が興味を持てたのも初めてだった。

 

 だからこうして仁は今も寒空の下で令の姿を探している。

 

 本当なら彼女が仁の部屋を出ていった日に決断していれば良かった事。

 その時に伝えられたらこんな苦労はしなかっただろう。

 

 それも日付が変わる辺りになってくると、仁の身体には徒労感が詰まっていく。

 もう人通りは少ない。

 探し人が居ればすぐに見つけられるだろうが、仁の視力でも令の姿は無い。

 

「……第二船団に帰ったのかもな」


 元々の予定がどんなものだったのかは知らないが、明らかに超過だっただろう。

 これだけ探しても見つからないならばその可能性は高いと仁は諦めの境地で考える。

 

 そこでふと仁は思いだす。

 令の言葉を。

 

『また落ち着いたら連絡するから』


 よく考えたらこれはおかしい。

 仁が令の連絡先を知らない様に。

 令も仁の連絡先を知らない、筈だ。

 

 ならば、どうやって連絡を取るつもりだったのだろうと考えて。

 一つの考えが頭を過った。

 

 その考えを否定する材料は何も無い。

 向かう先は軍の独身寮。

 

 その入口の所で。

 一人佇む令の姿があった。

 白い息を吐きながら。

 じっと誰かを待っている。

 寒さで頬を染めて。

 うっすらと帽子に雪を積もらせて。

 

 ちょっとやそっとじゃそうはならないと仁は知っている。

 

 自分自身がそうなっているのだから、どの位の時間そうしていればそうなるのか。

 そんな事は直ぐに分かる。

 

 ずっと。それこそ何時間もそこでそうしていたのだと分かった。

 

 その令に、仁は近付いていく。

 

 何て声をかけようかと考えながら。

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― 新着の感想 ―
[一言] 誠のこだわりの犠牲者が……www 普通だったら珍しかったりでテンション上がるけど こういうシチュだと厄介この上ないねwww
[一言] 謎の新キャラ?過去編なのに?って思ったら、そりゃそうだ。
[一言] 回想のほうが安心して読んでいられるという不思議
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