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19 ただの前哨戦4

 そうして意識を切り替える。

 目の前に集中する。

 そうしなければ次の瞬間にはレイヴンの胸部にあの長剣が突き立てられているだろう。


 ホバー移動しながら、エーテルライフルで牽制。まずは距離を稼ぐ。

 いつぞやの様に収束させても二発で自壊するようなことはない。


 シャーリーに頼んで更に高出力に耐えられるように調整されたレイヴン。

 瞬間的な火力ならば、第二船団のグリフォンにも匹敵する。


 その射撃は黒騎士にもダメージを与えられる火力だ。

 落ち着いて、1秒先の未来と己の経験による勘を入り混ぜていけば当てることは不可能ではない。

 

 動きの精彩を取り戻した仁は、徐々に戦闘のレンジを近距離から中距離へと広げていく。


 手甲の様に厚くなった装甲部で弾きながら、黒騎士は距離を詰めてくる。

 武装は以前と同じく、長剣のみ。


 だがその長剣がどれだけ恐ろしい破壊力を秘めているか今の仁は知っている。


 逆に。

 そこには遠距離武装が無いということも理解していた。


 並外れたエーテルによる空間の掌握。

 それとて、近距離戦闘の領域から外れることはない。


 一度目の相打ちと二度目の屈辱。


 三度目の無様を晒すつもりはなかった。


 徹底したアウトレンジ。

 重力下であることも味方した。


 仁のレイヴンはホバー移動で高い機動力を確保しているが、黒騎士は徒歩だ。

 その速度には雲泥の差が有る。


 その踏み込みは驚異的だが、今の仁に見切れない速度ではない。

 頭の中にある余分が流されていくのを感じる。

 こうして、殴れば解決する問題の何と簡単な事か。


「……どう来る」


 このまま行けば、時間はかかるだろう。

 それでも一方的に攻撃を加えられる仁の負けはあり得ない。


 だがそれ以上に、人型の首魁であるあの黒騎士がただ無策で居るはずもないという信頼にも似た確信。


 きっと人類の中で一番黒騎士を理解しているのは自分だという自負が仁には有る。

 故に、次の行動その物は予想外でも予定外ではなかった。


 両腕で握りしめた長剣を振り上げる。

 振動数を高めたのか。黒騎士周囲の大気が啼いて、僅かな植物が弾け飛んだ。


 その一太刀を、仁めがけて振り下ろす。


 彼我の距離は約500メートル。

 その空間を衝撃波が薙ぎ払った。


 大地を断ち切るほどのソニックブーム。

 例えレイヴンのエーテルコーティングであってもまともに受けたら突破されていたかも知れない。


 やはり遠距離攻撃の手段を隠し持っていた。

 その手段までは検討も付かなかったが、何か有ると備えていたのが功を奏した。


 大ぶりの一撃は、隙も大きい。

 可能ならばこの一撃で決めたかったであろう。

 それを躱した。

 その意味は決して小さくはない。


 微かだが。

 黒騎士の動きに焦りが見える。


 そこからも一方的な射撃が黒騎士に降り注ぐ。

 時に長剣で。

 時に手甲で。

 仁の射撃を弾いているが、その合間に挟まれるエーテルカノンは防げないらしい。

 その時だけは大きく回避運動をしている。


 仁の圧倒的優勢にも思えるが、話はそうも簡単ではない。

 今の仁の攻勢は後先考えずにエーテルをつぎ込んでいるから実現できているものだ。


 つまり、ここまでの貯蓄とエーテルリアクターからの供給。

 それが消費を下回った瞬間に今の立場は逆転する。


 短期決戦。


 最初から仁にはそれ以外の勝ち目はない。

 元より、時間をかければ知能の高い黒騎士に対処の為の猶予を与えることになる。


 それ自体は望むところ。


 後は。

 如何にして決定打を放つか。


(構想は有る)


 相手次第では有るが――黒騎士も現状を維持しようとは思っていないはずだ。

 打開すべく動く。


 その時が今の一種安定した状態を崩す好機。


 リズム。

 互いの攻防のリズムを敢えて作り上げる。


 ライフルによる射撃。

 カノンによる砲撃。


 どうやって防がせるか。

 どうやって回避させるか。


 そのリズム。

 相手の行動さえも、こちらの照準箇所でコントロールは出来る。


 そうして出来上がったリズム。

 仁が意図して作り出した状況。


(さあ)


 そのリズムを――黒騎士が崩す。

 エーテルカノンを回避した瞬間、その黒い機影がモニターから姿を消した。


 大気圏内で、一瞬でカメラを振り切るような機動は取れない。

 光学迷彩の様な欺瞞でもない。

 この瞬間、黒騎士は仁の目の前から消えて失せる。


 それは撤退か。

 否。


 姿を消した黒騎士は次の瞬間には仁のレイヴンの背後でその身を露わにした。

 腹部へ、刃が突き立てられる。


 いつぞやの様にやる気のない様とは違う。

 今日の黒騎士はこちらを落とす気で来ていた。

 その変化の理由は分からないが、相手が本気ならば。

 仁の虚を突こうとしているのならば。


 仁だとしたらどうするか。

 

(来い!)


 この戦いが始まってからずっと考えていた。

 近接戦主体の黒騎士。

 これまでに見てきた戦いからの推定スペック。


 それらを組み合わせて出来る、最もこちらにとって嫌な行動。


 それが予測できたのならば後は簡単だ。

 対処すればいい。


 ああ、そうだとも。仁は心の中でそう呟く。

 人型のオーバーライト技術は仁たち人類を凌駕している。

 数十キロ単位で誤差が生じる人類製のオーバーライトとは違う。

 人型ASIDのオーバーライトの誤差は数メートル……いや、もしかしたら数センチかもしれない。

 

 それを踏まえた上で仁は相手の戦術を読み切る。


 腹部に刃が突き立てられる。

 レイヴンの腹部に黒騎士の長剣が――ではなく。

 黒騎士の腹部にレイヴンのエーテルダガーが。


 こうして距離を取っていて。

 一番困るのはそのオーバーライトで一瞬の内に距離を詰めてこられた場合だ。


 問答無用で格闘戦に持ち込まれる。

 それが仁にとって一番嫌な展開だった。


 だからそれを真っ先に潰した。

 他の行動は、仁にとって脅威にはならない。

 ただ瞬間移動からの格闘戦。

 それだけに対処した。


 自分の背後。

 敵が姿を消したらそこだけは確実に警戒していた。

 現れた瞬間にエーテルダガーを突き刺せるように。

 相手が一秒先を見ていても関係ない。

 要は後出しジャンケンだ。

 どちらが正確な未来を読めるか。


 前回は黒騎士に軍配が上がった。

 だが今回は。仁にも黒騎士に対する情報が有る。

 一秒先が見えているとわかった上で行動している。


 そうなれば、仁の先読みが一方的に負ける道理はない。


「手応えあり」


 指と指の間に挟み込んだ三本のエーテルダガー。

 その発振器全てを連動収束させた刀身のエーテルは黒騎士の防御をも突破する。


 腹部にはエーテルリアクターが有るはずだ。

 寸前で先を見たのか。直撃こそは免れたようだが、損傷はしたはず。

 それは出力の低下――戦力の低下に繋がる。


「その首貰うぞ!」


 黒騎士さえ落としてしまえば。

 どれだけ要因があっても結果は生じない。

 その空論を実現させようと。


 収束したエーテルダガーを振りかぶり。


 ASIDの濁流に妨害された。


「しまっ……」


 目の前の黒騎士に集中する余り、先程追い越してきたASIDの群れが接近していることに気付かなかった。


 まるで壁になるように間に入り込むASIDの群れを前に、仁は黒騎士への追撃を中断させられる。


 その隙を見逃さずに黒騎士は大きく距離を取った。脚部だけの跳躍でのバックステップ。

 着地点を狙ってエーテルカノンを放つが、その瞬間にはもう姿が消えている。


 背後を警戒するが、現れる気配はない。

 レーダーにも、メルセのクイーンタイプ以外に強大なリアクター反応はない。

 既に惑星メルセにはいないと見ていいだろう。


「……逃げられたのか」


 再度、仁のレイヴンの背後に飛んでくる可能性は有るが、種の割れた手品程看過しやすいものはない。

 先程の様にカウンターを決めるのは難しくとも、不意打ちを防ぐのはそう難しいことではない。


 それに何より。

 こちらの正確な位置が分からずにオーバーライトが出来るはずもない。

 何か明確なマーカーの様な物があれば別だが。


 一度メルセ近郊に出現しない限りは、仁への奇襲はかけられない。

 大きなリアクター反応に注意さえしていれば問題はないだろう。


 仁の考える原因のために、結果を排除するのは失敗した。

 だが、まだ戦いそのものは終わっていない。


 メルセのクイーン。

 その討伐が終わらなければ仁の勝利は無価値なものとなってしまうのだから。


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― 新着の感想 ―
[一言] 仁と黒騎士の戦いを見ていたであろう訓練生の感想やいかに
[一言] メートルかセンチ単位でのオーバーライドってヤバいなぁ でも、それだと澪ちゃんも……
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