20 ただの前哨戦5
低空を飛行する巡洋艦『アル』の影。
そこにASIDの群れが積み上がっていく。
「照準なんて適当でいい! 兎に角あの山を崩せ!」
完全に追いつかれた今、陽動に参加していなかった訓練生達も動員して兎に角ASIDの群れを削っていく。
幸い飛行可能なタイプはいないらしい。
そんな地上を歩くだけのASIDが曲がりなりにも空に居る『アル』へどうやってたどり着こうとするのかという答えがこれだ。
仲間を踏みつけて、みるみるうちに山が積み上げられていく。
百の同胞を足蹴に、空へ手を伸ばす。
なりふり構わないその行動に恐怖さえ覚えながらも、仁たちはその数を削っていく。
砲門の数が違う。
山となったASIDは動きもしない。
これだけの条件が重なれば未熟な訓練生たちでもASIDを撃墜できる。
――これが通常の戦闘なら、多分全員勲章をもらえるくらい撃破していた。
何しろ相手はこちらに見向きもしない。
射撃訓練の的の方がもしかしたら難しいかもしれないと思えるほどだ。
「……くそっ。あいつら何してんだ?」
こちらは順調だ。
当初予定とは全く違う形だが、結果として順調になっている。
それもこれもASIDの真っ直ぐな、そして愚かしい行進のおかげ。
予測されていたクイーン討伐への妨害も皆無。
だから、サイボーグ戦隊は予定通りに作戦を遂行できているはずなのだが……。
「まだなのか……」
クイーンは未だ健在。
どころかサイボーグ戦隊は数を減じているようだった。
250居た機体の内、10程反応が消えている。
クイーンを相手に10機の損害で済ませているというのは本来凄いことだ。
少なくとも第三船団で同じ真似は出来ないだろう。
とは言え、あれだけの啖呵を切った後と考えると少々不安になってくる。
本当に、このまま倒せるのだろうかと。
見る限り、クイーンは消耗しているようには見えない。
全身からエーテルによる射撃。
まるで戦艦の様だと思えるその進撃をサイボーグ戦隊は止めることが出来ていない。
ちらりと、巡洋艦側の防衛体勢を見る。
例えここに仁が居たとしても。
殲滅速度は3%変わるか変わらないかだろう。
だったらまだ、クイーンタイプの攻撃に参加したほうが良いのではないかと思えてくる。
何よりも、これ以上クイーンタイプに接近されたらサイボーグ戦隊との戦闘に『アル』が巻き込まれる。
低速飛行しか出来ない以上、振り切ることは困難。
「『リサ』聞こえるか? 周囲ASIDの排除は順調。群れは全て巡洋艦側に誘導されている。これから本気でクイーン攻撃に参加するが構わないか?」
質問の形を取っているが、第二船団の派遣部隊である彼らには厳密には仁への命令権を持たない。『アル』の艦長が命じない限りはこの提案を拒否できないのだ。
案の定、苦々しげだが許諾の返事が戻ってくる。
「艦長。訓練生たちの管制は『アル』側に任せた。少しばかり、あの女王様をぶん殴ってくる」
『了解だ。出来ないなどと謙遜していたが……やはり行くのだなエース』
「成り行きだ。それに単機じゃないしな」
軽口を叩いて、仁は再度ホバー移動を開始する。
『中尉! 補給です!』
シャーリーが絶妙なタイミングでコンテナを投下する。
その中には新品の武装と、エーテルを詰め込まれた予備タンク。
今仁が丁度ほしいと思ったものが詰め込まれていた。
「ありがとう軍曹!」
古くなったエーテルライフルとエーテルダガーをウェポンラックに懸架して、新品を手に取る。
消耗していた機体の貯蔵エーテルも満タンになって、準備は完了だ。
砂煙を棚引かせて、遠巻きに見えるクイーンタイプとサイボーグ戦隊の戦いの中に身を投じる。
途端に浴びせられる罵声。
『何しに来やがった勘違い野郎!』
『記録保持者だか何だか知らないが、邪魔なんだよ!』
『このハイエナ野郎め!』
その声に仁はちょっとだけ引く。
『気をつけたほうが良い東郷仁』
「智か」
『ぶっちゃけ相当嫌われている』
「みたいだな」
こう、風の噂でサイボーグ戦隊は仁をライバル視していると聞いたことはあったが、大げさに言っているのだろうと聞き流していた。
まさか噂のほうが控えめだったとは……。
『こちらの連携の邪魔になる。下手に入ってくるとうっかり誤射しかねない』
というかそういう体で撃ってくるかも知れないと智は言外に警告していた。
義妹予定だった相手からの忠告を仁は笑い飛ばした。
「気にせずにそっちは攻撃していればいい。それに当たるほど俺はヘボじゃない」
そういうところだぞ、とジェイクあたりが居たら苦言を呈するだろう。
残念ながら今は仁に自重を促せる人間が居ない。
代わりに怒声と、ちょっと積極的に仁のレイヴンを射線に収めようとする機体が増えた。
『……まあ良い。余り間抜けな死に方をしたら、姉さんに申し訳が立たない。精々派手に死んでくれ』
「そっちこそ死んだら令にどう詫びればいいか分からん。死ぬなよ」
義兄妹予定だったとは思えない程度に殺伐とした会話を交わして、仁は戦いの中に飛び込む。
とは言え、流石にいきなり突っ込むような真似はしない。
少し距離を取ってその陣形を確かめる所から始めた。
なるほど確かにと仁は認める。
250機から欠けたとはいえ、その数での連携としては異常なほどに細やかだ。
連携というのはどうしたって一番低いところに足を引っ張られる。
数が増えれば増えるほど。その動きは大雑把になり、鈍くなっていく。
だと言うのにこのサイボーグ戦隊の連携はどうか。
これだけの数の機体が縦横無尽に駆け回り、照準を重ね、トリガータイミングも同期している。
一機が敵の攻撃を誘発して、別の三機が盾を構えてそれを受け止める。
有機的な連携の連続が途切れることなく流れていくのは最早一つの芸術だ。
全体の質の高さ。
指揮官の的確な指示。
それを忠実に実行する部下。
部隊を動かすのならばこう有るのが理想と言える一つの形。
大したものだと仁も感心する。
個々の技量ならばともかく、集団戦において人類最強という評価は決して過大ではない。
その流れを、見ただけで理解できる仁も大概なのだが。
一つ一つの動きを分解し、それぞれの連携の意味を読み取る。
大きく分ければ陽動班と攻撃班に分かれ、その役割を流動的に入れ替えながらクイーンを消耗させているらしい。
グリフォンの機動力は大気圏内でも中々の物だ。
アサルトフレームが1G~3Gまでなら問題なく扱えるとは言っても、サイボーグ戦隊も重力下戦闘の経験は少ないだろう。
よくもまああそこまで器用に飛べるものだと仁は感心する。
残念ながら今のレイヴンには同じことが出来ない。
グラウンドパッケージはあくまで地表を滑走することで機動力を確保する思想だ。
空を飛ぶのは全くの専門外となる。精々が跳躍だ。
故に、相手の上を取ろうとしているグリフォンとは逆に、仁のレイヴンはクイーンの足元へと滑り込んでいく。
クイーンの巨体で一応友軍の射線を防ぎつつ、別方向から攻撃することで意識をこちらに逸らすという目算だったのだが――。
「ちっ」
軽い舌打ちを一つして駆け抜ける様にしてクイーンの腹部から飛び出す。
その背を追い縋る様にエーテルの奔流が伸ばされてくる。
象の鼻めいてフレキシブルに動くエーテルカノン。
その死角となる腹部は良い狙いどころだと思ったのだが――相手も対策済みだったようだ。
無数の砲口が一斉に口を開き、ノコノコと迷い込んできた獲物をハチの巣にしようとしていた。
下から攻めるのは無理だろうと仁は判断。
ならばと仁はその芸術的な流れの中に身を投じ、相手の連携を崩すことなく即興で合わせる。
自分たちが死にものぐるいで身につけた連携をアッサリと理解されたことに、サイボーグ戦隊の面々は神経を逆撫でされる。
仁からするとそうしなければ効率が悪いというだけなのだが、相手からはそんな心境分からない。
こういう事をするから、仁は彼らから嫌われているのだ。
自分たちが人間性を捨ててまで手に入れた力を連携をあっさりと己の物としてしまう。
それに覚悟を以て飛び込んだ者程、己の覚悟とは何だったのかと無力感に苛まれてしまう。
無力感を与えた当人に全くその自覚はないけれど。
240機と1機の連携は241機の連携に変わった。
そして240の側としては忌々しいことに。
その1が加わっただけで効率は劇的に変わってしまうのだ。




