08 巡洋艦での旅路
「ここが食堂」
恐らくは澪と守が一番多く利用することになる艦内設備になる。
一先ず腹ごしらえと行く。
仁も二人を乗艦させるための手続きやらで奔走していたので、まだ夕食を取っていなかった。
「すまん、三人分頼む」
「ああ。どうも中尉。そちらが密航者の二人で?」
厨房を担当している二等兵がカウンターから身を乗り出して笑う。
「いやはや。運が良かったなお前ら。世が世なら、そのまま宇宙に放り出されたぜ。密航者ってのは」
その二等兵の冗談――なのかはちょっと分からないが――を聞いて澪と守は二人して抱き合って身をガタガタ震わせる。
どうもあの薄暗い資材置き場に閉じ込められたのはトラウマになっているらしい。
「あんまり怯えさせないでやってくれ」
「すみません。つい。はい、三人分。少し二人の分は量減らしときましたんで」
「助かる」
「いえいえ」
ある意味いつも通りのキューブフードに澪は表情を曇らせた。
「またこれだ……」
「二週間は諦めろ」
降下するチームは現地調達もするが、艦内組はずっとこれだ。
当然、澪たちは降下チームには含まれていない。
守の方は特に文句言う事もなく黙々と食べていた。
現地調達の方が美味しいかどうかは、また別の話だが……。
「さて、二人はこれから二週間学校を休むことになった訳だが」
その反応は両極端だ。
ちょっとがっかりした澪と、よっしゃあと言わんばかりの守。
日頃の生活が見える様だった。
「当然、その間もしっかりと勉強はして貰うぞ。課題も貰って来たしな」
学校のカリキュラムに合わせた課題の取得。
これがあれば、一先ず勉強面で極端に遅れる事は無いだろう。
「それから、俺の部屋からは基本的に出ない事」
「えー」
「えーじゃありません」
澪の不満げな声に、仁はぴしゃりと言う。
「良いか。ここにいる人たちは皆勉強しに来てるんだ。遊びに来てるんじゃないんだぞ?」
遠征訓練はある意味、これまでの訓練の集大成だ。
卒業演習を除けば、これだけの規模で行われる訓練は無い。
各々、自分が培った技能を発揮して評価を得ようとしている。
ここで得た評価はそのまま卒業後の配属にも関わってくるのだから。
「だから邪魔しちゃだめだ」
「はーい」
「分かりました」
澪はまだ不満そうだったが、守の方は素直に頷いた。
巻き込まれた側だというのに、彼の方が責任を感じているのはどうなのだろうかと思わないでもない。
「あ、いたいた。中尉」
「軍曹……」
「しゃろんだ!」
ぱっと、澪はシャーリーを見て顔を輝かせる。
対して仁はちょっと身構えた。
「夕飯ですか?」
「まあ、な」
「澪ちゃん久しぶりです。ごめんなさい、最近遊びに行けなくて」
「お仕事忙しい?」
「そうだね。でもこれが終わったら少し時間が出来るからまた会いに行きますよ」
「やったー」
仲よく会話する二人に対して、男二人はちょっと居心地悪そうにする。
そこでシャーリーは守に視線を止めた。
「確か、バーベキューの時に居た子ですね? ちゃんと自己紹介してませんでしたね。私は――」
「しゃろんはね、しゃろんっていうんだよ!」
「ええ。もうそれでいいですよ」
また名乗りをキャンセルされたシャーリーはちょっと困ったように笑いながら自己紹介を切り上げた。
「えっと、東谷守です」
「初めまして東谷くん。そしてようこそ、巡洋艦『アル』へ。作戦行動中に乗艦した中ではぶっちぎりの最年少ですよ」
まあ民間人の子供が乗艦する事など通常有り得ないのだから、最年少じゃないと逆に困る。
こんな事が頻繁にあっては堪ったものではない。
「何か困ったことがあったら言ってくださいね。多少なら力になれますから」
「あ、ありがとうございます」
年上のお姉さんに優しくされてちょっと顔を赤くする守を見て、澪は頬を膨らませる。
それが守に対する物なのか、遊んでくれないシャーリーに対してなのかは分からない。
「で、何の用だ軍曹。俺を探してたんじゃないのか?」
「ああ。そうでした。お願いされていたベッド。資材置き場にありましたので笹森訓練生に頼んでおきました」
「そうか。ありがとう」
確かに必要な連絡だ。
だが、それは電話の一本でも飛ばせば済んだ話でもある。
「後は顔を見に」
「そ、そうか」
「今は非番ですよね中尉」
「ああ。まあシフト変わって貰ってな」
二人の諸々の手続きの為に、本来6時間後の非番を今にシフトさせたのだ。あと二時間は何の作業も入っていない。
「実は私ももうすぐ非番で」
「そうか」
「3,2,1。はい。今から非番です。と言う訳でお茶に付き合ってください。仁」
そう言うと仁の返事も聞かずに仁の隣へと座る。
宣言通り、コーヒーをボトルに入れていたらしい。ストローを出して飲み始める。
ちょっと距離が近い。
「この後はどうする予定なんですか?」
「一先ず二人を連れて艦内の案内だな。まあ……褒められた内容じゃないけど折角来たんだし」
艦長の許可は取ってある。
機密性の高い場所、危険な場所は立ち入り出来ないが、それ以外の当たり障りが無く子供が喜びそうな場所ならばと。
「なるほど。では私も着いていきましょう」
「……休まなくていいのか?」
「終わったら仁の部屋で休ませてもらいますよ」
その大分きわどい冗談に仁は顔をしかめる。思わず周囲に訓練生がいないか確認してしまった。
「お前な……」
耳まで真っ赤にしているシャーリーを見て溜息を吐く。
「恥ずかしいなら最初からそんな冗談を言うな」
「は、恥ずかしいなんてそんな事はありませんけど?」
どの顔でそんな事を言うのか。
あの日以来。
シャーリーは仁への好意を隠さなくなった。
職務中は兎も角、それ以外ではあの手この手でアプローチを仕掛けてくる――尤も当人が恥ずかしがって大概途中でやめてしまうのだが。
そのシャーリーの行動に仁は振り回されっぱなしだ。
ただその翻弄されている感じは、少しだけ訓練校時代を思い出して楽しいと思うのもまた事実。
「まあいいや。来るっていうなら一緒に行こう。二人とも食べ終わったか?」
「うん」
「終わりました」
借りて来た猫の様になっている守に対して、もういつも通りの澪。
やっぱコイツ大物だよな、と感心するやら呆れるやら。
一先ず仁は二人が一番喜びそうな場所に案内する。
「と言う訳で展望デッキだ」
「おー」
「すげえ。星が見える!」
この区画だけは最初から人工重力が無効化されており、無重力空間となっている。
球体上にくり抜かれた室内。唯一の通路へと続く箇所以外は全て周囲の宇宙空間を投影するスクリーンだ。
その通路でさえも扉が閉じれば全てスクリーンで覆われる。
艦内の精神衛生を保つための設備らしいが、このどこを見ても星空というのは実は他には無い。
軍人だけが知る絶景スポットとも言えた。
「ほう、やりますね中尉。確かにここはロザリオ級巡洋艦の中でも屈指の人気スポット。非番中の独身が出会いを求めてさまよう場所とも呼ばれています」
「すまん、後半は初耳だ」
そんな出会いスポットだったのかここ……と仁は驚く。
「ですが! 甘いですよ、中尉。この二人に喜んで貰うという点なら、より優れたスポットが存在します!」
「へー。んじゃ後でそこも案内してくれよ。よし、次行くぞ二人とも」
「もうちょっと興味を持って下さいよ!」
「いや、何か最近お前に振り回されっぱなしだからバランス取っておきたいなって……」
楽しいのは事実。
だが一方的にやられるのは仁の流儀ではない。
やられたらやり返さなくては。
その負けん気が無ければエースなどと呼ばれてはいない。
「お前のそのとっておきスポットはまた今度な。先に案内しておきたい所があるから」
「どこですか?」
「医務室だよ」
その宣言通り、医務室へと二人を連れてくる。
「もしも俺がいないときに怪我とか病気とかあったらここに来るんだ。中にお医者さんがいるから見て貰える」
「分かった!」
「はい!」
なるほど、とシャーリーも頷く。
「確かに大事ですね」
「医務室と食堂さえ分かってればまあ何とかなるからな……」
他にこの艦で二週間暮らす上で必要な物。
「ああ。これも大事だ」
仁は今まで役立ったところを見た事が無いが、それでもあると無いとでは大きな差がある設備へと向かう。
「ここが脱出カプセルの場所。もしも退艦しろって言われたらここにきて、ノーマルスーツを着てこのカプセルに入るんだ」
つまりは艦が沈む時。滅多にある事ではないが、全くないわけではない。
「二人ともノーマルスーツの着方は知ってるか?」
そう問うと首を横に振るので着方を説明する。
「もしもそうなった時は……東谷くん。澪を頼むな。守ってやって欲しい」
「は、はい。頑張ります!」
「良い返事だ。ま。そんな事は早々有り得ないけどな」
しっかり返事をしてくれた男の子の頭を撫でて仁は笑う。
それはそれとして。
「ところで東谷くん。前にも言ったが、俺は俺より弱い相手に澪を任せるつもりはなくてね……」
「はあ……」
「うわっ。中尉本気でそれ言ってるんですか。見境ないですね……」
ちょっとシャーリーを引かせることには成功した。




