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・さようならが言えなかったので、 (終)

 わたしが何もいえなかったことで、室内に静寂が広がる…… 

 

 耳元であえぐような殿下の息遣いがかすかに聞こえた。

 視線を動かすと、明らかに呼吸がおかしい。

 

「早く…… 誰か、この娘をここから連れて行って」

 顔を上げるとわたしは言う。

「お願い、早く…… できるだけ遠くへ…… 」

 その言葉を受けて誰かが動く、殿下の顔に視線を戻してしまったわたしの背後で誰かが動く音がした。

 

 その間にも殿下の呼吸が更に乱れる。

 何度となく身体をひくつかせる鼓動。

 その感覚は明らかに通常よりも間遠だ。

 

 早く何とかしないと手遅れになる。

 わたしは目を閉じあの流れを探る。

 だけど、王女の離れる距離が充分じゃないせいか見出すことができない。

 わたしの目の前で殿下の体が大きくはねた。

「や…… 」

 駄目! 逝かないで! 

 そう叫びたかったけど声が出ない。

 ううん、でないんじゃない。

 出せない。

 

 耳元で叫ぶわたしの声さえ刺激になってしまうんじゃないかって、そう思えた。

 叫んだわたしの声で余計に発作を誘発してしまうんじゃないかって思った。


 触れて抱きしめたい。

 だけどその刺激が毒になるんじゃないかって、悪影響になるんじゃないかって思えた。

 だから滲んだ視界のままただ殿下の顔を見つめているしかなかった。

 無言で呼び止めるしかなかった。


 お願い、逝かないで! 

 わたしを一人にしないで! 

 大好きなの。

 大好きだから、離れたくない。

 ずっとずっと側に居て欲しい。

 

 お願い、まだ連れて行かないで! 

 もう少し一緒に居させて。

 姿のない誰かに願う。

 

 だけど…… 

 思いは届かなかった。

 願いは叶えられなかった…… 


 乱れた呼吸の下で鼓動が不規則に打つ。

 鼓動にあわせて小さくひくつく身体…… 

 その鼓動は見る間に間遠になってゆく。

 一つ、鼓動で大きく身体がはねる。

 そして、呼吸が止まった。


「や、いやぁ…… 」

 ようやくわたしの口からこぼれる声。

「やだよ。嫌! 

 お願い戻って! 」

 気がつくとわたしは殿下の頭を抱きかかえ、声の限りに叫んでいた。

 

 

 どのくらいそうしていただろう。

 そっと、わたしの肩に触れる何かに顔を上げる。

 キューヴがわたしの肩に手を置いたまま無言で首を横に振る。

 

「あ…… 」

 止まることのない涙で完全に歪んで閉まった視界でわたしはその顔を見上げた。

「ご苦労様でした、魔女殿…… 」

 辛そうにキューヴは言う。

「ありがとうございました。

 もう充分です。

 時間がありません。

 殿下にお別れをして下さい」

 淡々とわたしに告げる。

「時間? 」

 こんなときにキューヴは何を言っているんだろう? 

 せめて、もう少しこうさせていて欲しいのに…… 


 涙でぐちゃぐちゃになった顔と同じくぐちゃぐちゃになったわたしの頭の片隅で、なぜか冷静な部分が冷静にそう考える。

 

 キューヴは言葉なく殿下の頭を抱きかかえたわたしの手を指差した。

 

 少しだけ透き通ってきているような気がする。

 比喩に使う形容詞じゃなくて物理的に。

 わたしの手の向こう側がかすかに透けて見える。

「なに…… 」

「魔女を失った国王は王位を退くだけだけど、仕える国王を失った魔女は消えるんです。

 元居た場所に帰るのかそれとも完全に消えてしまうのかは僕らにもわかりませんが、とにかくここには居られないようです」

「え? 」 

 呟くわたしにキューヴが答えてくれた。

「だから…… 」

 促されるままにわたしは殿下の血の気を失った唇に自分のそれを重ねる。

 

 ……ありがとう。

 あなたがいたから、このありえない境遇に晒されても平気だった。

 あなたがいたから、この場所に居られた。

 ありがとう…… 

 どんなに言っても足りないよ…… 


 ありがとう。

 また、いつか、どこかで遭おうね。

 ……約束だよ。

 

 殿下に初めてキスされた時の、あの妙な痺れが身体全体を駆け抜けた…… 

 

 その間にもわたしの身体が徐々に透き通ってゆく。

 まるで何かに引っ張られているような感覚とともに。 

 

 それでもいい。

 殿下の居ないこの世界になんてもう未練なんてない。

 居座ればいつまでも殿下のことを思い出して哀しいだけだ。

 だったら消えてしまっても全く問題ない。

 でも……  


 わたしは顔を上げるとキューヴに笑いかける。

「いろいろありがとうキューヴ」

「どう致しまして。

 珊瑚様との日々は楽しかったですよ。

 珊瑚様に来ていただいて、殿下はこれ以上ないほどに幸せだったと思います」

 そう言っていつものように微笑んでくれる。

「わたしも、皆に大事にして貰えて幸せだった。

 アゲートにもお礼を言っておいてね。

 それから…… 」

 わたしは一つ息をつく。

「最後に一つ、魔法をかけていくね。

 今後、この国の世継ぎは完全な大人になる前に成長を止めるってのはどう? 」

 ぼやけて行く視界のキューヴに言った。

「それって呪いなんじゃないですか? 」

 キューヴが呆れたように口をぱっくりと開ける。

「ううん、救済だよ」

 愛しい人の顔を思い浮かべながらわたしは口にする。

 

 わたしは大好きな人にあんな思いをさせてしまった。

 大好きな人を生涯思いながら今も生きている先王陛下。

 皆みんなやさしかったのに。

 自分の気持ちに正直だっただけなのに。

 どうしてそんな哀しい思いをしなくちゃならないんだろう。

 もう誰にも二人と同じようなそんな思いはして欲しくない。

 

「……自分の意に染まない人と結婚させられないようにね。

 その人のことを本当に思える、思ってもらえる相手に出会った時に呪いは解けるの」

 うっすらとわたしは笑う。

 

「珊瑚様らしい…… 」

 わたしの実態はかなりあの場所から離れているみたいで、キューヴの声が遠くに聞こえた。


 ……そうできることなら、

「二人は末永く幸せに暮らしました」

 御伽噺のあの最後の言葉が誰にでも当てはまりますように…… 

 

 誰よりもわたしがそうありたかったから、

 せめてわたし以外の誰かには叶えて欲しい。



 そう願いながらわたしの意識は遠ざかって行った。



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