エピローグ
鐘の音を合図に消えていった大量の流星群。晴れ渡った青空の下で、笑い合う希咲の耳にある声が届いた。
「……希咲……!」
驚いたような声に顔を上げて視線を向けると、そこには母の姿がある。
母だけではなく、近所中の人の姿があって少々居たたまれなくなったが、近付いて来る母に面と向かった。
「今の、どういうことなの……希咲、貴女……」
「母さん。昨日話したよね。あたし、本の世界に、エルグランドに行ってたって。その世界であたしは女皇で、負から人を解放する力があるの」
唖然とする母。
昨日話をして、あの光景を目の当たりにして、きっと混乱しているのだろう。
そこに、リュウセイが話を切り出した。
「さっきはどうも。希咲の母親だったんだな。説明してる暇なくてすまなかったけど、エルグランドの住人でリュウセイって言うんだ」
「リュウセイ、何か軽いね」
「そうか? こんなもんだろ」
言い、笑い合う。そのすぐ傍にはシキの姿もある。
それから、希咲は真っ直ぐ母を見た。
「母さん、あたし本当にホントのこと話したんだよ。リュウセイと、シキと、今起こったことがその証拠。判って、くれるよね……?」
最後はとても自信がなくなっていき、語尾が消えていった。ここまで言って理解してもらえなかったら本当に、どう説明しても無駄のような気がしていた。これ以上の証拠と説明など、今の希咲には考えられない。
すると母の目から、ポロッと涙が零れ落ちた。
口元に手を当てている母。
「ごめんなさい、希咲……信じて、あげられなくて」
「いいよ、気にしないで。誰だって信じられないよ。信じてもらえなくて哀しかったけど、こうして判ってくれたから、それで十分」
ニコッと笑えば、母は涙を拭って微笑んでくれた。
それからリュウセイにどうして母を知っているのか訊ねてみた。面識などない筈だが、さっきはどうもと確かに言った。
「いや、こっちに来たらどっかの部屋でな、外に出る途中で希咲の母さんに会って、希咲の居場所を訊いたんだよ」
それで会ったという事だ。
つまり、リュウセイもシキもエルグランドから希咲の部屋に出た事になる。まさかリュウセイに部屋に入られていたとは思わなかった希咲は、軽くショックを受けた。だが、自分もリュウセイの部屋にお邪魔していたからお相子だろうか。
そんな話をしていて、ふとリュウセイと目が合って、暫しリュウセイにじっと見つめられる。
どうしたの、と問えばリュウセイはとても真剣な表情になった。
「あのな、俺、希咲に黙ってたことがあるんだ」
「何?」
「俺、カタカナを知ってるって言っただろ」
それがどうしたのかと希咲はキョトンとしている。それはエルグランドの中にあるカタカナを使う人達から教えてもらったとかそういう事で、知っていても何ら不思議はないと。
リュウセイは一度、深く息を吐き出した。
「実はさ、希咲のいる世界も、俺にとっては本の中の世界なんだ」
暫しの沈黙。
「……へ?」
「だから、エルグランドにも希咲の話を書いた本があるんだって。希咲が主人公ってわけじゃなかったけどな。つまり、俺にとっても希咲は本の中のキャラクター」
「……いやいや、ないよ、それはない」
そんな事は有り得ないと、ないないと希咲は手を横に振っていた。
しかしリュウセイはどうしたものかと頬を掻き、言葉を続ける。
「って言っても読んだのはテイマーになる前だし、そんな事ある筈ないって思ってたんだけどな。でも、こっち来て確信した」
「……嘘……」
「嘘じゃないって。俺も希咲の名前聞いた時ビックリしたんだっての。ユウイにだけは話してたけど、どう考えたって信じらんねえだろ」
希咲が名乗った時に驚いていたのは、その本を読んで立花希咲という人物を知っていたからという事になる。
でもそこで引っかかるのは唯一つ。希咲がリュウセイに興味を持つようになったきっかけになった夢。
「じゃあ、あの夢は何だったの?」
「さあ。夢ってのは曖昧なもんだろ。時間が経てば脳の中で改変されることもある。最初はどうだか判んねえけど、俺のこと知った後は俺にすり替わったんじゃねえの?」
ニッと悪戯っぽく笑うリュウセイ。
「散々引っ張っといて……何なの、そのオチ」
けれどそう言われて考えてみると、本当にあの夢の男の人がリュウセイだったかと問われれば自信がない。そもそも、エンドレステイマーを知る以前の夢の事など正直、殆ど憶えてはいない。リュウセイの言う通り、夢は印象に残っているものを反映する事が多い。つまり、リュウセイを知ってから、記憶が改変されてリュウセイになった可能性が高いという事だ。
本当に、あれだけいろいろ悩んだり落ち込んだりしていたというのに、愕然とする。
混乱しそうになる頭の中で、けれどハッキリした事が一つだけあった。
「じゃあ、あたし達おんなじ存在なんだ」
「そういうこと。お互いに本の中の住人で現実世界の住人でもある。あ、これユウイにしか言ってねえから秘密な。シキは、わざわざ釘刺さなくても言わねえか」
そう言って傍にいるシキを見ると、笑顔で頷いてくれた。
元より、シキが誰かに言いふらすとは思っていないのだが。
「嘘みたいだけど、リュウセイが言うと現実味あるね」
言って、希咲はフフッと笑う。今までずっと本の中のキャラクターだと思っていたリュウセイにとって希咲が本の中のキャラクター。嘘みたいな本当の話。こうして希咲は生きているというのに、本の中の住人だなんて信じられない。だがそれは、リュウセイも同じなのだ。今、ここに生きて確かに存在している。そしてリュウセイの世界で、希咲も確かに存在していた。
希咲を見つめていれば、突然、希咲の目に涙が溜まった。
「って、何で泣いてんだよ」
「何か、急に実感してきて……リュウセイは本の中の人だから想っても、言っちゃいけないんだって思ってた。でも、でもあたしもおんなじだから、ちゃんと想っていいんだよね……!」
頬を流れる涙。
リュウセイは困ったように笑って息を吐き、そして希咲の頭を優しく撫でる。今まで撫でた中で一番優しく。
「希咲。俺はずっと、本の中のお前に焦がれてた。実際に逢って、想いは募ってくばかりだった」
頭から手を離し、細い希咲の両肩を優しく掴む。
「好きだ……リュウセイとしてお前が好きだ。心から、好きだ」
甘く響くリュウセイの声。
ドキドキしている心臓は破裂しそうなくらい苦しくて、けれど辛い訳ではない。嬉しくて、苦しい。
頬が熱くなる。
「あたしも……リュウセイが好き。きっかけは夢だったけど、そんなの関係ない。リュウセイのことが好き。大好き」
そっと微笑み、希咲の頬に左手が添えられ、そっと唇が重なった。
幸せだった。
想いが通じた事も、想いが同じだった事も、何もかもが幸せでこの時間が永遠に続けばいいのにと思った。
しかし、顔を離して現実に戻ってみれば辺り一面が赤面の嵐で。
校舎から覗いていた者達も、集まっていた近所の者達も、そして何よりすぐ傍で見ていた母も。シキは微笑ましそうだったけれど。
恥ずかしくなるかと思ったが、心はそんな事ないようだ。
リュウセイと顔を見合わせると再び、希咲とリュウセイのブレスレットの皇心が光を放ち、そしてシキの耳についているピアスのトルマリンコアも光を放つ。希咲とリュウセイの皇心から放たれた光は二人を、シキの皇心から放たれた光はシキを包み込むかのように、天に伸びる光の柱を作り出す。
それが何かを本能的に理解して、希咲はリュウセイの腕を抱きしめるように腕を組むと母を真っ直ぐ見る。
「母さん。あたし、リュウセイと生きることにした」
唐突な希咲の言葉に、ハッと我に返る母。
「あたし、リュウセイと一緒にエルグランドで生きる」
「……希咲……」
「愛する人と一緒にいたいの。判って、なんて言えないけど、あたしが決めたことだから」
「希咲!」
後ろの方からバタバタと足音が聞こえてきて、呼ばれた事で振り返ればそこには、瀬里奈とナツミ、そして担任教師の姿があった。
息を切らしている二人。
「希咲、行っちゃヤダ!」
「行かないで、希咲ちゃん」
「せっかく帰って来たのに、またいなくなるなんて、そんなの!」
涙が零れ落ち、地面を濡らす。
リュウセイは心配そうに希咲を見るが、希咲の決心は揺らがない。瞳も揺らぐ事はなく、それは希咲の意思の強さを示していた。
「ごめんね、いっぱい心配してくれたのに。あたしは本の世界に行くけど、瀬里奈とナツミのこと、いつも想ってるから」
突然の別れに、泣き崩れる二人。本当に、たくさん心配をかけてしまった。居なかった四日間と、校庭での出来事で。
段々と希咲とリュウセイの体が足の方から消えていく。
もう一度、希咲は母を見た。不安そうな母の顔に、チクリと胸が痛んだ。それでも視線を外さない。
「父さんと悠飛には会えなかったけど、元気に暮らすからって伝えといて」
「俺が希咲を幸せにする、絶対」
泣きながら、母は深々と頭を下げた。
「希咲を、娘をよろしくお願いします……」
「もちろん」
「……ありがとう、母さん。母さんたちも、元気で」
もう体の半分まで消えていて、リュウセイはしっかりと希咲の肩を抱いた。
「さようなら、あたしの世界!」
晴れやかな笑顔を残し、希咲もリュウセイも、シキも、光も空気に溶けるように消えていった。
希咲の部屋の机の上に置かれている漆黒のハードカバーの本。
開かれていた本はひとりでにページを捲って最初のページまで戻ると、表紙が閉じた。黒地に白抜きで書かれていたYour Taleという題名。
漆黒だった本の色が一瞬にして蜂蜜色へと変わり、白抜きの文字だった題名は山吹色となり、文字自体も変化していった。
My Tale――と。
Fin
もう何年も前に、初めて書き上げた長編です。
希咲の選択を、父や弟も理解してくれればいいなと思います。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
少しでも何かを感じてくれれば嬉しいです。




