14.歯磨き好きなはづき(終)
「……はっ!!」
いつものベッドの上ではづきが元の女の子に戻ったのは、目覚まし用のアラームが鳴る少し前でした。彼女の服は普段通りのパジャマに戻っており、側にはあのイケメン執事もいません。彼女は、ようやく現実の世界へと戻ってきたのです。
しかし、そこにいたのは昨晩までのはづきではありませんでした。アラームを止め、ゆっくり起き上がった彼女は、目覚めて最初に何をするかをしっかり覚えていたからです。今まで見たあの『不思議な夢』は、目覚めた後もしっかり記憶に刻まれているのですから。
「……よし、やりますか!」
執事ブラッシュの言葉を思い出しながら、はづきは真っ先に洗面台へと向かいました。そして小さなコップを取り出して水を注いだ後、思いっきり口の中へと流したのです。それから口の中で水を掻き回した後、彼女は思いっきり水を口から出しました。
眠っている間に口の中で反撃の準備を整えていたであろう『歯周病』たちから、大事な歯を守るために。
「ぷはあっ……!」
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その日から、はづきは大きく変わりました。あれほど苦手だった歯磨きを、毎日積極的に行うようになったのです。
学校へ行く前と寝る直前、彼女は歯磨き粉を塗った歯ブラシを使い、丁寧に磨いていきました。もう今までのような嫌な感触は無く、自分の歯が綺麗になっていくという優しく、そしてどこか楽しい心地を感じるようになっていたのです。そして一度うがいをした後、今度はフロスピックを使い、歯と歯の間に溜まった歯垢を取り除くなど念入りにを行うようになりました。
もう絶対あの『歯周病』に恋焦がれる事が無いように、と言う事だけではありません。彼女の傍に佇む『歯ブラシ』と交わした約束を絶対に守ることを、心に誓っていたからです。
突然の変わりように一番困惑しながらも一番嬉しがったのは、お父さんやお母さんでした。口喧嘩の末はづきがつい暴言を吐いてしまった日から、娘に誤った歯ブラシの使い方を教えてしまったのが、歯磨きが嫌いになった理由だったのかもしれないとお母さんは悩み、後悔していたのです。そんなお母さんに、逆にはづきは自分自身から謝りました。お母さんが必死になって自分に歯磨きを勧めようとした理由を、ようやく知る事が出来たからでしょう。そしてお父さんやお母さんの方も過去に起こしてしまった事を謝った事で、ようやくはづきの『歯』に関する悩みは消え去りました。ずっとこびりついていた歯の汚れが、綺麗に取り除かれたかのように。
しっかり歯を気遣うようになった事で、学校で歯の健康診断を行う機会に恵まれた時も、歯垢や虫歯もなく良好という結果が出るようになりました。今までのようなギリギリセーフだが病気一歩手前で要歯医者行きと言った状況ではなく、この状態を維持すれば健康的な歯を残せる事が出来るだろう、というお墨付きまでもらうほどです。
当然友達もその結果を羨ましがりましたが――。
「いいなー、はづきは」
「なんか裏技とかあるの?コツとかさ」
「ま、まあ色々あって……ね♪」
――どうして突然歯磨きを真剣に行い、歯の健康を気遣うようになったのかは、お父さんやお母さん、友達などには内緒にしておきました。夢の中で『歯ブラシ』本人から真摯なアドバイスを受けた結果だなんて言っても、誰も信じてくれないでしょう。
歯を狙う恐ろしい悪魔と執事の一騎打ちが起き、全ての真実が明らかになったあの日以降、執事ブラッシュもあの豪邸も、はづきの夢の中に現れる事はありませんでした。でも、それはあの執事と永遠に別れたという訳ではない事を、彼女はしっかり覚えていました。自分が歯を守ろうとする時、必ず『彼』の力を借りる事になるのです。
今夜もはづきは寝る前に歯を磨く準備を始めました。今回からは昨日までの古くなった歯ブラシではなく、毛並みも美しい新品の歯ブラシを使う事になっています。パッケージから取り出しながら、改めて彼女はあの不思議な執事――嫌味で一言多くドSで、真摯で格好良く、そして誰よりも彼女の歯を気遣ってくれる存在の事を思い返しました。
(……今日からまた、よろしくね)
そして、はづきは新しく生まれ変わった『執事ブラッシュ』と共に、歯を丁寧に磨き始めるのでした……。
<おしまい>
※実際の歯磨きの注意点などとは異なる場合があります。
歯の様子が気になった時は、すぐ歯医者さんへ向かい、そちらのアドバイスを参考にしてください。




