お前が私の花嫁か
「魔王よ!
姫を連れて参りました。
あなたの花嫁です」
とマーレクが言う。
なんか想像と違う麗しい魔王様だな。
体つきは逞しく、セレスティア姫やアイーシャだけではなく、どんな乙女もイチコロになってしまいそうな感じだ。
そこで、マーレクはいきなり、エミリの前に騎士のように片膝をつくと、手の甲にキスをする。
「では、姫、私はこれで。
お元気でお過ごしください」
と言って、そのままさっさと帰っていってしまった。
おのれっ、逃げたなっ、と思ったが、よく考えたら、いてくれたところで、天気を読むことしかできない男だった。
「我が花嫁よ」
魔王が、そう重々しく呼びかけてくる。
だが、そのあとの言葉を思いつかなかったのか、しばらくの間のあと、
「……まあ、座るがよい」
と言ってきた。
いつの間にか、エミリの後ろに立派な椅子が現れていた。
これが魔力か。
そして、これが魔王の城の椅子か。
ピンク色の滑らかな布が貼られているその椅子は、背もたれの上の方に宝石が埋め込まれていて。
まるで、キラキラ輝く西洋のお姫様のドレスのような椅子だった。
見た目とても可愛らしいが、無防備に座って大丈夫だろうか……?
勧められたものの、エミリは躊躇する。
座った瞬間に、椅子からなにか飛び出してきたり。
天井からなにか降ってきたりしたりはしないだろうか?
なにせ、自分はイケニエなのだ。
なにが起こってもおかしくはない。
動かないでいるエミリに魔王が問うてきた。
「人間の姫よ。
気に入らぬか、その椅子は」
なんと答えたら、無礼討ちにされずにすむだろうかと考えていると、いきなり魔王が立ち上がった。
「人間の女の好みはわからぬ。
それが気に入らぬのなら、これに座れ」
魔王はおのれの椅子を手で指し示す。
いや、それ、王座では……? と思いながら、エミリは言った。
「気に入らないとかではありません。
私はイケニエ。
座った途端に、椅子から槍が飛び出してきて、刺されたり。
天井からギロチンが降ってきて、ドスッとやられたりするのではないかと思いまして」
そんなエミリの言葉に、魔王もレオも震え上がる。
「……恐ろしいことを考えるな、人間の女というのは」
魔王がそんなことを言うなんて。
意外に平和なのだろうか? この世界。
そういえば、人間の国でも奴隷の扱い、そう悪くなかった。
実は、私たちの住んでいた世界の方が、凶悪だとか?
と思ったとき、魔王が言った。
「エミリよ。
そもそも、お前はイケニエではない」
「えっ?」
「私が欲しているのは、花嫁だ。
そろそろ嫁をもらえと周りがうるさくてな。
特にあてもなかったので、とりあえず、すぐに調達してくれそうな、隣接する人間の国の王に、
『至急、花嫁送レ』
と言ってみたのだが」
いや、電報か。
だが、いっそ電報の方が間違いなかったかな、とエミリは思う。
魔王から臣下に、臣下から使い魔に、使い魔から人間たちに伝わっていった伝言ゲームはストレートには伝わらず。
いつの間にか、
『魔王が攻め入らぬ代わりに、王の娘を人質代わりに嫁として寄越せと要求してきた』
という話になっていた。
そして、そこからさらに、人間たちは邪推して。
魔王が人間の娘を花嫁になどするはずがない。
さては、イケニエを欲しているのかっ、とさらに曲がりくねって行ってしまったようだった。
「魔王様、ほんとうに花嫁をお求めだったんですか?」
何故ですか、とエミリは問う。
「魔王様ほどのお方、わざわざ人に頼まずとも、花嫁になりたい娘などいくらでもいるでしょうに」
「いや、そうでもない。
それに自分で嫁を探すとか面倒臭い。
だから、とりあえず、言うこと聞いてくれそうな人間たちに頼んでみたのだ。
いらないものを送ってきたのでも、まあよいか、と思って。
私も嫁をもらうのは初めてなので、とりあえず、まあ、試しにということで」
誰がいらないものですか……。
っていうか、私はお試しの嫁なのですね。
試供品はすぐに使い切られて、ポイ捨てされて。
あっという間に、次の人が来そうですね、とエミリは思う。




