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ルナティックGT!  作者: 長物守
ACT.04「第三の月の女神」
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闇を切り裂く漆黒に触れて

宇宙の闇を切り裂く、漆黒の影。


深淵よりもなおも黒い、そのトラック・フレームを誰もが追う。


決してモビルモードには変形しない、走りだけで勝つ。


そんな哲学に、ムーンランナーたちが牙を剥く……!


真空のハイウェイは戦場……戦わなければ生き残れない!

 今日は平日だし、アルがいないのでオリュオーン911-TSは動かせない。平日だし、たまには早く帰って寝ようということになった。蕎麦(そば)をすすりつつ「勉強もしっかりね」とはランのお小言だった。

 こうして、七時をまたずにカケルたちは帰路を走り出した。

 リージョン浅草の時代劇みたいな街並みを抜けて、真空のハイウェイへ。

 ムーンランナーたちが動き出すにはまだ早い、そういう時間帯だった。


「人工合成の蕎麦でも、やっぱ美味い店はいいよな、カケル」

「うん。天然物は僕たちのお財布じゃ、ちょっとね」

「大規模農園になってるリージョンもあるにはあるけど、な。この月面じゃ、地球の自然を残すだけでも莫大なコストがかかりやがる」

「だね。でも、残してる。残してくから、ずっと残るよ……いつか地球に戻る日まで」


 見上げれば、サンルーフの上に蒼(あお)い地球が見えた。

 人類が大自然に母星を委ねて、すでに300年。それは遅かったが、遅すぎはしなかったとカケルは信じたい。

 いつか、地球の大地を走る。

 それがカケルの夢だった。

 現状、月に移住した人類の中では、一部の研究者等の限られた人間しか地球には降りられない。そして、カケルはそっち方面の学力が自分には足りないのはわかっている。

 それでも、と思う気持ちが進路を迷わせていた。

 ぼんやりと地球を見詰めてそんなことを考えていた、その時だった。


「っとお! あぶねっ!」


 突然、リョウヤが急ブレーキを踏んだ。それで、TVGヴィクトールは急制動。それでも間に合わず、モビル・モードに変形して両脚を踏ん張らせる。

 脚が生えるだけのヴィクトールは止まれて、突然車線変更してきた大型トレーラーを回避した。


「あっぶね! ウィンカーくらい出せっての!」

「リョウヤ! 後のランねえたちが!」

「おおっと、ちょっと揺れるぜえ!」


 形はそのままに両脚が生えたヴィクトールが、大きく股を開く。

 その下を、追走していたランとアルクのシュペリオンGX-Zがドリフト状態ですり抜け止まった。

 早速通信でランからのメッセージが車内に広がる。


『ちょっと、危なくてよ! 急ブレーキ厳禁ですわ!』

「悪い、ランねぇ! なんか前のトレーラーが突然車線変更してきてよ」

『まあ、嫌ですわね。二人とも、怪我はなくて?』

「大丈夫だ! しっかしギリギリだったぜ……ナイス股抜き、ランねえ!」


 実際、ランほどの腕がなければ激突は確実だったかもしれない。今のシュペリオンが、マイルドにデチューンされてるのもよかった。再びモービル・モードに戻ったヴィクトールの前では、車線に戻るシュペリオンのサイドカーでアルクが目を回している。

 ここは真空の月面、大宇宙のまっただなかだ。

 危険な運転は命取りだし、それを皆がわかってるからルールを守る。

 ルール無用のムーンランナーですら、一般車に対しては配慮するのが常識だった。


「カタギのトレーラーにしちゃ、荒っぽかったな、カケル。……カケル?」

「うん。今の……なんか、わざとっぽかったなって」

「まじかよ! そういうの、わかるのか」

「ウィンカーを出してなかったのは、出すつもりがなかった。ちょっと聞いたことがあるんだ。ハイウェイで時々、トレーラーのドライバーが悪戯(いたずら)気分でこういうことするの」


 実際、悪戯ではすまない。

 あの巨体に激突したら、ヴィクトールは木っ端微塵だ。こちらがどんなに安全な速度を守っていても、粉々になってしまう。そして、カケルとリョウヤは真空の宇宙に吸い出されて数分で絶命するのだ。

 やれやれとリョウヤは、どっと疲れた様子である。


「運転代わるよ、リョウヤ」

「わり、カケル。頼むわ」

「うん」


 器用に車内で席を入れ替わり、カケルがハンドルを握った。

 そして、今度はランとアルクが先行する中でその走りに続く。アクセルを踏んでもパワーは感じられなかったが、よく煮詰められた足回りはしっかりアスファルトを掴む感覚がある。

 今日はバトルの走りではないので、みんなで流してのゆったりとしたクルーズだった。

 だが、そんな危機一髪を乗り越えた安心感が一気に霧散する。


「なんだ? 後……ごめんリョウヤ、後見てくれる? 凄く速い車が来てる」

「どれどれ……ってあれは! お、おいおい、また出たのかよ!」

「大丈夫、追い越しレーンに入って加速してゆく。……来たっ!」


 ウィンカーを出しつつレーンチェンジした背後のモビル・モービルが、グン! と加速して追いこしてゆく。

 そしてまた、カケルは見た。

 真空の宇宙をブチ抜いてゆく、黒いトラックを。

 トラック・フレームにしてはあまりにも鋭く冴え冴えとした速さだった。

 排輝(はいき)のタキオンを瞬かせながら、その車体はランたちも追い越してリージョン横浜の方へと消えてゆく。

 あれが噂の『絶対にモビル・モードに変形しないで勝ち続けてるムーンランナー』だ。

 紅蓮(ぐれん)の魔女事件の影で、誰もが黙る連勝記録を打ち立てた謎の存在だった。


「うひょー、すげえ加速力。なあカケル、トラック・フレームってあんなに出るもんなのか?」

「エンジンにもよるけど、宇宙空間では空力とか抵抗とか関係ないから」

「そっか、だよな! じゃあ、あの黒いトラックが変形しないのは――」

「このヴィクトールと同じで、完全な人型への変形がないタイプ……モビル・モードでの戦闘を考慮されていない車なんじゃないかな」


 だが、妙に心が騒ぐカケルだった。

 先程の黒いトラックは、明らかにムーンランナーの走りだった。こんなまだ早い時間に、バトルの相手がいない中でなにを急いでいるのか?

 そして、その走りを見てからカケルの心がじわじわと燃えてくる。

 走ってみたい……それも、できるならこちらもモービル・モードだけで。

 この月面でのハイウェイなら、あのトラック・フレームは300kmは余裕で出せるだろう。その先の領域……極限の走りだけのバトル。自然と胸の奥が熱くなる。


「……どうした、カケル。まさか……あれとやりたいのか?」

「うん。なんかこう、ストイックだよね。モービル・モードだけの走りで勝ち続けてるんだから」

「だな。でも、っと。なんだ? 機動警察の検問だ」

「事故での規制みたいだね。車両整理のモビル・モービルが立っている」


 前を走るランたちが減速し、カケルもそれにならう。

 ハイウェイの真ん中に、機動警察のモノトーンな白黒の機体が建っていた。ちょっと見ないタイプのモビル・モービルで、恐らくは第五世代の新型だろう。頭部に回転灯の紅い光を掲げながら、その機体は行く車も来る車もタイミングよく交通整理していた。

 そして、そのすぐ外に炎が上がっている。


「見ろカケル。事故だ……こんな時間にバトルじゃねえ、事故ったやつが車線を塞いじまったんだ」


 リョウヤの言う通り、ハイウェイの片方が黒焦げの残骸で塞がれていた。そして、高架になってるその外にいくつかの炎が燃えている。真空の宇宙でも、タキオン粒子エンジンは青い炎で全てを焼き尽くしていた。

 これもまた事故なのか、それとも……?

 とりあえず、道を塞ぐ残骸は例の黒いトラックではないらしい。

 だが、これだけの事故が起これば機動警察も黙ってはいられない。

 いわゆるパトモービルの出番という訳だった。


「こらぁ、ちょっと渋滞すんな。しかしあのパトモービル……66式MM-VAグレイオンだ」

「知ってるの? リョウヤ」

「ああ、最近配備が始まった最新鋭さ。モービル・モードでもスピード違反対策のためのスペシャルモデルだ。速いぜえ? あれこれ積んでて重いが、500psは絞り出してる」

「武装は」

「ハンドガンタイプのリボルバーに、プラズマ警棒。あとは、知恵と勇気ってな」

「知恵と勇気?」

「限られた装備で、問答無用のフル装備なムーンランナーと戦うんだ。それがなきゃパトモービル乗りにはなれねえよ。っと、通行OKだ。進めてくれ」


 ランたちのシュペリオンに続いて、カケルもアクセルを踏む。

 いかにもヒロイックなパトモービル、グレイオンに見下ろされる中で静かに通り抜けた。事故で片側一車線になってしまったハイウェイの渋滞も、機動警察によって完全に制御されているようだった。


「うし、こっから先は大丈夫だ。さっさと帰ろうぜ、カケル」

「そうだね。……アルは大丈夫だろうか。無事に帰れてればいいけど」

「ピザの宅配を始めるたあなあ。ま、安心しろよカケル。あの子、いい子だからよ」

「いい子だから心配なこともあるけど……今夜は夜食でも作って待ってるかな」


 こうして皆で、リージョン横浜へと向かう。

 エアゲートをくぐってすぐに、キラウラ姉妹とはお別れになった。どうやら、もう少しspecⅡのシェイクダウンをするらしい。カケルは自分の家まで運転して、ヴィクトールをリョウヤに返す。

 今夜も宇宙港は走り屋たちで賑わっているだろうが、今日は少し疲れた。


「見守るだけってのも疲れるよな、カケル! じゃあな、お休み! アルちゃんに宜しくな!」


 そういうと運転席に戻って、リョウヤも去っていた。

 こうしてカケルは今日も、誰もいない我が家への帰宅を果たす。

 ここ最近はアルが一緒だったので、懐かしい淋しさに身を焦がしつつ溜め息がこぼれるのだった。

- TIPS -


・66式MM-VAグレイオン

機動警察が運用する最新鋭のモビル・モービル。

変形時のモビルモードでは、頭部の角が回転灯が紅く光る。

モービルモードのもでるは、ホンダCR-Zである。

決して大きく重い機体ではないが、最新鋭の第五世代。

機動警察ならではのハイチューンドで、取り締まりは厳しい。

やがてカケルはいつの日か、この機体と勝負することになる。

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