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ルナティックGT!  作者: 長物守
ACT.04「第三の月の女神」
27/27

初めてのお仕事と、漆黒の巨猪と

彼女は今、走り出す。


タキオン粒子生命体として、エンジンとしてではなく。


そう、美の結晶たるアツアツの食事を届けるために!


規定タイムをオーバーすれば、料金は得られない……


シビアなプロの世界に今、アルはただ一人のフリーターとして挑む!

 謎の黒いモビル・モービル。

 トラック・フレームというからには、かなり重くてデカいはずである。それが、変形もせず被弾もせずに全てをぶっちぎって走り去るという。

 その情報も気になったが、今日のカケルはそれどころではなかった。

 バイトのシフトもないので、放課後リョウヤの車で飛び出した。


「ごめんねリョウヤ。車、出してもらってさ」

「いいってことよ、俺だって気になるんだ。……ありゃ? あの尻は」


 すぐ目の前に、黄色いサイドカー付きのバイク・フレームが走っていた。鳴らし走行中なのか、穏やかな走りである。助手席に座るカケルにも、見覚えのある(あか)いライダースーツは見知った中だ。

 ランとアルクだと思った、その時には携帯端末が鳴り出す。

 着信に応じれば、すぐにアルクの立体映像が浮かび上がった。


『やっほー、カケル!』

「やあ、アルク。調子よさそうだね」

『お姉ちゃんもだけど、セレーネがセッティングにうるさくて。でも、仕上がってきてるよ。カケルたちも例のピザ屋に?』

「ああ。アルが心配なんだ」


 本日、今日よりアルはアルバイトに出ている。自分で求人を調べて、自分で決めたのだそうだ。(ちな)みにリージョン横浜の市民IDはアルクが捏造した。それで借りができてしまって、こんどカケルは彼女になにか御馳走することになっていた。

 そして、改めて前を走るシュペリオンGX-Z specⅡを見やる。

 安定している。

 以前の荒っぽい命知らずの走りが嘘のようだ。

 それに、リョウヤが評したランのどっしりとした尻も安心感があった。

 だが、ヘルメット越しにちらりと背後を見て、そのランが加速する。


『ちょ、お姉ちゃん! 抑えて抑えて!』

『だって、いやらしい視線を感じるんですもの。これだから男の子って、ふふふ』


 あっという間に通話が切れて、そのバイク・フレームは見えなくなった。

 馬力を半分近くに下げた上、サイドカーの追加で重量が増している(はず)だ。なのに、その加速はやはりオリジナル世代のモビル・モービル……カーン! と気持ちいいエグゾーストを残して走り去った。

 リョウヤは張り合う気もなく、60kmクルーズをキープだ。

 そう、急がずとも目的のピザ屋はもうすぐだった。


「そういやカケル、なんでピザ屋なんだ? 他にもいろいろあるだろう」

「なんか、(まかな)い飯っていうか、賄いピザ? が出るんだって。ほら、アルって結構燃費悪いから」

「そういや、よく食うよなあ。アルちゃんってタキオン粒子生命体? てか、エンジンなんだよな? タキオン粒子燃料でリッタ―何km(なんキロ)くらいだ?」

「んー、リッター5kmくらいかな。今のところは」

「たっは! 滅茶苦茶(めちゃくちゃ)燃費わるいじゃねえか。俺のこいつなんか、リッター12kmくらいだぜ」


 だが、しょうがないのだ。

 タキオン・エンジンの特性もあるが、アルがオリジナル世代のエンジンであるデメリットがこれだ。とにかく、女の子としてもエンジンとしても燃費が悪い。それは、バイトで稼いで走っているカケルにとっては、この上なく深刻な経済問題だった。

 もちろん、家庭環境的に母親に頼るなんてもってのほかだ。


「っと、あの店じゃないか?」

「だね、って……アル? 今のエアスクーターを追って、リョウヤ! アルだ!」


 突然、店から一台のエアスクーターが飛び出してきた。そこには、宇宙服を兼ねたライダースーツ姿がまたがっている。だが、カケルにはそのわずかな体形や所作でアルだと感じだのだった。

 その予感を上書きするように、キラウラ姉妹のシュペリオンも出てくる。

 どうやらピザの宅配の仕事らしいが、アルの姿はどんどん小さくなっていった。


「結構飛ばすなー、アルちゃん。カケル、あのレベルのエアスクーターって」

「そんな馬力でるようなもんじゃないけど、軽いからね。スーツを着用してるってことは、別のリージョンへの宅配みたい。……まあ、アルに宇宙服は必要ないんだけど」


 エアスクーターは法的には、軽車両に属する。カケルやリョウヤが使っているエアボードと原理は同じだが、簡素な重力制御で宙を浮いて走る乗り物である。

 事実上、タキオン燃料がかからないのが大きなメリットだった。

 それを今、タキオン粒子生命体のアルが操縦して馳せる。


「まあ、流石(さすが)の俺でも、俺の車でもさあ。エアスクーターにチギられたりはしないけどよ」

「まあ、安全運転でいこう。……仕事、ちゃんと回せてるみたいだね」

「どうせなら喫茶コロナでのバイトに誘えばよかったのによ。それなのにお前ときたら」

「マスターは人手が足りてるみたいだしね。僕たち以外の世界も知ってほしくて」


 気付かれないよう距離を取って、リョウヤのTVGヴィクトールはゆっくり追いかける。

 その後にピタリと、キラウラ姉妹のシュペリオンがついてきた。

 尾行にも気付かず、アルのエアスクーターは郊外へ……やがて、真空の宇宙へ飛び出すエアゲートの空気圧に消えていった。

 もちろん、カケルたちもあとを追う。

 自国は夕方の四時、まだまだムーンランナーたちが暴れ出すには時間がある。


「これ、大丈夫なんじゃねえの? 後から見てても落ち着いた運転だし」

「うん、なんか……アルの運転って、一体感が凄いよね」


 僅か20ps足らずのエアスクーターである。それでも、渋滞が始まる前の月面を静かに周りに合わせて走る。無理に追い抜かない、無駄に速度を落とさない。周囲のモビル・モービルに合わせて静かに流れに一体化していた。

 自分がエンジンだからだろうか、アルの運転には安心感がある。

 背後ではキラウラ姉妹がシュペリオンの設定をあれこれいじりつつ、少々遅れながらついてきていた。

 そんな中、突然リョウヤが大声で叫んだ。


「お、おいっ! カケル、見ろ! あれ……あのトラック・フレームって!」


 今、後続の急ぎのモビル・モービルにアルが道を譲った。

 その巨体が、ハザードを点滅させながらアルを追い抜いてゆく。

 黒いトラック・フレームだ。軽トラとまではいかないが、思ったよりコンパクトなボディである。そして、トレーラー・フレームのような前後に分離しコンテナを交換できるタイプでもなかった。

 10tトラックほどだが、その走りは全く無駄がない。

 トラック・フレームやトレーラー・フレームは、完璧な人型のモビルモードへの変形機能は実装していないのが普通だ。ただ、一部の変形で荷物の積み下ろしのためのクレーンやアームを出すことができる。

 あの黒いトラック・フレームもそうなのか?

 だから変形せず、走りだけで勝ち続けているのか?


「初めて見たぜ……なんか、妙じゃないか? カケル」

「あ、ああ」

「速いマシンってなあ、なんかこうオーラがあんだろ。……なんだありゃ、普通のトラック運ちゃんじゃねえか」

「……でも、僕はそれが怖い」

「は? なにそれカケル、なんかあんのかよ」


 噂になってるモビル・モービル、例の黒いトラック・フレームは無敗の連勝伝説を積み上げているという。カケルたちの耳に入るのが遅かったのは、負けた側がバトルを必死に隠していたからである。

 そう、この漆黒(しっこく)巨躯(きょく)は目に見えないバトルを勝ち続けて抹消、秘匿されてきた。

 なぜなら、モビル・モードに変形することなく、モービル・モードの走りだけで勝利してきたからである。モビル・モービルからの攻撃を全て避け、その火力を置き去りに走ってきたのである。

 カケルには、その恐るべき強さを全く感じさせぬ周囲との一体感が恐ろしかった。

 本当に強い者こそ、普段は穏やかに一般車に溶け込むものである。


「っ、奴が行っちまう!」

「いいよリョウヤ、無理に追わないで」


 そう言いつつ、カケルは再び端末を取り出す。アルクに繋ぐなり、ぐっと自分のカメラに顔を近づけて静かに言葉を選んだ。


「アルク、聴こえてる? ランねえに追わないように言って」

『わわ、びっくりした! 顔が近いよ、顔……その、もうっ』

「今のあいつにバトルの意思は感じられない。下手に手を出すより、ここは」

『そうだね、お姉ちゃんにも伝えておく。――ってか、お姉ちゃん! ギア下げないで、踏まないで! まだまだこの時間は、一般車のことも考えてーっ!』


 あのランを止められる人間なんて、数えるほどしかいない。というか、数えるまでもないのが現状だ。だが、まだまだ愛車が調整不足なのもあって、カケルたちの背後からランのシュペリオンが飛び出すことはなかった。

 ホッとしつつ、カケルは去ってゆく大きなコンテナのモビル・モービルを見送る。

 同時に、無事に次のリージョンへのエアゲートに向かうアルを追った。


「リージョン浅草か。帰りまで見守るか? カケル」

「いや、大丈夫そうだ。アルの初仕事は大成功だと思いたいね」

「最後までみるまでもなく?」

「あの子、生真面目なんだよ。ただ、世間知らずなのが気になってたけど」


 そう、300年の眠りから目覚めたモビル・モービルに宿る妖精。今はもう製造方法すら失われた本物のオーパーツ、それがアルであり姉のセレーネだった。

 そしてカケルは以前にセレーネから言われて知らされていた。

 もう一人、同じオリオン社のオリジナル世代モビル・モービルが存在する。それは、アルやセレーネの姉妹が存在するという意味だった。


「まあ、せっかくリージョン浅草まできたんだし……お蕎麦(そば)でも食べてきますか」


 そう言ってリョウヤがオープンチャンネルで背後のキラウラ姉妹に語り掛ける。このヴィクトールには、速さのための能力以外はあらゆる環境が充実しているのだった。

- TIPS -


・リージョン浅草

リージョン大江戸に近い小さなドーム都市である。

だが、他の地区の観光客にはとても人気のスポットだ。

リージョン大江戸もそうだが、古きよき日本を再現している。

多くの神社仏閣があり、有名な雷門も地球から移設された。

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