【番外?】海底神殿にて
「海底神殿?」
ランティナさんが快癒した後、穏やかな昼下がり。
黙々と梅の下処理をしていた僕に、アーネリカはそんな単語を持ってきた。
手を止めるわけにいかないので、ほじほじと作業を続行しながら聞く姿勢だけは見せる。聞く気はあると理解した彼女は、そのまま言葉を続けた。
「はい。曰く、海の落とし物が手に入る……或いは」
一瞬だけ、押し黙る、というか言葉に詰まるような挙動を見せて、そして意を決したのか続きを口にする。
「願いが叶う、と」
「……僕に不満があるように見える?」
「はい」
即答は予想外だったので、思わず手が止まる。
当てずっぽうか、はたまた揺さぶりの類かと思ったが、目を見る限りそんな事は無いらしい。
もともと彼女は搦手が不得手、疑うまでもなかったと言われればその通り、なのだけれど。
「……へぇ」
「というより、不足、と言いますか」
みし、と手中の梅から軋むような音がした。
無意識で握り込んでいたらしいその手を上から包んで、アーネリカは僕と目を合わせる。
その目は真っすぐで、気遣いで満ちていた。
「弟さんのこと、気になっているのではないですか?」
「…………そうだね」
「情報だけでも、手に入るかもしれません」
「分かった。分かった、僕の負け」
アーネリカは何処までも真っ直ぐだ。故に、下手な言いくるめや説得よりも、彼女の言葉は説得力を持つときがある。
しかも今回は極論言えば『僕のため』だ。無下にできるわけがない。
「一緒に行こうアーネリカ」
「はいっ!!」
笑顔で頷く美少女を見て、叶わないと思いつつ僕は腰を上げた。
◇
……とまあ、なんだか二人いい雰囲気〜な文脈で話しつつ、冒険となれば二人で出向けるはずもなく。
メインアタッカー、アーネリカ。
本人曰くサブアタッカー、ランティナさん。
バッファー、ローザドーロさん。
ご飯その他搦手担当、僕。
そして何が何でも付いてくる移動要塞、ペェちゃん。
家族全員、with僕の形である。いつもどおりの光景にホッとしつつ少しモヤモヤしつつ、歩を進める。
「凄いなぁ一切恐怖がない」
「強いからな、あの二人」
「お父さんまで遠い目しないで下さい僕も泣きそう」
悲しいかな、軒並みサポート寄りの男衆。
遠い目で、二つ並ぶ頼もしい背中を見つめるしかないのである。
クソデカハルバードを背負った背中二つが前を歩いていく。城門を前にしたような安心感と、そこはなとない敗北感をひしひしと感じる。
連れてこられた海底神殿は、下へ下へと続く岩肌剥き出しの洞窟であった。
苔がびっしりと生え揃った岩肌は真緑で、妙なクッション性がある。
それを踏み締めて下に下にと進んでいくと、ある一点からガラリと外見が変わり、露骨に人工物な場所へと姿を変えた。
「……まさに海底神殿」
一見は白くて綺麗な、恐らく大理石とかそれに近い種類の石材で構成された建物。しかも柱やら壁やらに直に彫刻が施されていて、柱の一本でも持ち帰ればそのまま美術品として売れそうな完成度である。
ただ、そこは〝海底"神殿。床のアチラコチラに落ちたら終わりと思われる穴と、それに水が溜まったらしき水場が散見される。
そして綺麗な壁や柱も、手で触れると老朽化しているのかザラザラと彫刻面が砕け落ちてしまった。
「そういえば。アーネリカ、ここってモンスターは居ないのかな?」
「居ますよ」
ここを進んでしばらく経つが、未だモンスターらしきものとは邂逅すらしていない。
今までは洞窟に入る、イコール、敵と鉢合うくらいのシームレス接敵だったので初めての体験だ。
「海底神殿は主に……魚人さんの住処ですね」
「魚人さん?人魚さんでなく」
「魚人さんです。ほら」
アーネリカが指さした先に目線を向ければ、魚頭がもはや池と化した陥没部分から覗いていた。
こちらの様子を伺うように見つめていたその魚頭たちは、ワラワラとこちらに向かって動き始める。
大理石の縁に水かきと鱗のある手をかけて這い上がってきた魚人は…………とても、マッスルであった。
「ワーオ……ベリベリマッスルフィッシュへッドマン」
美しい肉体美である。鱗だのヒレだのを貫通するほどの筋肉美。
腹筋は綺麗に八つに割れて、腕は二の腕やら主だった筋肉がしっかりと主張する丸太の如き太さ。
ハムストリングスが一歩ごとに魅惑の曲線を見せつける、人間換算でモデルと同クラスと言われる豚さんよりも体脂肪率が低いであろうマッスルボディの上に、鯵あたりを思わせる頭がちょこんと生えている。
180センチ後半の男性と同等であろう体がバキバキに鍛え上げられているのに、頭は普通の鯵と同じような大きさしかない。サイズが不均衡すぎて、とてつもなく違和感がある。
そしてそんなボディビルダーが歯噛みして悔しがりそうな筋肉美たちが、何故かサイドチェストやら筋肉をみせつけるポーズを取りながら、ジリジリこちらににじり寄って来るのである。端的に言うと怖い。
「リツヤさんも戦います?」
「鞭が無理そうだから自粛します」
鞭で叩いても逆に負荷を喜ばれそうな気がする。いや多分マッスルへの偏見でしかないのだけれど……いや前言撤回多分合ってる。鞭って単語を聞いた途端に腕を広げて受け入れる体制取ったぞこのフィッシュヘッド。
「あれ、あの銃は……?」
「あれね、僕が『何が何でも倒さなきゃいけない相手』って認識してないと駄目みたい。セーフティみたいな」
ランティナさんに貰った不思議な短剣。僕が思う『異世界の強いもの』に変わる短剣は、黒龍を倒した一発以降、うんともすんとも言わなくなっていた。
ただ、一人で出歩いているときに遭遇したモンスター等、どうしても戦わなくてはいけない相手に関しては銃に変わったので(なお、使う前にアーネリカとお父さんによって鎮圧されたので未使用)条件次第では使えることが判明。
ざっくりと調べてみた結果の結論が『何が何でも倒さなきゃいけない相手と認識していること』だった。
つまり今の僕に、異世界転生チート強強武器ウハウハ俺強えの権限はないのである。
「なるほど……では変わらず私が頑張りますね!!」
「ヤバそうならちゃんと僕も戦います。すぐに呼んで」
「万が一のときはお願いしま危ないッ!?」
アーネリカが叫び、僕を突き飛ばす。
何度か転がってから元いた場所を見れば、魚人がハグに近い体勢で固まっていた……つまり捕らえようとして失敗した体勢で。
ムキムキマッスルボディとはアンバランスなほど小さな頭が、コキャッ、と音を立てて横に折れる。
首を傾げたのだと、分かってしまった。
そして今度は、その新鮮そうな濁りのない目がこちらを捉える。
そして娘か何かを追いかけるお父さんのように、両手を広げて中腰の体勢で、こちらに向かって走ってきた。
「どうして僕!!」
明らかに捕獲を目的とした接近の仕方。
しかも数十人いる魚人全員が、僕に向かって捕獲行動を行っているのである。
それでも10人程度が神殿の広さ的な限界で、手持ち無沙汰の数人はマッスルポーズを取り続けている。
「ペーモッ」
「リツヤさん、リツヤさん」
「危ないッ!?なぁにアーネリカ!!」
魚人たちの隙間を縫って転げ回っていると、アーネリカがこちらに向かって声をかけてくる。
ハルバードを縦に振り切ることで、こちらを巻き込まずに魚人の一人を一刀両断して逃げ場を作りつつ、言葉を続けた。
「ペェちゃん曰く、貧弱な筋肉を鍛え直したいそうです」
「マッスルの妖精の性が魚頭になっても健在なのね!?」
「可能性の塊が羨ましいそうで」
「まあもう仕上がりきってるもんねその体……あぶなっ」
回避に回避を重ねていると、これはもう駄目だと判断したのか、構えが変わる。
確保を最優先にした両腕を広げた形から、明確なファイティングポーズに切り替わった。
(あ、マズイやつだこれ)
迷いのない右ストレートが振り抜かれ、反射で避ける。鍛え上げられた拳が壁に彫り込まれた精巧なレリーフにめり込んだ。
聖母マリア的な誰かの横顔が崩壊した。見る人が人が見たら発狂するだろう光景に顔が引きつる。
それどころではないことを思い出して即座に回避行動に移る。足首付近に向けて鋭いローキックが放たれて、白亜の柱がへし折れた。
……狙うのが肩やら足である辺り、彼らはまだ僕をマッスルボディにする夢を諦めきれていないらしい。致命傷を与えるのを躊躇っているように思える。
それでも一撃致命になりかねない一撃に逃げ惑うが、多勢に無勢、逃げ先はなくなってゆく。
背中に壁の感触。いつの間にやら角に追い詰められている
(致命傷を避けるしか)
避けることもできないと判断、取り敢えず最優先は致命傷の回避。
魚人の一撃を覚悟して防御体勢を取ったが、魚人が振り抜いた右ストレートは僕に当たらなかった。
薄めを開けていた僕の視界には、僕の前に庇いに入り、魚人の右ストレートに己の右ストレートを合わせて命中させたアーネリカの姿。
「一撃、粉砕ッ!!」
1……否、2周りほど小さいアーネリカの拳が、魚人の拳にめり込んで血が吹き出す。
拳を引いて血を払うアーネリカの手に傷は一つもない。一方的な負傷である。
ちらっとローザドーロさんの方を見てみると、少女のように口元に両手を当てて驚いている。なるほど強化は一切施されていないらしい。
僕はそろそろ彼女の肉体が強化合金と言われたら素直に信じる……それはそれとして。
「ありがとう、アーネリカ」
感謝と挨拶と謝罪は大切である。
なので真っ先に感謝を口にした。にっこりと笑った彼女は、頷いたあとすぐに正面に向き直る。
彼女の視界の先には、拳から流れた血を不思議そうに眺める魚人の姿があった。
彼らはこてん、こてんと美少女がやったのならとても絵になったであろう首のかしげ方をして、もう一度振りかぶる。
しかしそれは、更に横から差し込まれた槍……というかハルバードによって阻止された。
巨大な刃を持つハルバードが拳の軌道に横入りし、その平部分に強かに打ち付けられた全力の拳から嫌な音が鳴った。
そして数秒硬直した後に、犠牲者の魚人はゴロンゴロンと床に転がった。無理もない。あれは相当痛い。
「あらら〜大人気なかったかしら」
「大人気というか容赦がないですランティナさん」
「在庫が切れてるのよねぇ〜」
「再入荷は?」
「予定はないわぁ」
「無慈悲ッ!!」
ゴロゴロと床に転がる魚人は良く言えば牽制……悪く言えば見せしめとしての効果が凄まじく、サーッとランティナさんに道を作るように魚人が退いた。
むしろ早く行ってくれという意思すら感じる。非マッチョを鍛えたい欲求よりも、こいつヤバい認定による危機感が上回ったらしい。
にこにこと微笑みつつ、ランティナさんがハルバードの血を払うように一際大きく振る。
その音に完全に怯えきった魚人たちは、我先にと水中に飛び込んでいった。
シンクロナイズドスイミングにありそうな綺麗な入水フォームなのがちょっと腹立つが、敵が一気にいなくなった事が事実として残る。
「さ、行きましょうか」
強い。この母にして娘あり、である。
◇
ランティナさんが戦闘を歩けば、先程の一連の出来事が通達されているのか、魚人以外のモンスターもモーセの如く道を開ける。
ゆえに、そこからは戦闘らしい戦闘は一切なかった。アーネリカは拍子抜けを通り越して困惑しながら後ろをついて進んでいたが、ローザドーロさんはそうでもないらしい。
慣れているのか平然とした表情で進んでいく。
「こう言うのよくあるんですか?」
「実力差が酷いと割とあるぞ」
「ここってそんなに簡単……」
「というよりはランティナが外れ値だ。一応高難易度だぞここは」
「デスヨネー」
攻略とは名ばかりのお散歩が数時間。
難易度が高い、高いと聞いてはいるので、恐らくは数と攻略時間でじわじわと押しつぶすタイプのダンジョンなのだろうと頭の端っこでぼんやりと考える。
更に歩き続けると、明らかに最奥であろう開けた場所までたどり着いた。
「これが……海底神殿の……祭壇?」
「その奥にあるのが宝箱ですね」
神聖な雰囲気の祭壇、そのド真ん中に、きらびやかに装飾された箱がおいてある……横幅が2メートルに少し足りないくらいで、縦幅も1メートル手前はありそうな巨大な箱が。
「大きくない?」
「大きいですね」
「何が入ってるんだコレ」
曰く海の落とし物が手に入る。或いは願いが叶う。逆に言うと、全くと言って良いほど中身に対する言及が足りていないのである。
「開けるって言ったってどうやって……」
継ぎ目のようなものも見当たらない。ぐるりと見回ってから、恐る恐る箱に手を触れた。
するとそれを待っていたかのように、箱の上半分がずれるようにして地面に落ちる。
「開い、た……」
箱の中身を覗き込んだ瞬間に、時間が止まったような感覚に襲われた。
箱の中には、自分によく似た顔の人間が詰め込まれて目を回していた。こちらに気づいて、信じられないといった表情で僕を呼ぶ。
「…………兄さん?」
「……優規?」
声も聞き慣れたそれだ。腕に触れる。温かい。幻覚でもなく生きている。
抱きしめようとしたときに、弟の他にもう一人、箱に詰め込まれていることに気づく。
「あいたたた」
「…………」
褐色の男。そしてなぜか、それはもうしっかりと片腕で弟の腰を抱いた体勢であり、しかも腕同士を布で結びつけた痕跡がある。
「兄さん?」
「3秒やる。信じる神に祈れ」
「兄さん!?」
褐色の男に短剣を変化させたデザートイーグルを突きつける。弟から驚愕の声が挙がったが、今は気にする場合じゃない。
短剣が変化したと言うことは、これは僕にとって『何が何でも倒さなければいけない相手』らしい。なるほど今殺しても許されるだろうか。
「誰だ貴様」
「ああ、はじめましてお義兄さ」
褐色の男の耳横に弾丸をぶち込む。その射線上にあったレリーフが砕け散った。
「次は眉間だ」
「兄さんッ!?」
「貴様俺よりも過激な自覚はあるか?」
「今なら痛いほどあなたの気持ちがわかります」
「ハイライトを消すな笑顔が黒いぞ」
「弟に近寄る害虫は殺さねば」
ニコニコと山に埋めるか海に沈めるかを考えていると、箱から這い出した弟が腰に抱きついてくる。
落ち着けという意味なのだろう。実際毒気を抜かれてしまって、デザートイーグルが短剣に戻る。
「はじめまして、隼優規と申します」
「アーネリカ・ベルツォーネです!!」
そして挨拶をし、そのままアーネリカと手を繋いでくるくる回り始めた。気性か何かの周波数が合ったらしい。
「天国?」
「天使だな」
異口同音気味に同じことを言ってしまった。まぁブラコンと親バカなので仕方がないだろう。
素晴らしい光景を目に焼き付けるのは当然だが、カメラがないのが悔やまれる。
「願いは叶ったか。不足は足りたな?」
「おかげさまで」
ワシャワシャを毛をかき混ぜるように頭を撫でられる。僕はもう成人した男なのだが、ローザドーロさんにとっては些事らしい。
「よしそこ二人、改めて名乗ってもらうぞ!!そして契約書を読んでもらう、サインするかは好きにしろ!!」
そして彼は、優しすぎる内容の終身雇用契約書を手に、ランティナさんに挨拶している二人のもとに歩いていった。
彼だけに任せるのも無責任なので、僕も後ろを追って走る。
多分これからも色々あるだろうけれど、何とかなってゆくのだろう。なんたってメンツが強すぎる。
ナレーションがあるならこうなると思うので、脳内で勝手に補填しておこう。あえてここは日本人風に。
とっぴんぱらりのぷう。




