【37】背後にご注意
「何コイツぅ……」
「自白剤はおろか媚薬類も効かないんですけどぉ!?」
「石抱きさせてんのに表情一切崩れないんだが」
「一回休憩したほうが良いですよ。皆さん疲れてるし」
「「「お前のせいだろうが!!」」」
転がるからの注射器、謎に色づいた煙を垂れ流す香炉、膝上に置かれた石塊と水で濡れた頭部。
そして、眼の前でぜえはぁと肩で息をしている誘拐犯の皆様方。見る人が見たら逆の立場だと思われるかも……それはないか。縛られてるし。
「焦れよ……殺されるとか思わないのかよ……」
「いやーだって、最初に全部言ってくれてるので」
「全部って何がよ」
「ベルツォーネ紹介の情報を吐かせたい、って」
「それがなんだって言うんだよ……」
「吐かせるってことは生きてないといけない。じゃあ最低限殺される心配はないし、僕が刺したり殴ったりされたらぽっくり成仏する常人であることを皆さん知っている」
そう、僕は強くない。彼らの腰にある武器にかかれば秒殺される生き物だ。防具やらなにやらで固めているわけでもない。着ているのはただの着心地の良い服である。
アーネリカがモンスターの戦うとき、大振りゆえに避けきれず、ある程度の攻撃を許容することがある。
僕はその一撃であっさり落命するだろう。訓練した戦士と料理人が同じ場所に立てるわけがない。
「は」
「それなら下手なものは使えないし出来ない。効果が強すぎる薬だの、当たりどころが悪かったら死ぬ鞭だの剣だの、ショック死の可能性がある爪やら何やら剥いだり云々も」
人とは脆い生き物なのである。鍛えていなければなおのこと。そんな生き物を、『死なない程度に痛めつける』事は容易ではない。
「そしてその程度のものなら僕には効きませんから」
「本当になんなんだ……お前……?」
「それはそれとして、話が戻るんですけど」
視界の端で時計の針がカチカチと進んでゆく。体内時計を鑑みても、これが虚偽の時間である可能性は低い。
「可及的速やかな僕の解放をおすすめします」
「だからなんでそんな態度が」
「だってもう時間がないですし」
そこまで喋った瞬間に、顎に冷たいものが押し付けられる。それが少し動いた瞬間に、冷たい感触は熱さを伴ったものに変質する。
肉厚のナイフであった。よく研がれているらしく、顎から首にかけてを赤い液体が流れていく。
「お前もう喋るな」
どうやらお冠らしい。目から大分冷静の色が抜け落ちている。犯罪者で冷静さを欠くのは致命傷だと思うのだが。
冷静さを失えば、視野が狭くなるのだ。
精神的にも、物理的にも。
「黙れ、動くな。こっちが聞いたことだけ答え……ッ」
コイーーーーンッ、という妙に間抜けた音が響き渡る。しかし気の抜ける雰囲気とは裏腹に、それはそこそこ質の良い鉄と鉄がぶつかり合った結果生まれる音であった。
ぐらりと傾いだ誘拐犯の背後から、背の高い見慣れた褐色イケメンが現れる。何故か手に持ったスキレットをフルスイングしたあとの体勢で。
「わーおお父さん」
「誰がお義父さんだ誰が!!」
「難聴〜……どうしてスキレット……?」
スキレット。もっとわかりやすい括りに直すならばフライパン。
鋳造で作る小さめのフライパンである。言わば小さく重く死ぬほど丈夫。殺意を持って人を殴るのには最適であろう。
「俺は武器の類を使えんからな」
「ならフライパンで武装してやろうって思う辺りアーネリカのお父さんですよね」
そしてそれを迷いなく人の頭にフルスイングできるのも才能だと思う。
そんなふうにほのぼの会話していると、今度はローザドーロさんに武器が向けられる。
「動くな」
「先に言っておくが俺に危害を加えんほうがいい」
「知るか。この際お前でもいい。ベルツォーネ商会の情報、洗いざらい吐いてもらう」
「あと可及的速やかなこいつの解放を推奨しておこう」
「二人いるならお前たちのどちらか殺したって構わないんだぞ!!」
吠える武装した誘拐犯相手に、非戦闘員である僕ら二人は揃って肩をすくめた。
ブルブルと震えるナイフの切っ先を指で器用に摘んでから、ローザドーロさんが不敵な笑みを浮かべる。
「はぁ」
「あーあ」
ため息は同時。
「言ったからな」
「だから言ったのに」
その先の言葉も同時だった。
「なにを笑………って………」
「動くな」
激情にかられかけたであろう誘拐犯の顔から血の気が失せる。
彼の首筋に、これまた見慣れたゴッツいハルバードが添えられている。
こめかみに青筋浮かべた美少女が背後に立っていた。




