【22】主治医ベラ
主治医ベラ
「えっと、ではベラ先生」
「あらセンセイ。珍しい方いったわね」

するりと目の前の椅子に座ったその人は、林檎を片手で握りつぶしてフレッシュジュースを生成しながら話を聞く、というか話をしてくれる体勢を取る。
それはそれとしてこの世界の人間はフィジカルゴリラが標準装備なのだろうか。確か世間一般的には林檎を握りつぶすのに60キロ近く握力が必要だと認識しているのだが。
「今回倒れたのって」
「毒の過剰摂取による中毒症状ね」
そこは想像通りである。というか中毒症状で倒れた経験自体はあるのでこの事態を認識した時点である程度予想はついていた。
なので問題はそこではない。
「どっちですか」
「トドメ刺したのは虹色茸の方ね。でもモズモズモッズモズ……ああ学名で言っても通じないかしら。ドクハキ……」
「あ、大丈夫です。通じます。モズモズモッズモズ」
「あら通じるの、博識ね。じゃあモズモズモッズモズの毒を摂取したのも要因の一つよ」
要因のひとつ。つまり直接的な要因ではない。
そしてトドメを刺したという言葉から見て、考えられる原因は。
「許容量」
「そ。モズモズモッズモズの毒だけなら大丈夫だったんでしょうけど、体が解毒に必死なタイミングで更に劇毒ぶち込めば倒れるわ。自明よね?」
「劇毒……ですか」
「そぉよ?」
劇毒、という言葉に首を傾げる。
そんな僕の態度になにか驚いたらしく、ベラ先生は口元に手を当てるリアクションを取った。
しかし絶妙に当ててはいないらしく、ルージュはよれていない。つまり演技がかった動作というわけだ。
「あら意外。こっちは通じないのね。というより分かっていても疑問が残るって感じかしら?」
素直に頷く。眼の前の人はとても頭がいいのがわかっているので、下手に言葉を連ねない。
ふむと何かを考える仕草を取る先生。多分こちらに説明する言葉を選んでいるのだろう。
くいとフレッシュジュースを飲み干しつつ、それで勢いづけて無理やり舌を回すように、口を開く。
「薬の材料でしょう、虹色茸」
「はい」
グラスについた紫のルージュを親指だけで器用に拭いつつ、先生は僕の横に座る。
その目はそこはかとなく遠くを見つめていた。無理やり例えるとするならば、恋愛の水も甘いも経験してきたバーのママが良くするであろう目である。
「薬なんてね、利になるように使ってるだけの毒よ。薬剤師はある意味毒のプロフェッショナル。たしかあったでしょ、異世界のコトワザとかなんとかで。えーと」
「毒をもって毒を制す」
「そうそれ」
ぴ、とネイルがこちらを指した。
色鮮やかなネイルといえどやたらと長いわけではなく、ごく一般的か少し短い程度に整えられたネイルからは薬物の匂いがする。
真摯に仕事と向き合い続けている職人の手であった。
「ま、使い方にはせいぜい気をつけることねボーヤ。大した耐性だけど……下手すれば薬全般効かなくなるわよ」
「肝に銘じます」
『下手すれば私の診療所で効く薬無くなるわよ』という言葉をぼんやり聞きながら相槌する僕にため息をついて、先生はそっと攻め方を変えた。
「あとはそうね、可愛らしい王子様にお姫様抱っこで運搬されたくなきゃ上手く調整なさい」
「……今なんと?」
思わず跳ね上がるように姿勢を正せば、にんまりとした笑みが顔に浮かんだ。
ガチガチに固まった僕の頭をポンポカ叩くように撫でながら、先生はカラカラ笑って追い打ちをかける。
「あら急に人間臭くなった。可愛らしい王子様よ」
「その後」
「お姫様抱っこで運搬」
「オー、マイゴッド……」
僕はまた恥を上塗りしたらしい。頭を抱えて呟けば、きょとんとした顔でこう問われた。
「無神論者みたいな顔して言うのそれ」
「今だけは神にすがりたいので……」
「便利な信仰ねぇ」
そう言われるとなにも言えなくなる。ただ今だけは許してほしい。
頭を抱えている僕を適当にあしらいつつ、聴診器やらなにやらで現状を確認した先生は、ひと通りチェックリストに書き込んでから頷いてこういった。
「帰っていいわよ」
「雑ぅ!?」
大丈夫という太鼓判があっさり押されて動揺する僕の肩をポンポンと叩きながら、先生はいつぞやと同じ言葉を繰り返した。
「あとはあれね、水飲んで動いて食べて寝なさい。あ、食べると言ってもごく一般的なご飯食べなさいね。毒じゃないやつ」
「耳が痛いです先生病気かも」
「タコは生えてないわ聞け」
「口調崩れてます先生」
軽くじゃれてみたら予想外の火力で叩き返された。どうやら僕のような問題児には慣れているらしく対応が軽いが適切だ。
「く・れ・ぐ・れ・も、お大事に」
「また来ます」
「来ないで〜?」
ひらひらと手を振って見送る先生に一礼してから診療所の扉を開く。
紆余曲折あったが、まとめると。
とりあえず、第一の素材『虹色茸』確保。
ついでに、この異世界でのかかりつけ医確保である。




