Ⅱ-26 粛清
元マンリヒャー家関係者の不審死は止まらなかった。
そしてついに、標的は貴族にとどまらず、カルカノが設立した精神医学病院にまで及ぶ。
計画された七院のうち、すでに稼働している四院で小火が相次いだ。いずれも大事には至らなかったが、明らかに放火であり、犯人はいまだ捕まっていない。さらに建設中の三院でも死亡事故が立て続けに発生した。
カルカノはヴィルに進言し、七院すべての警備を聖徒騎士団で固めた。
だがそれ以上に恐れていた事態が現実となる。
――プフの生き残りたちが、移住先で不当な扱いを受け始めたのである。
「プフの住人は周囲を不幸にする」
そんな噂が広がり、些細な争いが暴力沙汰にまで発展する例も増えていた。
「プフの住人を一括で保護する保護区を設けるべきだ」
審議会の場でアブトマットがそう言い放った。
その裏は明らかだった。
保護区とは名ばかりの強制収容所であり、元マンリヒャー家臣団もそこへ押し込めるつもりなのだ。
「そのようなものは不要です」
カルカノをはじめ審議会の面々は一斉に反対した。
「では、プフの住人が襲撃されても構わないと?」
アブトマットが挑発する。
「囲えば問題は先送りになるどころか、差別を固定化します。やがて彼らは末代まで『保護区の出身者』と呼ばれ続けるでしょう。それは断じて許されません」
保護区を作れば、監視と警備は軍の手に委ねられる。
中で何が起きても、誰にも分からない。最悪、生き残りは痕跡すら残さず消えることになる。
「陛下、この件は私に一任していただけますか」
カルカノが頭を下げる。
ヴィルはシャルロットに目をやり、彼女が大きく頷くのを確認して答えた。
「もちろんです。お願いします」
「御意に」
†
アブトマットの舌打ちが部屋に響いた。
執務室に戻ったアブトマットは苛立ちを隠そうともしない。
何もかも思い通りにならない。だが国は順調に回っている。実権は自分にあるはずなのに、その実感がない。
「閣下……」
影の一人が恐る恐る声をかける。
「派手に掃除をしすぎたな。保護区案が潰れた」
「申し訳ございません」
「まあよい。続けろ。憲兵の権限を奪われたのは痛手だが、どうにでもなる」
蛇との情報共有は続いている。だが一方的に蛇から情報がもたらされるだけで、その量も減っていた。
「カルカノは審議会で私を庇うような物言いもした。……あの男、何を考えている」
「敵対するのは得策ではないと見ているのでしょう。いざとなれば、閣下は軍を動かせます。政権強奪も可能です」
「下手なことを言うな。世論はすでに私を悪と見なしている。まずはそこから立て直さねば……」
アブトマットの目には、もはや国民など映っていなかった。
†
「この国を正しい姿に戻す必要がある」
彼の口から出た“正しい姿”とは――立憲君主制から絶対君主制への逆行だった。
「なんという暴論だ!」
ウィンチェスターは審議会で激昂した。
「どうもこうもない。危険思想を抱く者どもを徹底的に取り除くには、国王の権力を取り戻すしかないのだ」
「危険思想を持つ者とは誰です?市民も含まれるのですか?」
カルカノの冷静な問いに、アブトマットは鼻で笑った。
「プフの者共は存在自体が危険だ。思想に関わらず、周囲を脅かす。だから取り除く」
「つまり被差別階層を作り出すと」
「誰もそんなことは言っていない!」
そう言い放つと、アブトマットは席を蹴るように立ち去った。
――そしてその週。
アブトマットは衛兵三十人を引き連れ、「国王のため」と称して元マンリヒャー家の関係貴族を次々に捕縛していった。
憲兵隊が抗議に出たが、摂政の権威を盾にされた以上、手が出せない。軍と正面衝突すれば、憲兵隊など一瞬で潰されるのは目に見えていた。
たった一週間で捕縛者は五十名を超え――なおも増え続けていた。




