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第二十一話「蠱惑の女教師と琥珀の微笑み」

(リリアルさんと、しちゃった……しちゃった……しちゃった……)

 あれから二日たつというのに、弥一は未だにそのことで頭がいっぱいだった。

 ぽーっと呆けるようで、それでいて胸が締め付けられるように切なく、もぎたての果実を頬張ったときのような甘い疼き。

 それが頭の中で三重奏を紡ぎ、ぐるぐると踊り狂っている。

「はぁ……」

 また熱に浮かされたため息を漏らすと、朝のショートホームルームを告げるチャイムが鳴った。

 弥一はハッと意識を切り替えると、教室の中をみやった。

 まだ担任の先生が来ないのをいいことに、クラスメイトたちは雑談に興じている。

 ふと、隣の席から刺々しい視線を感じた。

「時任さあ、なんか最近ため息ばっかついてない?」

 じろじろと弥一を見ているのは、三年連続同じクラスで、幼なじみの同級生『川岸夏恋{かわぎし・かれん}』だった。

 特徴的なツインテールの先端をぐるぐると指でいじりながら、ずっと弥一を睨んでいる。

「い、いや、別に? そんなことないと思うよ、うん」

「ウソつきなさいよ。なんかあったに決まってるんだから! それともなに? このわたしには言えないようなことがあったわけ!?」

 言えないようなこと、というキーワードに反応して、弥一は顔を赤らめながら視線をそらした。

「な、ないってば。はは……」

「あやしい……あやしいのよ! 絶対、あんた隠し事して――」

 夏恋が詰め寄ってきたところで、突然パンパンと手の叩く音が教室に響いた。

 みんなが黒板の方を見ると、なぜか初老の教頭先生が立っていた。

「えー、みなさん。おはようございます」

 礼儀正しい紳士の挨拶に、クラスの全員が声を合わせて返事をする。

「うんうん。今日も皆さん元気でよろしいですね」

 満足そうに頷いてから、教頭先生は一度咳払いをして話をはじめた。

「えーと、皆さんの担任の真田先生ですが、昨日階段から落ちてしまいました。しばらく入院とのことで、代理の先生がいらっしゃいます」

 その言葉にクラス中がざわつく。

 真田先生といえば、体育担当のマッスルボディー&さわやかスマイルで通っている人だ。

 それが階段から落ちたくらいで入院するというのはどういうことだろう、と全員が不思議に思った。

「あー、これこれ。みなさん、騒がないで。……こほん、それでは色金{いろがね}先生、入って」

「失礼します」

 ハイヒールの音を響かせて、まばゆいブロンドの女教師が教壇へと進む。

 その美貌はモデルか女優……いや、完成された彫像のような美しさを放っていた。

 男子だけでなく、女子までもがそのオーラに圧倒されていた。

「うわぁ……」

「きれい……」

 その子供たちの反応に気をよくしたのか、色金と呼ばれた女教師は優しい笑みを浮かべる。

 それはまるで柔らかな春の日差しのようで、クラス中の全員が一斉に虜になった。

 ――ひとり、弥一をのぞいて。

(なんだろう、この先生……ちょっと不思議な感じが……)

 違和感。

 妙に完成されているからこそ感じる、その直感。

「私は色金琥珀{いろがね・こはく}です。みなさん、仲良くして下さいね」

 また、あの聖母のような笑みを浮かべる。

 そうすると、子供たちは魅了されたようにうなずいた。

「………………」

 警戒心を悟られないように、違和感の主をみつめる弥一。

 そうしていると、突然顔に消しゴムが飛んできた。

「いたっ」

 飛んできた方を見ると、夏恋が嫉妬心をあらわに弥一をにらみつけていた。

「なにを見とれてんのよ、バーカバーカ」

「べ、別にそういうわけじゃ……」

「ふんっ! 男子ってほんとやらしーわよね!」

 そっぽを向いた夏恋は完全にご機嫌斜めのようだ。

 どうしたものかなあと考える弥一。

 その姿をじっと見つめる妖しい視線があることにも、気づかずに……。


  ◇


「は、はいっ、もしもし!?」

 時刻は昼前の午前十一時、夜勤明けで眠りこけていたリリアルのPHSが鳴った。

 画面には「トキトウ・シキ」と表示されている。ぼんやりとした眠気は吹き飛んで、布団の上で正座をとった。

『あ、もしもし? リリアルさん~?』

「は、はいっ! リリアルです!」

『あのね、ちょっとお願いがあるの。本当はこんなことを頼むのは気が引けるんだけど――』

「い、いえ! 何でも言ってください、おかあさん!」

 つい、自然に『おかあさん』と言ってしまったことに赤面しながらも、リリアルはドキドキと四季の言葉を待った。

『あのね、弥一ったら午後の授業で使う体操着を忘れていっちゃったのよ。それでね、私はちょっと家を空けられないから、リリアルさんに届けてほしいんだけど……ダメかしら?』

「えっ!? いえ、私は大丈夫ですけどっ、その、学校とか、関係者以外が入るとまずいのでは――」

『あ~、それなら大丈夫よー。私の方から学校に連絡いれておくし、それに……もうリリアルちゃんはうちの子だから♪』

『うちの子』といわれて、ますますリリアルは赤くなる。

 その単語に込められた意味をいろいろと想像して、悶々としてしまう。

『それじゃあ悪いけど、まずうちによってから、弥一に届け物をよろしくね~』

「は、はい! 飛んでいきます!」

 飛んでいきます(物理)。

「はぁ~~~~っ」

 緊張やらなにやらから解放されたリリアルは、安堵のため息をついた。

「と、とりあえず、出かける準備をしないとっ」

 いろんなドキドキを胸に詰め込んだリリアルは、気合いを入れて着替えをはじめる。

 ……よもや、あんな事態になるとは思わずに。


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