重見天日
「リグアが鴇色だね。明日は晴れかな」
地球なら月にあたる衛星は、この国ではリグアと呼ばれている。
「オリヴィエ。ねえ、昼間に起きたこと、どう思う?」
「あの令嬢達だろう? 二度目の時にエステルを嵌めた令嬢の一人がいたな」
「今回は前回とは違うわ。だけど、もしかしたらって心配になってしまうの……」
リグアの明かりが注ぐバルコニーに佇むヴィクトリアを抱き寄せて、指通りのなめらかな流れる髪を梳く。
都市部にあると思えないほどの広大な敷地の庭園は、真夜中でも灯りが途切れない。警備にあたる騎士や魔術師達の術の賜物だ。
「ヴィクトリア、なぜナアレアナに行きたいなんて言い出したんだい?」
「どうしてだと思う? わたくしも言った自分自身に少し驚いたのだけど」
ナアレアナ国立公園……一度目の時、エステルが命を落とした場所だ。
「でもね、そう。わたくし、エステルに幸せになって欲しいの。そしてユリウスにも」
「わかるよ」
肩口にヴィクトリアの息遣いを感じながら、抱き締める力を緩める。
「わたくしがこうしてオリヴィエに触れるのには何の障害もないわ」
白く細い手が、俺の頬に触れる。その手を掴み、唇に寄せた後、指を絡ませた。
「そうだね。俺達は恵まれている」
「一度目の時、ユリウスは水の瞳の湖畔でサプライズ? をしようとしていたのよね」
「指輪を渡すはずで、俺達も二人を見守るはずだった」
「日本では、結婚の前に婚約指輪を渡す習慣があるのよね」
「日本というか、地球というか……」
苦笑して、空を見上げる。
ヴィクトリアの指輪を選ぶのは大変だった。
「ユリウスが指輪を渡す直前、転移術で現れた魔術師がエステルの命を奪ったのよね。一瞬で、誰も何も出来なかったって」
「ユリウスがエステルを抱きとめようとしても間に合わず、崩れ落ちたエステルの身体は湖に浸かった……」
「その時からユリウスはどうしても外せない場合を除いて、ナアレアナ国立公園に立ち入ることがなくなったとセリュメは言っていたわね。だけどある日を境に、今度は水の瞳の湖畔に毎日通い詰め、時間にして数十分、ただ立ち尽くすようになったと……酷い嵐の日でさえも」
「セリュメでさえ、掛ける言葉を見つけられなかったらしいね。今は一度目のように湖畔で立ち尽くすことはなくなったけど、公園内にある公爵夫人の建てたガゼボで過ごす時間は増えたようで、そこでセリュメと会っていると聞いた」
「犯人の行方はクレスレード公爵家お抱えの魔術師団を以ってしても、杳として知れず、事件は暗礁に乗り上げてしまったのよね」
「死の術を行使する魔術師なんて世界でもそういないのにも関わらずな」
セリュメは何かを知っているようだったけれど、神の掟を破りそれを口にすることはなかったという。
「ユリウスは四人でナアレアナに行くことを構わないと言ったわ。きっと今でも失うことを凄く恐れているはずなのに」
「あいつなりの強がりと、今回は今回だという割り切りがせめぎ合った結論かもしれないけど」
「今回は、エステルとの仲を深められずにいるものね」
「ちょっとらしくないよな」
欄干に両腕をのせて、笑いを漏らす。
「もし今回、エステルが他の人を選んだとしたら、ユリウスはどうするかしら?」
「最終的な選択肢は決まっているだろう。けど、あいつなら自分の意志でやり直すんじゃないかな。最良を目指して」
「そうかもしれない。わたくしも見習いたい。ユリウスのように目の当たりにしたわけじゃないわ。だけど、エステルに何かあったらと思うと、心が騒ぐの。だからこそ、確かめたいのかもしれない」
アイスブルーの薄衣の上から自分を抱き締めるヴィクトリアを抱き寄せて、肩をさする。
「未来がどうなるかなんて誰にも……いや、神々は別なのかな」
「わたくし、乗り越えたいわ。そして、寄り添いたい。ユリウスにも、エステルにも。そして、誰よりも貴方と」
「ヴィクトリア……」
そっと口付けを交わし、同じリグアを見上げる。
「何より、皆で楽しい思い出を作りたいもの。少しずつでいいから、明るい未来に繋がるような」
「ヴィクトリア、明けない夜も止まない雨もないよ。きっとね」
途方にくれる涙でさえ。
「そうね。貴方と並んで朝日を見ていると、良い日になりそうな気がするもの」
「そうだね。ヴィクトリア、君がいるからこそ」
だから今度こそ、あの二人にも。
「……朝日を見よう」
「ええ。今度は、ユリウスとエステルと……皆で」
ヴィクトリアは俺の手をしっかり握ったあと、顔を綻ばせた。




