愛メーター:壱
「なあ、華龍、わしの嫁にならんのか?」
あの夜から、子供は毎日来て、自分を口説き落としに来た。
あの時は、髪がぐちゃぐちゃで見えなかったが、大きな二つ目はオッドアイだった。
『華龍』というのは、子供が勝手につけた名前だ。なにやら、知り合いにそういう名前の人がいたらしい。
やめろと言ってもやめないため、もう諦めた。
「・・・お前、他から見て、どんな姿に見えるかわかっているのか?」
「さて、知らんなぁ」
ニコニコと掴みどころの無い笑顔を向けてきた。
こいつは自分を嫁にしたがっているのに、自分のことはまったく言おうとしない。
そんなものでいいのかと思ってしまう。
「・・・子供だぞ、子供。小学生ぐらいの子供、だ!」
強めの口調で言う。だが、依然としてニコニコとしている。
「ほう、子供とな?」
そう、見た目は子供だ。だが、声は変声期は終わっているほど低く、口調と態度はどこぞの村の村長のようだった。
相変わらず、葵は出てこないし、結界は効かない。何故か自分を女だとも知っている。妖怪や悪霊のような瘴気も出ていない。
そんな、変な相手に慣れてしまった自分が恐ろしい。
「わしを何歳だと思っている?」
自信満々に手を胸に当てて答えている。今日も服はだぼだぼだ。
何歳といわれても、見た目は8歳ほどだ。
自分が知っている妖怪の最高齢は500歳ほどだったと思う。
「人間が宇宙とかいう空間が出来る前から居ったぞ」
「は?」
「あれはイエスの父が発端での、あ、わしの上司じゃよ?そいつが」
「おい、まて、訳が解らない」
よくまあ、そんなハッタリを堂々と言える、とからかってやろうと思ったけど、そんな言葉も出てこないほど、子どもは意地悪く笑った。
「ふふふっ、悪いが本当じゃよ?」
そういう笑顔があると余計にハッタリだと思うんだよ。その、言葉を言う前に、子どもは障子を閉めて出ていった。
「・・・あ、名前、今日も聞き忘れた」
一気に暗くなった部屋で一人呟く。正直、彼を追い出せない理由は此処で独りで居るのが辛いからだ。
兄弟も友達もこの部屋には入って来れなく、いつも自分は独りだった。
そんな中、中身はどうであれ、全く敵意が無いものと、こうやって夜話すのは楽しいことだった。
ダボダボの服のサイズに合わせて身体を変えた。
青年のようなこの姿は何時の時代でも好まれるからいい。彼女の前ではそうはいかないが。
いま考えれば、自分はどれだけ灰色の人生を送ってきたのか良く解る。
何時の時代も仕事に終われていたような気がする。
これでは今、人の世で働いている人間と同じじゃないか。自分で自分を笑うのは久しぶりだった。
次の晩、子どもはまた来た
「華龍、わしの嫁に・・・」
「名前」
忘れる前に言った。
子どもはポカンとしている。してやったり。
「・・・名前、とな?」
困った顔で、聞き返してきた。なにも困るような質問はしてない。むしろ当たり前だ。そう思って顔をしかめる。
「なんだ?」
「いや、その、笑わんか?」
そこまで変な名前なのだろうか?つい、意地悪くわらう。
「さあ?だが、名前も知らない奴の嫁には成りたくないな」
ぴくん、と、子どもの髪が跳ねた。そして悔しそうに一言。
「名は、無い」
「無いわけ無いだろ」
「・・・本当に無いのじゃ。『わし』という存在は、いまも昔もわし一人じゃ」
言っている意味が解らなかった。今まであったどの人も、憎たらしいが妖怪も名前はあった。総称でそう言われているだけかも知れないが、それでも○○と、その名前を呼べば返事をした。
「じゃあ、今まで何て呼ばれてたんだよ。」
率直に訪ねる。すると少し悲しそうに
「おい、や、手伝えと言われればわしの事だからのぉ、必要が無いのじゃ。」
今さら、自分に名前が無いのを後悔した。通称はあるが、それを言うのは気が引けた。
「ふーん」
彼女は少し驚いたが、どうやら本当だとは思っていないようだった。
恐らくこの姿のせいでもあるのだろう。
確かにこの姿では、何を言っても子どもの戯れ言にしかならない。
だが、彼女の警戒心が低いのも自分が今、子どもの姿をしているからだろう。
世の中というのはややこしいものよ。
「・・・どうじゃ?」
「なにがだ?」
しばらく黙っていて子どもは急に喋り出した。
少しだけ早口に成っているような気がする。
「わしに名をくれんか?」
「断る」
一刀両断、と言うのは正にこの事ではないだろうか。しなしなと子どもは俯いた。
「当たり前だろ。なんで、全く知らない子どもに名前を付けなきゃならない。」
子どもはショボンとして、なにも言わなかった。
ここまで、堂々と言われると逆にずっと子どものままで、居ようかと思ってしまう。
子孫を残すことが目的ではないし、このまま好まれる姿のままで居てもいいのだ。
だが、このままだといつか、無理やり別れさせられるかもしれない。それは避けたかった。
「ではな・・・」
何時もよりしょんぼりとした雰囲気で帰られては、此方も気分が悪かった。
どうせ明日も来るのだろう。
少しだけ、簡単な名前を考えておこうと思った。
きっと子どもは喜ぶだろう。