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夜の病室で
病室の窓の外では、
夜の街の灯りがゆっくりと滲んでいた。
葵は母の手を握ったまま、
その灯りをぼんやりと見つめていた。
(どうして……
こんなに怖いんだろう)
母の呼吸は浅く、
時折、小さく途切れる。
そのたびに葵の心臓も
ぎゅっと縮むように痛んだ。
「……大丈夫。
お母さんは、まだ大丈夫だから」
自分に言い聞かせるように呟く。
でもその声は震えていた。
母の手は、
雪のように冷たかった。
葵はそっと額を寄せる。
(お願い……
まだ行かないで)
その祈りは、
誰にも届かないほど小さくて、
夜の静けさに吸い込まれていった。
病室の時計の針だけが、
淡々と時間を刻んでいる。
その音が、
葵にはやけに冷たく聞こえた。
そして気づく。
——この夜を境に、
自分の世界がゆっくりと変わり始めていることを。
葵は目を閉じ、
母の手を強く握りしめた。
その手が離れてしまわないように。
その温度を、
少しでも長く覚えていられるように。




