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グラスホッパー
店は大盛況で、
大和はカウンターに立つ暇もない。
スタッフが忙しそうに動き回り、
葵のテーブルにも別の人が飲み物を運んできた。
(……いるのに…会えない)
視界の端に、
黒いシャツに黒エプロンの背中がちらりと見える。
昼とは違う、
“夜の大和”の姿。
照明に照らされる黒が、
大和の動きをより静かに、
より大人っぽく見せていた。
でも距離は遠い。
声も届かない。
それでも、
大和の手元に“注文票”が渡る瞬間だけは見えた。
その紙に書かれた文字。
「グラスホッパー」
大和の手が、
ほんの一瞬だけ止まった気がした。
(……気づいた?)
分からない。
でも、
気づいてほしいと思ってしまった。
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店を出ると、
夜風が少し冷たかった。
胸の奥が、
前回とは違う理由で痛む。
(……ありがとう、幸せです、って言いたかっただけなのに)
それだけなのに、
どうしてこんなに苦しいんだろう。
葵はゆっくりと歩き出した。
夜の灯りが、
背中のほうで静かに揺れていた。




