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静かな夜
閉店作業をしていると、
カウンターの上に置かれた空のグラスが目に入った。
オリンピックの、
あの淡い香りがまだ少しだけ残っている。
(……久しぶりに作ったな)
シェイカーを洗いながら、
さっきの葵の表情がふと蘇る。
驚いたような、
懐かしいような、
どこか少しだけ緊張しているような。
その瞬間、
昼間の光景が胸の奥で静かに重なった。
──明るい店内。
──スイーツの仕上げをしていた自分。
──ふと顔を上げたときに目が合った、あの横顔。
一瞬、手が止まった。
止まってしまった。
(……やっぱり、及川さんだった)
あれは“似ている”なんてものじゃなかった。
18年前の記憶が、
一瞬で身体の奥から浮かび上がった。
名前を呼ぶべきか迷った。
でも呼んだら、
何かが壊れそうで。
だから夜の店では、
ただ静かに一杯を置いた。
「……オリンピックです」
それしか言えなかった。
(再会の意味のオリンピックしかないと思った)
“待ち焦がれた再会”。
そんな意味を、
彼女は知るだろうか。
知ってしまったら、
どう思うだろう。
大和はふっと息を吐き、
グラスを棚に戻した。
静かな店内に、
氷の音だけが微かに残っていた。




