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20年間忘れられなかった人と、もう一度恋をする  作者: 柚原 澄香


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無意識に近づいた距離

本社ビルを出た瞬間、

夜風がスーツの隙間を抜けていった。


今日もよく働いた。

資料も会議も滞りなく終わった。

乱れなんてひとつもない。


……はずなのに、

まっすぐ部屋に戻る気分じゃない。


大和は、

東京駅のガード下にある立呑屋へ

ふらりと足を向けた。


店の前を通るたびに、

いつも賑やかな声が聞こえる。

誰も自分を知らない場所。

気を遣わなくていい場所。


暖簾をくぐると、

揚げ物の匂いと、

ビールの泡の音が迎えてくれた。


カウンターに立ち、

生ビールをひとつ頼む。


グラスが置かれ、

泡が静かに落ち着いていく。


ひと口飲むと、

肩の力がすっと抜けた。


……スマホを開く。


通知は特にない。

でも、開いてしまう。


朝の空の写真が、

タイムラインの中でふっと目に入った。


淡い青に、

ぽつんと浮かぶ丸い雲。


> ……及川さんらしいな。


誰に向けたわけでもない、

ただの“日常の一枚”。


18年前から変わらない、

あの子の“余白のある視点”。


胸の奥が、

また静かに温かくなる。


自分がその写真に

そっと触れたことを思い出す。


押した瞬間の、

指先の微かな熱。


触れてしまった距離は、

もう元には戻らない。


大和は、

カウンターの上のビールを

スマホで一枚だけ撮った。


仕事の投稿でもない。

宣伝でもない。

誰に向けたわけでもない。


ただ、今の自分を

少しだけ残したかった。


#たまには1人飲み

#視察じゃないよ


それだけを添えて、投稿する。


画面を閉じたあと、

大和はふっと笑った。


こんな投稿、

いつぶりだろう。

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