静かな前進
店の扉が閉まる音が、背中のほうで小さく響いた。
その瞬間、灯のあたたかい空気がふっと遠ざかり、
冬の夜が静かに戻ってくる。
通りには、忘年会帰りの人たちの笑い声が混じっていた。
街はにぎやかなのに、
葵のまわりだけ、どこか別の温度をしているようだった。
同僚たちは駅へ向かって歩いていく。
「二次会どうする?」
「タクシー拾う?」
そんな声が遠くで弾んでいる。
葵は少し距離を置いて歩いた。
歩幅が自然とゆっくりになる。
灯の前の道は、
18年前も、去年も、今日も、
変わらず同じ冬の匂いがした。
でも、
そこにいるはずの人だけがいない。
その“いない”という静かな事実が、
胸の奥にひっそり沈んでいく。
葵はコートのポケットに手を入れ、
白い息をひとつ吐いた。
> 私、ちゃんと一年、生きてきたんだ。
資格を取って、
昇格して、
生活を整えて、
ひとりで立って。
大和に会えないままでも、
気持ちをしまったままでも、
それでも前に進んできた。
駅へ向かう道で、
冬の空気が、指先の冷たさを通して“今の自分”を確かめさせるようだった。
葵は小さく息を吸い込んだ。
> もう少しだけ、このままでいい。
> もう少しだけ、冬のままで。
そう思いながら、
ゆっくりと歩き出した。




