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朝のハグも消える
玄関に向かったとき、胸の奥がひやりとした。
そこにあるはずの葵の靴が、なかった。
俊介は思わず腕を少しだけ上げかけて、すぐに下ろした。
ハグは、夫婦関係を立て直すために自分が言い出した“決め事”だった。
朝と夜、必ず一度抱きしめる。
それだけは続けよう、と。
形だけでも触れ合っていれば、いつか気持ちが戻るかもしれない。
そんな淡い期待を込めて始めた習慣。
でも今日は、その“決め事”の場所に、葵はいない。
腕を伸ばす相手がいない朝は、こんなにも空っぽなんだと思った。
昨日の写真。
二色のだし巻き。
置き手紙。
全部が胸の奥で重なっていく。
(……もう、俺と向き合う気がないんだ)
そんな言葉が、静かに沈んでいく。
決め事だったハグが朝も夜もできなくなり、
この関係は“終わり”の形をしていた。




