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言わないでおくと決めた
帰宅すると、葵がいつも通りに微笑んだ。
その笑顔が、どこか遠く感じた。
居酒屋「灯」に行ったことは言わない。
代わりに、柔らかく探る。
「そういえばさ……大学のとき、どんな人たちと働いてたの?」
葵のまつげがわずかに揺れた。
胸の奥がざわつく。
続ける。
「……今も、その人たちとやり取りしてるの?」
その瞬間、葵の身体が小さく固まった。
息が止まり、視線が泳ぐ。
“言い当てられた”ような反応。
俊介はその一瞬を見逃さない。
葵は答えられない。
俊介の胸に、不安が深く沈む。
葵の胸には、罪悪感が静かに広がる。
そして——
居酒屋「灯」に行ったことを言わないまま、夜が終わった。




