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葵の気持ち
その頃、葵は店を辞める準備をしていた。
大和の妻が病気だと知ってから、
胸の奥の恋は、静かに、しかし確実に封じられていった。
(店長には、守るべき人がいる)
(私は……その人の幸せを壊すようなことは絶対にしない)
辞表にペンを走らせるたび、
葵の視界が滲んだ。
文字が歪んでも、涙は拭かなかった。
拭いたら、決意が揺らぎそうで怖かった。
大和の家庭の灯りは、
葵の知らない場所で静かに揺れていた。
その灯りは、
葵の恋が決して届かない場所にあることを
はっきりと示していた。




