126
「先輩、また明日来ますね! 今日はこのまま訓練場に向かいます」
「ああ、助かる」
先輩はまた魔法円と向き合い、仕事をはじめたので、私は邪魔をしないようにそっと部屋を後にした。
胸ポケットに入れた眼鏡を気にしながら零師団の訓練場に来て、訓練を始める。
小さな白い箱はあれからずっと私の足にくっ付いたままだ。不思議よね。任務の時は外れていたのに。何か生き物だったりして。
少しワクワクしながら誰もいない訓練場で眼鏡をかけて訓練を始めた。
……痛い。
やっぱり痛いわ。無理やり魔力を目に当てているせいよね。
でもそのおかげで魔力の流れる方向が掴みやすい。
痛みで目を閉じているけれど、瞼の向こうに魔力の流れを感じることができる。ぼんやりとこの訓練場を作っている結界の姿も見える。
見える人にとってはこんな世界が広がっているのね。私はゆっくりと目を開けて足元の小さな白い箱を見て見ると――。
「ぎゃあぁぁ~~~」
叫んでしまったのは仕方がない。だって白い箱から無数の黒い触手のようなものが私の足に纏わりついていたのんだもの。
やだやだやだやだやだ!!
私は眼鏡をしているのを忘れて零師団の部屋へと駆け込んだ。
「リ、リディアさんっ、助けてっ」
「あら、どうしたのその眼鏡。……ふふふっ、箱の中身を見たのかしら?」
リディアさんは蠱惑的な笑みを浮かべそう話す。
「この箱の中身……。なんか箱から触手っぽいものが出ていてずっと私の足にくっ付いているんですけど!!! うねうねーって」
「その眼鏡で見たのね。あら、この間までそんなものなかったのに」
リディアさんはそう言うと、箱の魔法を解いたのか、私の足に纏わりついていた白い箱はぽとりと落ちた。
「これはアルノルド・ガウス様に魔力の動きをわかりやすくする魔道具をお願いして作ってもらったんです」
「へえ、そうなの? なかなか面白いじゃない」
「この眼鏡で魔力を目に集めるコツが掴めそうなんですけど……」
「その眼鏡であの子を見ちゃったわけね?」
「まだ中身を見たわけじゃないんですけど、黒い触手がぺたぺたと私に纏わりついていて気持ち悪い……」
「あら、可愛い子なのに。ちゃんと触手をしまうようにしたからもう大丈夫よ。その箱を開けてごらんなさいな」
私は恐る恐る箱を開けて……絶叫するしかなかった。
「黒、黒の何かがっ!! 一つ目の魔物がっ!!」
「こら、ロア。煩いぞ」
「は、はい……。すみません、団長……」
一人大騒ぎをしてジェニース団長に叱られてしまった。リディアさんは横でクスクスと笑っている。
絶対、確信犯だ!
「リディアさん、こんな魔物、一体どこから連れてきたんですか」
「これは私が作ったものよ? 上手に作れているでしょう?」
「えっ!? 作ったんですか?」
「ええ、そうよ。数年前にイェレが『友人が街の外れで見つけてきた』って言って鑑定していたのよね。あれはちょうど王宮舞踏会の前だったかしら。廃棄になるところを私が貰ったの。それを核にしてこうして手足を生やしてあげたのよ。よく懐いているでしょう?」
「もしや、セイバドダンジョンのボス……」
「あら、よく知っているわね」
あのグロテスクな目玉がリディアさんの手により、改造されていたとは。
「はい。アルノルド先輩が素手で研究室に持って帰ってきたのを今でもはっきりと覚えています」
「リディアさんはこの魔物を飼っているんですか?」
「そうよ? 可愛いでしょう」
「……」
「コホンッ。とにかく、道具なしでこの子を見られるように練習してきてちょうだい」
「……わかりました」
箱は私にぴたりとくっついている。中身を知ってしまった今、恐怖と不安しかないけれど、訓練を続けるしかない。
「この魔物、本当に私を攻撃してくるなんてことはないですよね?」
「そんな能力は多分持っていないわ。今までだってマーロアにただくっ付いていただけでしょう?」
「たしかに」
ただ見た目がちょっとだけグロテスクな魔物だと思えば大丈夫。と、心で言い聞かせながらまた訓練場へと戻り、練習を始めた。
私は何度も痛みと戦いながら眼鏡をかけ、目に魔力を纏う感覚を覚えていく。何度も、何度も繰り返しているうちに少しずつ感覚がつかめてきた。
そうとなれば次は眼鏡なしでの訓練に変えていく。
「えっと、集中、集中……」
何時間も訓練するのはさすがに疲れるので、休憩しがてら零の部屋へ戻り、情報や知識を取り入れていく。
そんな日が何日も続き、徐々に魔力を目に纏わせられるようになってきた。
私の足にしがみついている白い箱は相変わらずうねうねしているけれど、見えるようになり、うねうねの触手を一本、また一本と取り除いていく。
「ようやく外せたわ」
――そう思ったのは束の間、元ダンジョンのボスだった目玉は突然触手を振り回し、私を攻撃してきた。
「急になんで? リディアさんは攻撃しないって言ってたよね!? 見えるようになったからなの!?」
触手は一本一本、意思があるように動いているし、うねうねと奇妙な動きをしているため、攻撃が読みづらい。
目玉だけの存在のくせに!
私は後ろへ飛び、距離を開けた後、魔力を抑えてファイアボールを触手に投げてみる。案の定、触手はファイアボールをいとも簡単に触手で叩き落とし、消し去ってしまった。
「全くもう! なんなの。せっかく見えるから訓練を終えようとしていたのに」
私はぶつぶつと文句を言いながら剣の柄に手をかけた。
うねうねと触手は私をあざ笑うかのように頭上から落ちて来たり、右から伸びてきたり、と思ったら左下から勢いよく伸びてくる。
剣を鞘から抜いて斬りつけてみるけれど、物理的な攻撃はあまり効果がないように思える。
ぬるりと触手は私の頬を撫でてきた。痛みはないけれど、不快感が襲ってくる。
なるほど……。
魔力を目に通すと見れるし、物理的な痛みはほとんどないということは魔法攻撃がやっぱり有効かも。
そう考えて私は剣に魔法を纏わせようとした時、ぷつりと目に集めていた魔力が途切れた。
「ああっ! もうっ、上手くいかない。イライラしちゃう」
すると、白い箱はするすると私の足にまたくっ付いた。
魔力を目に乗せたまま魔法攻撃をするのは今の私には難易度が高いわ。せっかく見ることができたと思ったのに。これは次のステップに切り替わったってことよね。
私は苛々していた気持ちを落ち着かせ、最初からやり直す。
そうしてまた何日も訓練場で訓練をすることになった。少しずつやり方を変えながら元ボスに挑む。




