さあ、わたしたちの恋を始めましょう
ディーターがわたしの婚約者となって数日が経った。
今日も可愛いわたしはわたしのために作られたメルティ賛美歌をBGMに優雅に午前の授業を終える。
可愛さ、それは勝利への鍵。何よりも可愛いわたしはわざわざドジっこを演じて転ばずとも可愛い。ブスには絶対に負けたくないと、徒競走はもちろん剣技も球技も全て一番を勝ち取る。
「アーッハッハッハ!! 可愛いわたしを称えるみんなにキュンです♡ それ以外は負け惜しみをどうぞ〜!!」
「可愛すぎる罪!」
「可愛いから正義!」
「逆転無罪! キュンです!」
そんなわたしとは天と地をも超える圧倒的な差!
陰キャのマイダーリン♡ディーターは英才教育を全て無駄にしたかのようなナメクジ踊りで地面に倒れた。
剣も弓も球遊びにも付いてこられず、なんて可哀想なディーター。わたしという立派な妻を持てて嬉しいでしょう! わたしのこと、もう大好きに決まっているわ!
わたしが妻になったら何の恥もかかずに済むんだから! だからもう無理とかありえないとかは言わせないわ!
体育の授業の終わりは締めの体操。好きな人と二人でペアを組んでくださいという教師の言葉を合図に、わたしはたくさんの人間どもに囲まれてしまう。皆可愛いわたしと体操がしたいのだわ! 愉快! そして無様!
一方でディーターは一人ぼっち、そわそわと周りを見まわす。当然わたし以外の女は彼に手を出したりしない!
いつもどおり教師に相手をしてもらうのでしょうね。これも無様!
(そう、無様で……可哀想なディーター……)
呪いの公爵に触れればいずれは打首! 破滅のルート! なんて囁かれるひどい噂のせいで誰も彼に声などかけない。
でも実際はただの陰キャ。オタクってだけ。放課後は生徒会室で押し付けられた仕事を淡々とこなすだけ。青春もクソもない哀れなダーリン。
……あんまりだわ! 可哀想よ! きっと俯いているその顔はわたしを含めた陽の存在に萎縮し、震え、泣く寸前に決まっているわ!
そう思うとわたしは居ても立っても居られず、蚊のようにたかるブスどもを払いのけてキモいオタクのテリトリーに入っていった。おかげで陰のオーラがピリピリと肌を痺れさせる。
貴様ら陰キャどもがわたしを畏れるように、わたしもオタクが怖い。でも……
「シャル・ウィ・ダンス?」
なぜかはわからない。でもわたしの口はその言葉を発した。
だって曲がりなりにも彼はわたしのダーリン。ダーリンの孤独を癒やす女神のわたしが、降臨してダンスを申し込んで何が悪いの?
「あ……いや、そういうのはなんか……見られてるし……お、俺なんかがっていうか男と体操とかムリでしょJK……あ、死語かなインターネット老人会不可避乙すぎ」
「J・K♡」
「アッ……これ拒否ったら死ぬやつw初見殺しは草……え、あ……」
「御託はいいわ! ほら、耳を澄ましてごらんなさい」
優雅な体操の音楽が鳴り響き、わたしは会釈をした。釣られるように貴族出身のディーターも美しい所作で会釈する。
わたしは大きくて汗ばんだ彼の手に自分の手を重ね、おどおどと腰に回されたもう片方の手の感触に頷く。日和ってるディーターは、わたしの次くらいには可愛い存在よね。それは認めてあげる。
「そこの二人、体操にしては優雅すぎますよ。貴族がワルツ踊りださないように四拍子の体操用ソング用意したこちらの身にもなってください」
教師の言葉など耳には届かず、彼はわたしの歩幅にも丁度よい一歩目のステップを踏んだ。
腐っても公爵子息(注 彼は腐男子ではない)。呪われててもキモくても彼はレディ……もとい妻から誘われたダンスを断らない。わたしの要求に忠実。
殻を失ったカタツムリやホームレスヤドカリのような、全てにビビるしかないショボい社会不適合者のキモオタ早口野郎は、その運動神経を生贄に、貴族らしいダンスの才は身に宿していたようだ。
彼は前髪の隙間から、血に抗えない高貴で少し色っぽい眼差しをわたしへ落とす。
ターンの遠心力に背を反って、わたしの運動着から幻のドレスの裾が生えたかのように空気が煌めく。クラスメートたちの蕩けるようなため息は会場の飾り付けのようなもの。
「結婚はただの契約に過ぎないけれど、恋愛カテゴリーに登録したからには、わたしはディーターさまに恋をしなければいけない。それは、物語の鉄則というもの」
だからアンタに恋してあげてもいいのよ。笑いかけるわたしに、ディーターが湯気が出そうなほど真っ赤な顔で視線を逸した。
「め、メルたんはっ、金目当てでいいよ……お、おお、俺の片想いで、世界が成り立ってる……それで十分、恋愛小説になってる、から……」
なによ、まともに喋れるんじゃない。
クライマックスを飾るためのダンスは、わたしたちにとっては恋の始まり。
ならば、わたしはありきたりな言葉でこの物語と体育の授業に終わりを告げよう。
「おもしれー男」
(おわり)
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました…!




