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第3話


 貴族として高等学校に入学したローズは、学園の豪華絢爛な様子に目を回した。

 何を見ても物珍しく、キョロキョロと辺りを見渡しながら歩いていると、誰かとぶつかってしまった。


「無礼者!!」


「キャッ!」


 ローズは強く肩を押され、その場に尻餅をついてしまった。


「よい」


「ですが」


「よいと言っている。そこの者怪我は無いか」


「はい。ありがとうございます」


 差し出された手を握り返すと周りの空気が張り詰め注目を集めているような気がしたが、ローズにはその理由が分からなかった。

 不思議に思いローズが顔を上げると、そこには黒髪の美青年がいた。

 そうか、この人がカッコイイから皆が注目しているんだわ。

 ローズはそう結論づけて美青年の手を握ったまま立ち上がり微笑んだ。


「カッコ良すぎるのも大変ですね」


「かっこ、いい?」


 まるで初めて言われたように美青年はキョトンとした顔で首を傾げた。

 その様子があんまりにも可愛らしくローズは可笑しくなって笑ってしまった。


「なぜ笑う?」


「だって、可愛らしくて」


「今度は可愛いか」


「ーーーッ! 貴様! この方を誰と心得る!」


 美青年の隣にいた人がすごい剣幕で怒鳴ってきた。

 この人も銀髪で背が高く、大層なイケメンだ。


「え? 誰ですか??」


 ローズがそう訊ねるとポカンと口をあけ、呆れた様子で訊ねてきた。


「貴様、本当に知らないのか?」


「すみません、私、貴族になりたてで」


「このお方はな、「アルジョンテ、自己紹介は自分でしよう」」


 黒髪の美男子がアルジョンテと呼ばれた銀髪のイケメンを静止し、言葉を続けた。


「私の名はノワール・ド・ラ・ヴァンドーム。この学園の新入生であり、この国の皇太子だ。」


「えーーーっ!! 皇太子様!!?」


 ローズは驚きのあまり大声で叫んだ。



 〜乙女ゲー『遙かなるアルコンスィエル』全ルート共通イベント『入学式』より抜粋〜



 兎に角ノワールと知り合わなければ物語は始まらない。

 ローズはゲームのシナリオ通りノワールを狙って体当たりした。



 ◇◆◇



 色々と有り得ない様子にブランシュは我が目を疑った。

 まず、皇太子であるノワールに女が体当たりした。

 入学式で人が多いので誤ってぶつかってしまったとか、そんな物ではない。

 体当たりだ。

 あれはどう見ても意図してぶつかりに行っていた。

 ブランシュの兄のアルジョンテはノワールを危険から守る為、体当たり女をノワールから離そうと少し肩を押すと、大袈裟に甲高い声を出して尻餅をついていた。

 そして貴族の女性は男性や目上の者から手を差し出された場合、まず胸で十字を切って感謝の祈りを捧げ、その後手を取るのが慣例なのだが、体当たり女はあろう事か何もせずに握り返した。

 顔を見なくても手を見ればそれが男性の物だと言う事は分かるだろうに、常識を知らないのだろうか。

 おまけにノワールの顔を見ても誰だか分かっていない様子で気軽に『カッコイイ』だの『可愛らしい』だの軽口を叩き、自らは名乗らず先に名乗らせ、最後は大声で叫ぶなど、いちいち芝居がかった反応を見せて、ちょっと目眩をおこしそうな無礼千万っぷりだ。

 ノワールは寛大な対応を取っていたが、あれでは周囲の不興を買い軋轢を生むのは仕方がないだろう。

 だが体当たり女は容姿だけは極めて端麗で、あ、あれが『おとめげぇ』の主人公なのだなとブランシュは悟った。

 極力関わりたくない臭いがプンプンするが、あれが主人公であるなら関わらないわけには行かないのだろう。

 幸先が不安だ。


「ベルメール男爵家の養女、ローズ・フォン・ベルメールで間違いないか?」


「はい、ローズ・フォン・ベルメールです。ノワール様」


 ローズはノワールの顔を知らなかったが、ノワールは貴族社会の末端の人間であるローズの事も把握していたようだ。

 だからこその寛大な対応だったのだろう。

 だが許されてもいないのに初対面で『ノワール様』などと名前で呼ぶなど、本当に常識を知らないとは恐ろしい。


「貴族社会は独自の慣例が多い。徐々に慣れてゆくように」


「はい! ありがとうございます!」


「ブランシュ!」


 ブランシュは突如ノワールに名前を呼ばれ、驚きながら早足で、それでいて優雅に見れるよう気を配りながらノワールの元へ急ぐと、ノワールの前で頭を垂れた。


「お呼びでしょうか殿下」


「ベルメール男爵令嬢は貴族になって間も無い故、戸惑う事も多いだろう。女性には女性にしか分からぬ事もあるだろう。色々と相談に乗ってやってはくれないか」


「はい殿下、勿論ですわ」


 笑顔で快諾したブランシュだったが、内心面倒な事になったなと溜め息をついた。

 ノワールの対応は貴族になりたてであるローズの背景を鑑みた慈悲深い物で、次期皇帝として尊敬すべき所なのであろう。

 だがブランシュはこれからローズとは対立関係にならなければならない人間だ。

 対立する人間に教育係をさせるのは愚策でしかないと思うが、ノワールはそんな事知る由もないのだし、ブランシュは皇太子であるノワールに頼まれてしまった以上快諾するしか道はないのだ。


「そなたに任せておけば安心だな。よろしく頼む」


 おまけにノワールは爽やかな笑顔でそんな事を言うのだからますます断り辛くなった。

 今のところノワールとブランシュの関係は良好だ。

恋愛感情とまではいかないがお互いに信頼できる相手だという認識はある。

 信頼を裏切るような行為はできるならしたくない。


「よろしくお願いします! ブランシュ様!」


 ノワールに習うようにローズもブランシュの名前を呼びながら笑顔で言うと、周りの空気が再び凍りついた。

 身分が上の人間に対する礼儀が本当になっていない。

 ブランシュの耳には周りから『礼儀知らず』『またいきなり名前で呼ぶなんて』『これだから庶民出身は』とヒソヒソと罵る声が聞こえるが、当の本人には聞こえていないらしくニコニコしている。

 これはまずいな、とブランシュは思った。

 ブランシュが何もしなくとも主人公は虐められるのだろう。

 ただ虐めとは言っても殆は精々陰口とか、無視されるとか、仲間外れとかその程度だろうと高を括っていたが、ローズのあの様子では相手に虐める理由を与えているような物だ。

 大義名分を得てもっと直接的で過激な事をする人が出て来てもおかしくない、いや、出る。

 場合によってはローズに命の危険が及ぶかも知れない。

 ブランシュは何せずに虐め責だけ負えばいいと思っていたが、このままにしておくより寧ろ自ら手を出した方が安全なのではないか。

 厳しくしておけばローズがノワールと結ばれた後苦労する事も減るだろうし、ノワールのブランシュへの好感も下がるだろう。

 ブランシュはそう判断して口を開いた。


「では早速ですが、目上の方に初対面で名前で呼ぶのは無礼ですよ」


 するとローズは可愛らしく小首を傾げながら訊ねて来た。


「え? じゃあ何とお呼びすればいいですか?」


「はぁ… 言葉遣いも改めた方が良いでしょう。『では何とお呼びすればよろしいでしょうか?』言ってご覧なさい」


 ブランシュは分かりやすく溜息をつきながら答えた。


「…デハ何とお呼びすればヨロシイデショウカ」


「殿下の事はノワール皇太子殿下、私の事はロレーヌ公爵令嬢と呼ぶように」


「分かりました」


「殿下も私も気軽に口をきける身分差でないと心得なさい。ただ殿下のお願いですので、分からぬ事かあれば私に訊ねなさい。『直接』指導して差し上げますわ」


 温厚な性格だと知られているブランシュが珍しく強い口調で言った事で、流石のブランシュもローズの無礼な態度に腹を立てているのだと周りには理解された。

 しかも『直接』を強調しているので他者の手出しは不要だと周知した。


「はい…」


 ローズはブランシュの迫力に萎縮した様子で小さな声で答えた。

 小さな事をネチネチと指摘しつつ尊大な態度で主人公である自分を威圧するなんて、流石悪役令嬢だ。

 それに直接見ると美人だけど思ったより厚化粧でけばけばしい。

 それにしても悪役令嬢とこの様な会話はシナリオには無かったがシナリオになってない所でこんなやり取りがあったのだなと、ローズは思った。

 こういう事の繰り返しで悪役令嬢は断罪される流れになるのだろう。


 一方でノワールとアルジョンテはローズの行いを正しながら自らが矢面に立つことでローズを他者からの悪意から守ったブランシュの取った行動に驚きながらも感心していた。

 ブランシュとローズ考えとは裏腹に、ブランシュの好感度だけが人知れず上昇していたのだった。


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