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EP-EX1:案内人の苦悩

 消毒液の臭いに羽虫が飛ぶような不快な機械音。長くいるのも気分が悪い。そんな部屋の中で木製のイスに座っている少年は、その場所から早く出たいと思った。

 しかし、どうしても出られない。ドアには鍵が掛かっていないはずなのに、開けようという気力が起きない。

 何故だろう、どうしてだろう。いろんな疑問が少年の脳裏に浮かぶ。しかし、どの疑問も一つとして解決策が出てこない。

 なんだかけだるい。目の前にはよく分からない機械と、一人の人影が映る。何か言っているのだが、理解したそばから何を言っているか忘れてしまう。


「……今日も、一人殺さないと……」


 誰かが殺される。やめてくれ、誰になるのか分からないが、殺さないでくれ。

 少年の心の声は、まるで届かない。届いたとしても、恐らくその人影は頼みなど聞いてくれないだろう。


「……君達が悪いんだ……」


 誰が悪いというのだろうか。分からない。こんなにも頑張っているのに。悪いのは自分たち? 悪いのは……


「……やめてよ、マスター……」


 ようやく声に出すことができるようになった時には、少年の視界は暗く、黒く塗りつぶされていた。


 ****


「ちょっとアマミヤ、いい加減起きなさいよ!」


 暗闇の中で、女の声が聞こえる。そう思いながらアマミヤはゆっくりと目を開ける。目の前には開いたノートパソコンに机に置かれた数冊の本、壁掛けのカレンダーがある。事務机にうつぶせになったまま、いつの間にか眠っていたようだ。


「……おはよう、クロミナ。何かあった?」


 目をこするアマミヤは、声の主の女、クロミナに声を掛ける。


「いや、別に用ってほどでもないけどさ。仕事サボって寝てるのかと思って」


「はぁ……サボり、ね。君は、徹夜で書類を作っていることを『サボり』と言うのかい?」


 アマミヤが机の上の紙を手に持つと、パンパン、とそれで机を軽く数回たたく。


「わ、分かってるわよ、冗談だって。ここ一ヶ月ほど、まともに寝てないんじゃない?」


「……別に構わないんだけど」


 アマミヤは立ち上がると、近くの水道で顔を洗う。夏とはいえ冷たい水が、起きたばかりの身体を冷やす。


「まあ、あんなことがあった後じゃ、ゆっくり寝ていられない……か」


「君よりはマシだよ。まったく平気と言えば嘘になるけど」


「え、わ、私よりマシ? そそ、そんなことないわよ」


「一日中泣き声が聞こえてきたようだけど?」


「う、うなー! 言うな! 言うんじゃない!」


 クロミナは「きぃぃ!」と謎の声を出しながらアマミヤを威嚇する。それを無視して、アマミヤはタオルで顔を拭いた後、コーヒーを淹れ始めた。


「大体、コノルーが悪いのよ! 何で変なのばっかりしか連れてこないのよ!」


「知らないよ、そんなこと。で、当の本人はどこに行ったのさ?」


 アマミヤは「飲む?」と空のカップを取りだそうとしたが、クロミナは首を横に振った。


「知らないわよ。殺人鬼が女の子を殺す様子を見て、倒れて病院行ってからはね」


「……一応、ショックは受けていたんだ」


 消毒液の臭いを打ち消すかのように、コーヒーの良い香りが部屋中に漂う。アマミヤはインスタントコーヒーの香りを楽しむと、一口だけ口にした。


「あ、そうそう、言い忘れてたけど、あいつらクオンの所に行ったみたいだよ。何話したか知らないけどさ」


「ふぅん、そう」


「ふぅん、って。気になっているんじゃないの?」


「まあ、多少は」


 事務机のイスに座ったアマミヤは、コーヒーをすすりながら紙の書類に目を通す。しかし、見ているだけであまり理解しようとはしていない。


「……それに興味を持ったところで、手を貸すわけにも妨害するわけにもいかない。これは仕事だ。それくらい分かっているだろう?」


「それにしては随分肩入れしているようにも見えるけど?」


「それは君も同じだ」


「私は麻衣ちゃんだけよ、ひいきにしているのは。別に非リア充一人くらい、特別扱いしてもいいでしょ?」


「マスターが見ているんだ。あまり軽率な行動はとらない方がいい」


「そっちこそ」


 ふっふーん、と相変わらず長い髪をかき上げながら、クロミナは病室にあるようなベッドに座り込んだ。


「でもさ、あいつらがマスターのところまで着いちゃったら面白くない?」


「……めったなことを口にするものじゃない。マスターに知られたら、また『制裁』が来る」


「……分かったわよ」


 そう言うと、クロミナは部屋から出ていった。


「……」


 残されたアマミヤは、一人コーヒーを飲みながら資料を読む。そして、パソコンで作業の続きを始めた。


「……本当に、マスターのところまでたどり着けるなら、その時は……」


 うわごとのように呟きながら、コーヒーを飲み終える。しばらくすると、また消毒の臭いが戻ってきた。

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