EP12:次の手
クオンのいる事務所から出ると、考えをまとめるために真玄たちは一度いつものファミレスに集まることにした。住宅街を抜けると、強い日差しに目を覆いたくなる。
国道の道まで静かに歩いていたが、もうすぐファミレスに着こうという時に、真玄が口を開いた。
「寒太、ありがとう。俺だったら、あんなにうまく行ってなかったよ」
「焦っている人間は、急ぎすぎるあまり冷静さを欠いてしまうからな。特に白崎のような奴だと、そこから相手に付け入られるかもしれない」
「確かに……」
冷静でいるつもりだった。しかし、クオンを目の前にして、真玄に以前の焦りが戻っている、そんな感じがしていた。
ファミレスのドアを前にして、寒太が冷静に話す。
「早く元の世界に戻りたい、そう思う気持ちは分かる。だが、時間が無いわけではない。落ち着いて現状を確かめておこう。そうすれば、どんな情報が必要か、何をすべきかが分かるはずだ」
「……そうだね」
寒太の正論に頷きながらも、真玄はどこか納得ができないでいた。
(まだ焦っているのかな……)
何故かは分からない。今は寒太がいるから押さえていられる。しかし、一人になったときはどうだろう?
そんなことを思っていると、寒太がドアを開けて中に入る。
「とりあえず、何か食べながらでも話を……」
そう寒太が言いかけると、奥から「やあみんな」と声がした。
「十条? 体は大丈夫なのか?」
「平気平気、一人でいると退屈でさ」
真玄たちは十条の座っているテーブルに向かう。倒れる前はどことなく無理をしている感じがしたが、今日は特に問題なさそうだ。
ひとまず全員席に着くと、麻衣が「何か頼んだら?」とメニューとマークシートを渡す。一通り注文を終えると、太地が飲み物のオーダーを取り、席を立ってドリンクバーのサーバーに向かった。
「……で、行ってきたの? クオンのところに」
メロンソーダを飲みながら、麻衣は真玄に尋ねた。
「うん、会ってきた。寒太が話を進めてくれたから助かったよ」
「あぁ、確かに、こういうのはカンタが得意そう」
麻衣がニコニコしながら寒太の方を見ると、寒太は「それはどうも」とため息をつく。
そうこうしているうちに、太地が飲み物を持ってきた。真玄にはウーロン茶を、寒太にはホットコーヒーを渡す。
「それにしても寒太君、こんなに暑いのにいつもホットコーヒーを飲んでるよね。好きなの?」
自分の飲み物をテーブルに置くと、太地は麻衣の隣に座る。
「別にそういうわけではないがな。人の嗜好に口を出す必要もないだろう」
寒太はそう言うと、太地から受け取ったコーヒーを口にする。
「あ、そういえば、クオンとは何を話したの?」
麻衣に尋ねられると、寒太がクオンの事務所でのやりとりを説明した。結婚詐欺師であることと、その目的について、珠子のこと、クオンと協力することになったこと。
麻衣は「ふぅん」と言いながら目の前のケーキを食べる。注文していた料理も出来上がり、麻衣がテーブルの上に置いた。
「協力するったって、どうするの? クオンが本当のことを言うかわかんないじゃん?」
真玄が頼んだフライドポテトを勝手につまみながら、麻衣は寒太に疑問をぶつける。
「あいつの目的は復讐だ。復讐する相手がこの世界にいないのでは意味が無い。結局、お互いがお互いの情報を利用するしかないのさ」
「そんなもんかなぁ。詐欺師なんでしょ? だったら私たちを利用して、一人だけ脱出しようとか思わないのかな?」
「そんなに簡単に行くとは思っていないだろう。僕達だって、脱出方法を模索している段階だ。それはあいつも分かっているからな」
寒太はホットケーキを切り分けながら、淡々と続ける。
「さて、協力するからにはあちらにも情報を渡さなければならない。とはいっても、渡せる情報なんて限られているがな」
「この世界に呼び出される条件とか、アマミヤたちが何を考えているかとか、そんなところかな」
「まあ、そんなところだ」
切り分けたホットケーキを口にすると、寒太は少し渋い顔をした。あまりお気に召さなかったようだ。
「……とは言っても、そのくらいならクオンは知っているかもしれない。もっと有力な情報でもあれば……」
「あ、そうだ。ずっと言おうと思ってたんだけど、昨日大変なことが起こってね」
太地はそういうと、スマホを取りだしてフレンドシーカーのとあるページを開いた。
「この人、マクロ君には言ったと思ったけど、ずっと更新が止まっているんだ」
「更新が? しかし、別に不思議なことでもないだろう。何か用事が出来たのかもしれないし、やる気が無くなったのかもしれない」
スマホを覗きながら寒太は「どうでもいいだろ」と言いたげに話す。しかし、太地は首を横に振った。
「ところがそういうわけにもいかないんだ。あまりに長い間更新されなかったから、その人の家に行ってみたんだ。ちょうど近くだったし、GPS機能を逆手に取って、場所を特定してね」
「……そんな個人情報が筒抜けなサイト、よく今まで持っていられたな。普通なら人が離れて行きそうなもんだが」
「もっとも、そんなことができるのは、一部の人だけだし、個人情報を入れなければいいだけの話だよ。で、ちょうどGPS機能が使えたから、その人の家に行ってみた。そしたらね……」
太地の語り口がゆっくりになると、どこからか息を飲む音がした。そして、太地は続ける。
「その家、誰かが殺されたみたいに、おびただしい量の血が飛び散っていたんだ」
太地が低い声でそう言うと、麻衣が「ひいっ!」と大声で叫んだ。
「ちょ、ちょちょ、タイチ、そんな怖い話やめてよ!」
「嘘じゃないよ。なんなら、写真あるから、見せてあげようか?」
太地がスマホをいじり始めると、麻衣が「い、いいよ」と止めた。
「本当の話だよ。死体は無かったから、もしかしたら人間のじゃないかもしれないけどね。でも、心当たりが一つだけあるんだ」
「……プリペイドカード?」
真玄がつぶやくと、太地は「その通り」と指を立てる。
「その人、前から残高足りなくても使えることに気が付いていて、マイナスになっても買い物なりなんなりで使い続けていたみたいなんだ。それで、残高を調べると、既にマイナス百万円以上になってた」
「まさか桜宮、血まみれの部屋に残っていたカードを調べたのか? 度胸のある奴だ」
「え、うん、まあ。死体は片付けられていたけど、カードは回収し損ねたのかな。パソコンの中にパスワードがオートコンプリートされるようになっていたから、調べるのは簡単だったよ」
「こいつには、自分のパソコンを貸さない方がよさそうだ」
寒太は呆れ気味にため息をつく。そんな寒太をよそに、太地は続けた。
「……この世界で暮らすのに現金だと扱いにくいからだと思っていたけど、これにも何か目的があるみたいだね。使わせて、何か実験しているというか」
「確かに、ここは『試験世界』と言っているぐらいだし、その可能性はあるね。だとすると、俺たちも気を付けないと」
「まあ、一日五千円なんて、よほどまとまった大きな買い物したり、ゲーム課金したりで無駄遣いしない限りはそんなすぐに使い切るものでもないと思うけどね」
スマホをしまうと、太地は唐揚げをつまみながらコーラを飲んだ。
「……役に立つかは分からないが、それもクオンに伝えておくか」
「それともう一つ」
今度は、持っていたバッグから「リゲルズ・サーバー」の資料を取りだした。猫丸千草にお願いして、自分用のコピーを取っていたようだ。
「これね、どう考えても足りないんだ。一部もしくは続きが抜き取られている。これだけ詳しい資料なら、何か手がかりがあるんじゃないかと思って、フレンズシーカーで聞いてみたんだ。でも」
太地は資料を投げ出し、両手を広げて「ダメだった」とため息をついた。
「名前を聞いたことがある人や、詳しく教えてほしいという人はいたけど、どうも他の人も『情報が足りない』と思っているみたいだね」
「単に情報が欲しいだけじゃないのか? リゲルズ・サーバーを狙っている奴なんて、山ほどいるだろうし」
「それもあるけど、僕の知らない情報がいろいろ出てきたから、どうしてもこの資料だけじゃつじつまが合わなくてね」
「ふむ……ということは、このコピーは、知られてもどうでもいいところだけを抜き取ったのか。そういえば、千草さんから手渡された資料、僕達が見た時より少し薄かった気がしたな」
「そう。原本は珠子さんが持っている。でも、珠子さんは割とこのシステムの重要性を分かっていない。ということは……」
「クオンから、知られてもいいようなどうでもいいところだけをコピーした資料を持たされていた、ということか」
「そういうことだろうね」
そういうと、寒太は資料をしまう。
「……ってことは、珠子さんから資料の原本を貰えば……」
「白崎、どうやって珠子さんを説得するのだ? 千草さんにも偽の資料のコピーを渡す程度には警戒されているのだぞ?」
「そ、それは……」
「そんなことをするより、こっちの方が早い」
そういうと、寒太はコーヒーを飲み干し、立ち上がった。
「クオンに直接交渉する。多分、原本は奴が持っているからな」
寒太は空になったカップを持ち、そのままドリンクバーコーナーに消えた。
「クオンに直接交渉? 出来るんだろうか……」
真玄が腕を組んで考え込んでいるが、太地は「出来ると思うよ」と真玄の疑問を断ち切った。
「結局、クオンも原本持っているのに、詳しいことは分かっていないってことでしょ? だとすると、こちらの情報と組み合わせないと意味が無いかもしれないじゃない」
「つまり、こちらの情報を提供すれば……」
「マクロ君、そのために僕たちは話し合っているんじゃないの?」
太地に言われ、真玄は「あ、そうか」と頷いた。
「最近はマクロンよりタイチの方がマシに見えてきたな」
「えへへ、少しは僕のこと、見直してくれた?」
「おかしい人から少しおかしい人になった、くらいにはね」
「麻衣ちゃん、相変わらず厳しいなぁ」
麻衣は「普通だよ」と言いながらドリンクのお替わりをするために席を立つ。
「さて、こちらの情報はそろえてみたものの、クオンからリゲルズ・サーバーの情報以外何を聞きだせばいいのやら」
寒太も麻衣に続いて立ち上がりながら言うと、太地は「うーん」と腕を組んで考える。しかし、「特に思いつかない」とあっさり諦めた。
すると、真玄が「そういえばさ」と思いついたようにドリンクサーバーの方に声を掛けた。
「クオンの復讐相手って、どんな人なんだろう?」
「マクロ君、もしかして犯罪の手伝いでもするつもり? 聞いたところでどうするのさ?」
「いや、そうじゃないんだけど、ちょっと気になってね」
「どうでもいいんじゃない? 結局向こうに戻れなければ意味無いんだし」
太地は残ったコーラを飲み干すと、「僕も」とお替わりに向かう。入れ違いに、麻衣と寒太が戻ってきた。
「クオンの家族をバラバラにした女、か。興味はあるが僕らに関係するとは……」
そう言いかけて、寒太はふとカップをつかんだ手を止めた。
「……待てよ、もしかしたらこれは使えるかもしれない」
「え?」
真玄と麻衣は、寒太の意図が分からず、首をかしげた。
「明日、またクオンの所に行こう。今日のところは帰らせてもらう」
「え、ちょっと、カンタ?」
寒太は「お先に」と言いながら、さっさと出口へ行ってしまった。
「もう、カンタったら、私たちにも分かるように説明してほしいわよね」
麻衣はふてくされたのか、ケーキをすべて平らげると、持ってきたコーヒーを一気に飲み干す。
太地が戻って座ろうとすると、「どいて!」と言いながら麻衣がお替わりに向かった。
「麻衣ちゃん、何を怒ってるんだろう?」
「さあ、自分だけ置いていかれている気がしているんじゃないのか?」
「それは良くないね。女の子を置いていっちゃダメだよ」
「それは寒太に言ってくれ」
真玄は「俺にもわからない」と言いながら、残ったフライドポテトを食べあげた。




