EP11:データベース
クオンの口から「リゲルズ・サーバー」という言葉が出た時、真玄たちは驚いてお互いの顔を見合わせた。
「クオン、まさかお前もリゲルズ・サーバーを狙っているなんてな」
真玄はなんとも不機嫌な顔でクオンをにらみつけるが、クオンは「当然さ」と返した。
「個人情報が登録された膨大なデータベースなんて、欲しがる人は山ほどいるさ。企業に限らず、警察だって、犯罪者だって狙っているはずだよ」
「……なるほど、わかった。つまりお前は、リゲルズ・サーバーを使って次の結婚詐欺の相手を探す気だな」
大量の個人情報があるならば、そこから結婚相手を探している女性を探したり、カモにしやすい女性を探したりすることは容易だろう。寒太はそう考えた。
しかし、クオンは首を横に振る。
「えっと……たしか、芹井寒太君、だっけ? そうじゃないよ。手段と目的を間違えちゃいけない」
「手段と目的?」
「そう。犯罪者というのは当然何かの目的があって罪を犯すのさ。僕の目的は何だと思う?」
寒太はしばらく考えた後、「よくわからないが」と言いながら続けた。
「結婚詐欺、といえば金銭が目的だろう。相手の心の隙に付け入って、金をだまし取る。しかし、その口ぶりからするとどうやら違うようだが……」
「まあ、普通の詐欺師はそうだけど、僕の場合は違うよ」
そう言うと、クオンは立ち上がって窓に向かった。ブラインドを揚げると、外から太陽の光が差し込んでくる。
「……人を探しているんだ。ある人をね」
「ある人?」
「復讐の相手。僕の家族をバラバラにした奴をね」
今までどことなく人を馬鹿にした表情をしていたクオンの顔が曇り始める。
「家族を? 殺されたのか?」
「だったら殺人鬼にでもなっているさ」
すべてのブラインドを揚げ終わると、クオンは再び勢いよくソファに座った。
「僕はどこにでもあるような、普通の家に産まれたのさ。特に金持ちというわけでも貧乏というわけでもなく、特に裕福というわけでも特に生活に困るということもなく、ただただ普通の生活をしていた」
ぬるくなったお茶を飲みながらクオンは続ける。
「でも、ある日父が結婚詐欺師にひっかかってね。その詐欺師の女に、父は大金を貢いでしまったのさ」
「結婚しているのにそんな詐欺に引っかかるとは、性格の問題では?」
寒太が突っ込むと、クオンはチッと舌打ちをした。
「……僕だって、あの父がそんな詐欺に引っかかるなんて思わなかったさ。でもね寒太君、詐欺師っていうのは思った以上に狡猾で残酷なもんさ」
「ほぉ……?」
「当時の僕は中学生でね、結婚詐欺というものに詳しくなかった。でも、父が毎日疲れた顔で帰ってきたことや、母が毎日怒鳴っていることは覚えている。結局借金がかさんでしまい、父と母は離婚することになってしまった。僕は母に引き取られて、父は今でも借金を返すために苦労しているんだ」
クオンの話に、真玄たちは黙って耳を傾けることしかできない。
「母のお陰でなんとか高校に入学することができた僕は、何故家族がこんな目に遭わなければならないのか、時々父の家に行って調べることにした。すると、父が母以外の女からもらった物や、写真なんかが次々出てきて、徐々に何が起こっていたのかが分かってきた」
「……なるほど、大体読めてきた」
クオンの話を聞きながら、寒太は「つまり」と話を続ける。
「家族をバラバラにしたのが結婚詐欺師の女だった。だから、次はその女を結婚詐欺ではめてやろう、と」
「その通り。やはり君は話が早くて助かる」
いつの間にか、クオンの暗い表情が先ほどまでのにやけた表情に戻っていた。
「そう、僕はその女をはめるために、結婚詐欺について必死に勉強し、実践した。今じゃ落とせない女はいないんじゃないかな」
「うらやましいねぇ、僕も是非ともそうなりたいものさ」
太地がそう茶化すと、クオンは「是非とも」と笑ってみせる。
「……もっとも、この世界にはカモになる女も少ないし、どうやら目的の女はいないようだ。さっきも言ったけど、珠子さんは生活の援助をしてもらうために声を掛けただけさ」
「援助してもらうために珠子さんを騙していると?」
「騙すだなんて人聞きが悪いな。信頼を得ようと頑張っている、と言ってくれなきゃ。それに、珠子さんに信頼されていないのに言い寄ろうとしているのはどっちかな?」
「うぅ……」
「僕はちゃんと珠子さんの相談に乗っているし、珠子さんが欲しがっている情報はきちんと与えているよ。君たちは、一方的に情報を聞きだそうとしているだけじゃないのかい?」
クオンの指摘に、真玄はぐうの音も出ない。
「相手から何かをもらおうとするなら、それなりにこちらも何かを与えないといけない。そんなこと、常識だよ。詐欺だってそれは同じ。もっとも、詐欺の場合は、相手に与える量よりもらう量が圧倒的に多くなるように誘導するけれどね」
「確かにそうだよねぇ、出会うためには出会うための準備が必要だし、会いたいと思わせないといけないよね」
「お、君とは話が合いそうだね。えっと、桜宮太地君、だったっけ」
「ま、話が合うのは女の子との出会いに関してだけだろうけどね」
太地はにやけた表情で、テーブルに頬杖をついて言った。
「さて、この前の話から察するに、君達もリゲルズ・サーバーを狙っているようだけど、これからどうするつもりなんだい?」
クオンの問いかけに、真玄は「それは」と言葉に詰まる。代わりに、寒太が自分の考えを語った。
「リゲルズ・サーバーが直接必要、というわけではないが、僕たちの目的としては非常に重要な存在だ。しかしクオン、お前と敵対する気もない」
「え、ちょ、ちょっと寒太?」
「白崎、お前はクオンが気に食わないだろうが、手段を選んでいる余裕は恐らくない。仲間は多いに越したことはないだろう。それに、僕たちが知らない情報を握っているに違いないしな」
寒太の説得を聞き、クオンも「なるほどね」と頷く。
「僕の方としても、出来れば協力したいところだね。君達の方にも、僕が知らない情報がいくつかあるんじゃないのかい?」
クオンの問いに、寒太は「そうだな」と答える。
「この世界にお前の復讐相手は恐らくいない。そして僕たちはこの世界から脱出しようとしている。となれば、目的は同じだと思うが?」
「そうだね。しかし君達は僕を信用できるのかい? 詐欺師の言葉なんて、嘘にまみれているんだよ?」
「ふん、お前も分かっているだろう。僕達と協力するしかないと。それに、これから騙そうとする相手に、わざわざそんなことを教える必要はないだろう」
「……ごもっとも。君は頭がキレるね」
「それはどうも」
寒太は残ったお茶を飲み干すと、ソファから立ち上がる。
「今日はこの辺にしておこう。一度情報を整理したい。お前は、いつもここにいるのか?」
「出歩くことが無いから、だいたいここにいるよ」
「そうか。また明日にでも寄らせてもらう」
「あ、その時は食料もよろしく。そろそろ尽きちゃうからさ」
クオンの言葉が気に入らないのか、真玄が「調子に乗るな」と怒鳴ろうとする。しかし、それは寒太が制止した。
「……わかった、手配しておこう。どうせプリペイドカードの残高は残っているしな」
「ヨロシクね。こっちも、おもてなしの準備はしておくからさ」
寒太に促され、真玄と太地も立ち上がる。部屋から出ていく真玄たちを、クオンは「またね~」と軽いノリで送りだした。




