EP13:クオン
太地がスマホをいじり、しばらくするとSNSの画面らしきものを全員に見せた。画面には、「フレンドシーカー」の太地のマイページが映っている。
「真玄君は知ってるだろうけど、こういうサイトがあって、この世界にいる何人かはここで活動をしているよ」
「なるほど。なら、この中から何人かこちらに引き込むことはできないのか?」
寒太が太地に尋ねるが、太地は首を振る。
「この世界に呼ばれているのは、ほぼ全員非リア充で引きこもりだからね。僕たちが特殊なだけで、まず外に出ようとしない」
「まあ、この世界は引きこもりでも生きていけるからな。どうせ好きなアニメを見て好きなゲームをしていればいいだけなんだもんな」
「それで、気になっている人についてなんだけど」
太地はスマホを再び操作すると、「これこれ」と別の画面を全員に見せた。「サークルシーク」という一種のコミュニティの掲示板で、何人かがやりとりしていることがわかる。日付は、つい最近だ。
「この人。『クオン』っていうハンドルネームなんだけど、他の参加者と違う挙動をしてるんだ」
「違う挙動? どこが?」
真玄が画面を見るが、ただの会話のやりとりだけで、別におかしいところは無い。
「他のメンバーは、好きなアニメやキャラクターの話ばかりしているのに、『クオン』だけは、その話に交じって仲間を探しているように思えるんだ」
「なんだ、桜宮と同じ単なる出会い厨か」
「え、いや、そうじゃなくて、むしろ僕も出会い厨じゃないよ?」
太地が寒太に突っ込むのをよそに、寒太はスマホを取り上げて会話の内容を見る。
「なるほど、確かに『会いたい』だの『遊びに行かないか?』だのが多いな。どうやら危険人物のようだ。しかし、それが姫束さんとどう関係するのだ?」
「えっとね……ほら、ここ」
寒太が持つスマホをのぞき込み、太地が操作する。すると、別のサークルシークの掲示板が表示された。
「この『珠姫』って、珠子さんのことじゃない?」
太地がそう言うと、寒太が持ったスマホの周りに全員が集まった。名前もそうだが、発言のところどころに「だうー」や「ぐぬぬ」と言った、「クセ」が残っている。
「……間違いなさそうだね、これ確実に珠子さんだ」
「でしょ? さっきのボイスレコーダーの話を聞いて、確信したんだ」
話のやりとりは、十日ほど前に掲示板上で二人が出会ったところから始まっていた。「クオン」が「珠姫」に話しかけ、そこから「珠姫」の恋愛相談が始まった。
「珠子さん、もう他の人に話していたんだ」
「あら真玄君、自分が最初じゃなかったから、ちょっと残念だと思ってるのかしら」
「い、いや、別にそんなわけでは……」
「まあまあ、それにしても、随分と簡単に自分のことを話しているわね、珠子さん」
話の流れを見ていると、真玄があれだけ情報を引き出すのに苦労していたのに、「クオン」に対して「珠姫」は積極的に今の状態を話しているように見える。
「猫丸さんと同じだ。この『クオン』という奴、相手に話をさせる流れを作るのが上手いのだ。白崎も見習ったらどうだ?」
「え、ま、まあそのうち……」
「それはそれとしてだな」
寒太は掲示板のログをたどり、最後まで読み進める。
「今の所の流れから考えると、この『クオン』という奴は、姫束さんに近づく犯罪者予備軍の人間である可能性が高いな」
「今までのパターンではそうだね。でも、今回は少し違うような……」
「そこは気になっているところだが……」
これまでは、犯罪者予備軍の人間が直接、リア充の人間に近づき、犯罪行為で欲望を満たそうとしていた。しかし、今回はその接触のパターンが違う。
「このログからすると、もしかすると近々『クオン』が『珠姫』に接触するかもしれない。こいつの行動にも注目しておく必要がありそうだ」
「じゃあ、僕がしばらく『クオン』の動きを見ておくね。真玄君も、暇がある時に確認しておいて。寒太君たちは、資料の方をお願い」
「わかった。他に情報がないか、いろいろ調べてみよう」
寒太がそう言うと、太地はスマホをポケットにしまおうとした。しかし、「あ、そういえば」とふと何かを思い出し、もう一度スマホを机の上に置く。
「もう一つ、こういうこともわかったんだけど」
そう言うと、太地はまた「フレンドシーカー」のサークルシークから、一つの掲示板を表示し、全員に見せた。
「ほら、ここ」
太地が指差したところには、「俺、残高マイナスになっちまったけど大丈夫かな」というメンバーの書き込みがあった。
「残高がマイナス? どういことだ?」
「もちろん、プリペイドカードの、さ。この世界の支払いは、全部プリペイドカードで行っているでしょ。『プリペイド』って言う名前だから、残高が無くなればそれ以上は使えない。今まではそう思っていたんだけど……」
「それはそうでしょ。『プリペイド』って、前払いっていう意味だから」
「それがそうでもないんだ。実は残高が無くなっても、支払いはできるんだ」
「え?」
真玄は思わず自分のプリペイドカードを取りだして見つめた。
「僕も一度、試してみたんだ。とりあえず欲しいものをネットで買って、残り残高が0になったところで、ネット注文でピザを頼んでみた。すると、問題なくピザが注文できたんだ。残高表示はマイナスになったけどね」
「マイナスになったら、どうなるのさ?」
真玄が尋ねると、太地は「何もないよ」と返した。
「ただマイナス表示が出るだけ。次の日には五千円追加されているから、僕の場合はマイナスが消えた。でも、ここのサークルの人たちはそうじゃないみたいだね」
改めて、サークルシークの掲示板の内容を見る。何人か、プリペイドカードの残高がマイナスになっている人がいるのがわかった。酷い人になると、二十万円というとんでもない額のマイナスをたたき出している。
「一体どうしてこんなことに? 大体毎日五千円もチャージされているわけだし、食費だけでそんな大幅にマイナスになるわけは……」
「食費だけなら、ね。よほど毎日高いお店に行かない限りは、五千円なんて額、使いようがない。家賃も光熱費もかからないし、買い物も行かないだろうからね」
「じゃあ、どうして……」
真玄が不思議に思っていると、太地は別の書き込みを指さした。
「これこれ、無料ゲームのアイテム課金、あるいはネットショッピング。ニュースでも問題になっていたでしょ? ゲームのガチャなんて何回もやっていたら、簡単に何万も行ってしまうし、欲しいグッズをネットショップで買い続けたら、あっという間にとんでもない額になるよ」
「たしかに、欲しいものを買い続けたら、すぐに支払いがすごいことになるよな。でも、これだけの額、どうやって支払う気なんだろう?」
「多分、彼らは支払う気なんてないよ。何しろ、残高がマイナスになったところで、『いまのところ』何があるわけでもないしね」
「誰か試したのかな。じゃなきゃ、何人もマイナスになんてならないだろ」
「もちろん、ほら」
太地は同じサークルシークの、別の掲示板を開く。そして、一つの書き込みを指さした。
「実際、試した人がいるんだ。プリペイドカードの残高を越えて買い物しようとするとどうなるか。マイナスになるとどうなるのか。結果、『いくら使ってもマイナスが増えるだけで、何も起こらない』ってことになったんだと思うよ」
「なるほど。だったら、せいぜい二十万なんてレベルじゃなくて、何百万っていう額使うバカもいるんじゃないのか?」
現在見た書き込みの中で、最大のマイナスは二十万円。それより大きなマイナスは見当たらない。
「一応、『もしかしたら使いすぎると何かあるかもしれない、ほどほどにしておけ』っていう警告の書き込みがあるよ。それを見て、とりあえず二十万で止めているんじゃないかな」
「なるほど。しかし、マスターとやらが、いくらでも使えるプリペイドカードなんて作るはずがない。仮に非リア充の便宜を図るためにそのようなものを作ったとしても、それならわざわざ一日五千円チャージだのマイナス表示だの数値化する意味がない。何でも頼める便利なカードでも発行すればいい話だ。つまり……」
「これも実験、あるいはマイナスを回収する手段を考えてある、ってことかな」
寒太が言い終わる前に、太地が考えを代弁する。一瞬時が止まったように静かになり、わずかに緊張が走る。
「と、とにかく、これも何か手がかりになるかもしれない。この件も、頭に入れておこう」
真玄がそう言うと、太地が「そうだね」と返した。
「こっちも、僕が今後の動きを注意してみるよ」
そう言って、太地はスマホをポケットにしまった。
「えっと、とりあえずこれからやることも決まったし、後は別の話しながらごはんにしましょう」
知美がそう言うと、全員「そうしよう」と元の席に戻った。
「腹が減っては戦ができぬ、って言うしね。じゃあ僕は楽しみにしてたカルボナーラピザを……あ、あれ?」
太地がピザに手を伸ばそうとすると、そこには空になった皿だけが残っていた。
「あ、ごめん、タイチ。私、聞いてる間に、全部食べちゃった」
沙羅が手に持っていたピザの破片を口に入れると、コーラでそれを流し込んで太地に謝った。太地は「楽しみにしてたのに……」とがっくりとうなだれる。
「まあまあ、もう一枚あるから、これを焼いて食べましょ」
千草が太地の背中を叩くと、冷蔵庫からピザを取りだしてレンジのオーブン機能で焼き始めた。しばらくして、ピザの焼けるいい匂いがした。




