EP10:手紙
父の家を飛び出した後、風野知美は住宅街の公園のブランコに座っていた。
木々に囲まれているおかげで、夏の強い日差しが遮られ、太陽からの熱は感じられない。しかし、昼間の気温は相変わらず高く、じっとしているだけで汗がにじみ出てくる。
知美は汗をぬぐいながら、ブランコに揺られて今日のことを考えていた。
「あ、トモミちゃん、やっぱりここにいたんだ」
公園の入り口から、十条麻衣が知美に声を掛けた。その後ろから、真玄たちが続く。
「麻衣ちゃん……ごめんね、急に飛び出して。どうしても、あの人が許せなくて……」
「それは大丈夫、みんなわかってるから。それよりも、これ、トモミちゃんに」
そう言うと、麻衣は先ほど書斎で見つけた封筒を、知美に手渡す。
「これは?」
「あの鍵がかかった引き出しに、資料と一緒に入ってたらしいの。お父さんから、トモミちゃん宛てみたい」
「父さ……父から?」
知美は封筒を裏返し、「知美へ」という文字を見た後、封を開けた。中には二つ折りにされた二枚の紙がはいっている。やはり、手紙のようだ。
知美はその手紙に目を通していたが、しばらくすると小刻みに震えながらひざに手を落とした。
「知美、なんて書いてたんだ?」
真玄が手紙を覗こうとするが、「やめろ」と寒太が止める。
「風野宛ての手紙なんだ。他の人に知られてはまずいものあるだろう」
そう言われて真玄は引き下がったが、知美は寒太の言ったことに首を振った。
「いえ、むしろこれはみんなが知っておいた方がよいことかと……」
知美はブランコから立ち上がると、持っていた手紙を真玄に手渡した。
手紙には、丁寧な字でこう書かれてある。
****
知美へ
この手紙を読んでいるということは、私は長い間この家には戻っていないのだろう。
私は今、研究しているシステム「リゲルズ・サーバー」のことで、とある組織に目を付けられているところだ。
知美には話したと思うが、「リゲルズ・サーバー」は本来患者の病状や病歴などをデータベース化し、早期治療に役立てる目的で作られた。だが、このシステムを悪用しようとする者が後を絶たない。
特に今目を付けられているとある組織は、すべての人間の個人情報をデータベース化し、特定の特徴を持つ人物を抹殺する手段として利用しようとしている。医療に役立てるシステムを、人殺しの道具にさせるわけにはいかない。
もしもこの手紙を読んでいるなら、一緒に入っている資料とともに、どこか遠くへ逃げてほしい。彼らは、下手をすれば知美にも危害を加える可能性がある。
資料がなければ、「リゲルズ・サーバー」のシステムは私の頭の中にしか残らなくなる。彼らは私の命を狙うことまではしないだろう。だから、私の心配はしないでくれ。
今まで父親らしいことができずに申し訳ない。いつかまた、一緒にどこかに遊びに行こう。
風野知宏
****
全て読み終わると、真玄は手紙を知美に返した。
「特定の特徴を持つ人物を抹殺するって、まさか、リア充を……?」
真玄の言葉に、寒太は首を振る。
「それは今僕らがそういう立場に立っているから、そう考えてしまうだけだ。『特定の人物』なんて、人によっていろいろ解釈できるだろう。警察であれば犯罪者かもしれないし、貧乏人であれば金持ちかもしれない。あるいは、企業の社長ならライバル企業の社員かもしれない。そう考えると、確かにシステムを狙っている奴は多そうだ」
「結局は、あの資料がないとわからない、か……」
真玄と寒太は、ううん、と腕を組んで考え事を始めた。
「えっと……ごめんなさい、私がうっかり、タマコさんに資料を渡しちゃったばっかりに……」
その様子を見て、麻衣ががっくりとうなだれると、太地がすぐさま麻衣のそばに駆け寄った。
「いやいや、麻衣ちゃんのせいじゃないよ。それに、珠子さんだって、きっと話せば資料を返してくれるって」
「だって、あの感じじゃ全然話なんてできそうにないでしょ。誰の話なら聞いてくれるって言うのよ」
「うっ、それは……」
麻衣に指摘され、太地は思わず後ずさる。
「一人だけ、話を聞いてくれそうな人がいる。チグサなら、タマコと歳が近いだろうし、今回のメンバーにもいないから、少しは話をしてくれるかも」
全員がどうすればいいかと悩んでいる中で、本頭沙羅が声を挙げた。
「そうか、猫丸さんなら面識もあるし、もしかしたらうまくいくかもしれない」
「しかし白崎、そううまくいくものだろうか? そもそも、あの資料が完全な手がかりになるとは限らないし」
寒太は否定的な態度を示すが、真玄は「それしかない」と首を縦に動かす。
「とにかく、今は可能性があることをすべてやってみたいんだ」
「それはそうだが……ひとまず、猫丸さんに確認してみないと」
「じゃあ、俺がお願いしてみるよ」
そう言うと、真玄はさっそくスマホを取りだし、少し離れた場所で千草に電話を掛けた。
「じゃあ僕は、ネットで珠子さんの情報がないか、もっと探してみるよ。どうも最近怪しい動きをするアカウントがあってね」
「怪しい動き?」
太地がスマホをいじりながら言うと、寒太が興味深そうに覗きこんだ。
「フレンドシーカーっていうSNSサイトでね。ほとんど人がいないこの世界だと、大半のアカウントが動いていないんだ。時々更新しているアカウントを見つけるんだけど、それらはこの世界にいる非リア充で引きこもってる人たちなんだ。なんとか声を掛けても全然反応しなくて」
「ん、それはそれで、そういう人間のコミュニティとかできてるんじゃないのか?」
「そうなんだけど、なかなか外に出ようっていう連中がいないの。全部、部屋の中で済んじゃうから。でも、どうもちょくちょく外で活動してる奴がいるみたいで」
「……気になるな。もしかすると、こちらの仲間になってくれるかもしれない」
普段ならあまり期待しない寒太も、太地のいう怪しい動きをするアカウントが気になるようだ。
「とりあえず、僕はこの変なアカウントをもう少し追ってみるよ。それに、珠子さんの情報集めね」
そう言うと、太地はさっさと公園から出ていってしまった。
「よし、じゃあ僕らも、今日はこの辺で……」
寒太が言いかけた時、沙羅がクイッと寒太のシャツの袖を引っ張った。
「私、お腹すいた。せっかくだから、みんなで食べよう」
寒太が時計を見ると、既に時刻は昼の十二時を回っていた。地面を見ると、日陰の割合が少なくなったような気もする。
「そうだな。白崎の電話が終わったら、いつものファミレスに行くか」
ちょうどその時、真玄が電話を終えてこちらに来たので、寒太が昼食の話を持ち掛けた。真玄が「そうしよう」と了承すると、真っ先に沙羅が飛び出す。他のメンバーもそれにつられて、公園を後にした。
ふと、麻衣が列の最後で思い出したように立ち止まる。
「あれ、タイチは連れていかなくてもいいのかな……まあいっか」
少し遅れて、麻衣も真玄たちの後を追った。




