EP8:実家
翌日、真玄は朝食を摂ると、集合場所である公園へ向かった。
時刻は午前十時。暑さは一年のピークを過ぎたものの、まだ午前中なのに汗が噴き出す。途中タオルで汗を拭きながら、自転車を飛ばしていく。
相変わらず鮮やかなスカイブルーの空に、静かな道路。聞こえるのは風の音と、せいぜい小鳥のさえずりくらいだ。
「そういえば意識してなかったけど、この世界には人間以外の動物はいるんだな」
いつも見慣れた光景から、まるで人間だけがいなくなったようなような世界。その中を、真玄は公園へとペダルを進める。
公園に到着すると、真玄は入口近くに自転車を止めた。中に入ると本頭沙羅がブランコで本を読んでいた。他のメンバーはまだ来ていないようだ。
「おはよう、沙羅ちゃん。他のみんなは?」
「あ、おはよう。まだみんな来てない。私が、最初」
そう言うと、沙羅は本を閉じて立ち上がった。
「真玄、知美の父さん、本当にこの世界にいると思う?」
まっすぐ見つめる沙羅の視線にひるみながら、真玄は少しだけ俯いて言う。
「本当の所、昨日の寒太の話を聞いて、あまり自信はない。でも、手がかりがない以上は、可能性だけでも追いかけないと」
「……私も同じ。寒太も言ってたけど、何もわからないこの世界で、根拠のないことで動くのは無駄」
沙羅に言われ、真玄は小さく首を縦に振る。
「でも、知美を助けたいっていうのも同じ。それに、何も動かないのも、良くない。だから、私も探す」
「うん、とにかく、一つでも手がかりを見つけて、この世界から抜け出そう」
「抜け出す……もしこの世界から離れても、私たち、一緒にいられるかな」
「もちろん。そしたら、もっとたくさん遊びに行けるだろうし、もっと遠くにも行けるよ」
真玄がそう言うと、入口から「おーい」という声が聞こえた。二人が振り向くと、桜宮太地が手を振っている姿が見えた。その後ろを、芹井寒太と十条麻衣が歩いてくる。
「行きがけにみんなと会ったから、そのまま一緒に来たんだ」
「あれ、知美は?」
「いや、まだ来てないかな……あっ」
太地が入口を見ると、風野知美がこちらへやって来ていた。いつもとあまり変わらないワンピースだが、少し足取りが重そうだ。
「えっと……これで全員かな」
「ああ。猫丸さんに連絡したんだが、仕事の用事があるから来れないんだそうだ。それと、彼女は彼女で、別に調べていることがあるらしい」
「そっか。じゃあ、行こうか。知美、よろしく」
真玄が声を掛けると、知美はこちらを見ずに小さくうなずいた。
「……はい、こっちです」
知美に案内され、真玄たちはそのあとをついていった。
知宏の家、つまり知美の実家は公園から十五分ほどと、少し離れた場所にあった。アパートが立ち並ぶ住宅街には珍しい二階建ての一軒家で、あたりはコンクリートの塀で囲われている。
この世界にあるほとんどの建物には、鍵がかかっていない。真玄たちは中に入ると、手分けして手がかりを探すことにした。
一階は居間と台所、知宏が使う書斎に寝室、そしてトイレと風呂場がある。そして二階には、知美の部屋と母親の部屋といった間取りだ。
まずは一番手がかりがありそうな書斎を調べることした。中は整然としており、まるで人がいた気配がない。
「父さん……父は、常に片付けていないと気が済まない人でしたから」
本棚には、きっちりと医療関係の本が並んでいる。真玄が一つ手に取ってみるが、中身はさっぱりわからない。中には外国語で書かれたものもいくつかある。
「まずは、ここから探してみよう。俺と太地は左側の本棚、寒太と沙羅ちゃんは右側の本棚、知美と麻衣は机の中をお願い」
「うへぇ、こんなにたくさんの本を調べるのかぁ……」
太地も一冊手に取るが、数ページめくっただけで閉じてしまった。
「まあ、タイチにはわからん本だろうねぇ。せいぜい散らかさないように調べることね」
「ちょ、ちょっと麻衣ちゃん、それはないんじゃないの?」
「あんたもちょっとは、知美ちゃんのお父さんを見習って整理整頓したらいいのに」
そう言いながら、麻衣は机の中を調べ始めた。
「ったく、僕がそんなにだらしなく見えるのかな。ねえ、寒太……え?」
太地が寒太たちの方を振り向くと、寒太と沙羅がものすごい勢いでページをめくっている光景が見えた。
「このページ、右肩に折り目……ドッグイヤーがある。何か重要なのかも」
「ふむ、この本にはやけに傍線が多いな。こいつは保留しておこう」
などという会話をしながら、重要だと思われる物はどけておき、関係なさそうなものはすぐに片付けている。
「……あの二人、何であんなに息合ってるんだ? なんかああいうやる気ある奴を見ると、気分が陥るわ」
「気分が陥る……? 気が滅入るとかじゃないのか? さて、俺らも始めようか」
そう言うと、真玄は寒太たちと同じく、本を取ってページをめくり始めた。
関係ありそうなしるしや、しおりを挟んでいる物を分け、関係ないものは丁寧に本棚に並べ片付ける。
時々、太地が関係ない本まで混ぜてしまうので、真玄はそれを注意しながら次々と調べる。
「あれ、知美ちゃん、机の一番上の引き出し、鍵がかかってるみたいだけど?」
机を調べていた麻衣が、ガタガタと引き出しを強引に開けようとしているが、なかなか開く様子がない。
「あ、私、鍵の場所知ってますよ。父が、私には教えてくれていたんです」
そう言うと、知美は左の本棚の左下にある、木目の壁を軽く押した。すると、中に鍵が入った小さな引き出しが飛び出した。
鍵を手に取ると、知美は一番上の引き出しの鍵を開ける。少し開けづらそうだったが、鍵はカチャリと音を立てて開いた。
「そういえば、父は鍵の場所を教えるときに、『何かあったら開けなさい』って言ってましたね。もしかしたら、父が何か残してくれたのかもしれません」
それを聞き、今まで本棚を調べていた真玄と太地、そして寒太と沙羅が机の前に集まった。
「お、それってもしかして隠し財産? 知美ちゃん、億万長者になれる?」
「まったく、タイチはそういうゲスいことしか考え切らないなぁ」
「じゃあ、巨乳の秘薬?」
「医者だからってそんなことないでしょう。そもそも知美ちゃん、結構胸あるし」
そう言うと、麻衣は知美の胸をじっと見つめた。
「な、何言ってるんですか! それより、引き出しの中身を早く見ましょうよ!」
知美が真っ赤になりながら、引き出しに手を掛ける。先ほどとは異なり、引き出しは抵抗なく引っ張り出された。
中にはいくつかの書類と封筒が入っている。その中に、「新規システムの開発について」というタイトルの資料が入った封筒があった。
その中身をめくると、一ページ目に「名称:リゲルズ・サーバー」という名前が見えた。
「これだ。知美のお父さんが開発しているっていうシステム」
「つまり、これがどういうものかがわかれば、もしかしたら元の世界に戻る手段がわかるかもしれない、ということか? どうもイメージが湧かないが……」
「とりあえず、中を見てみよう。何かわかるかもしれない」
そう言って、真玄が資料のページをめくった時だった。誰もいないはずの廊下から、足音が聞こえてくる。
思わず資料をめくる手が止まり、全員が書斎の扉に目を向けた。
「……誰か入ってきたのかしら?」
全員が固唾を飲んで見ていると、書斎の扉がゆっくりと開いた。そして、入ってきた人物は、真玄たちを見るなり、書斎の中に怒鳴った。
「あなたたち、ここで何してるの!?」
入ってきた人物は、姫束珠子だった。




