最終話 そしてようやく3人組
目元をこする雪緒の手をおさえ、やけに張り切っている真の首根っこをひっつかむ。
「誠一さん、お弁当は?」
「へいへい、持ってきてるよ」
「卵焼きは?」
「お前の分はねーよ、真」
「なんだと!?」
こんなバカらしい会話に、雪緒は思わず頬がゆるんでしまった。
ほんの少し口角が上がるだけなのだが、桜色にほんのりと染まった目元が妙に艶を含んでいる。
それを見とめた真は、雪緒の頭に自分の制服の上着をかぶせた。
「そういう顔を外でするな」
「何の話、真さん」
「……雪緒、いいから真のかぶっとけ」
頭から上着をかぶって真と誠一に両側を固められるという、容疑者連行シーンを思わせる格好で登校してきた3人に対し、生徒たちはこう噂した。
『元の鞘におさまったらしい』
何が元の鞘だ、誰が3点セットか。
誠一はぶつぶつと文句を言ったが、雪緒は何をいまさら、と肩をすくめた。真はそもそも噂なんて聞いていない。
雪緒が教室に入ると、思った通り大橋愛梨がもの言いたげな視線を向けてきた。
昨日は真の電話を受けて何も言わずに席を立ってしまった。愛梨の中では決着はついていないのだ。
だが、昨日と今日では雪緒の心の落ち着きがまったく違っている。
余裕を持って雪緒は愛梨を見つめ返した。
「大橋さん」
「な、なに?」
「誠一さんと仲直りできたの。大橋さんのおかげ。ありがとう」
ある意味、ね。
「え? そうなんだ、よかったね……」
生来の人の良さか、頭がまわっていないのか、愛梨は目をぱちぱちと瞬かせた。
そんな愛梨の耳に口を近づけ、雪緒は小さな声で言った。
「私の気持ち、ちゃんと通じた。うまくいったの」
「え!? ユッキー、それって…!」
愛梨が問い返そうとした直後、担任が朝のホームルームを始めるために入ってきた。
休み時間になれば愛梨がまた雪緒に何か言いに来るのだろう。
来るなら来ればいい。
今だったら、愛梨も、世間も、すべてひっくるめて相手にできそうだった。
「やっぱり楽しいことになったみたいねェ、宮田くん?」
二本松清香は形良い唇に孤を描いて言った。
朝の生徒会室にいるのは2人だけだ。
「ああ。思った以上に長引いたが、今はかなり楽しいぞ」
真はふふん、と胸をはって笑った。
真は最終的にこうなるであろうことはわかっていた。愛梨の出現程度で、誠一が自分たちから離れられるワケがない。雪緒と違ってそう確信していたからだ。雪緒の機嫌を直すために誠一のところへ訪れたときの絶縁宣言には少々驚かされたし、誠一がそばにいないことで予想以上のダメージを食らった。しかし、こうなってみればやはり思った通りの結末を迎えている。いや、思った以上、か。
「しかし、困ったこともある」
「なァに?」
清香は真の真剣な面持ちに首をかしげた。
「雪緒の可愛らしさが急に増したんだが、どうしたらいい」
「……恋する乙女も魅力的だけど、恋が実った乙女ってのも刺激的よねェ」
昼休み、誠一はいつもの空き教室で弁当を広げて待っていた。用意した取り皿は3枚。大橋愛梨が来ないであろうことは予想がついていた。雪緒の案外子供っぽいやっかいな性格は承知している。
さみしい気持ちはなかった。
良い子であるとは思う。こんな自分と、偏見なしに仲良くしようとしてくれた、初めての後輩だった。真と雪緒は苦手のようだったが、誠一は愛梨がいることに悪い気はしなかった。しかしそれは、自分のそばで真と雪緒がおとなしくしていれば、の話である。
確証はなかったが、愛梨が自分に妙に肩入れしていることには気づいていた。しかし応える気は毛頭ない。真と雪緒から離れる口実にさせてもらった点については、少しばかりの罪悪感があった。
のめりこむ前にこうして別れたほうが彼女のためだ、と安心さえしていた。悪いが彼女の入り込む余地はない。
今の、いや、今までもこれからも、誠一の心を占める問題は変わっていない。
「誠一さん」
「誠一!」
こうして寄ってくる幼馴染がずっと傍にいては、他のことに気を取られているヒマはないのだ。
一直線上にない3つの点のそれぞれを結ぶ線分によってできあがる図形、三角形。
その中でも、各辺の長さが相等しく内角が60度であるものは正三角形、または等辺三角形と呼ばれている。
彼らはまさにその正三角形の体現者だ。
これは彼らのくだらない、だが本人たちにとっては至極大切で輝かしい日常。
いかがでしたでしょうか。
3人組のその後もいつか書きたいと考えていますが、今のところはこれにておしまい。
お付き合いいただき、本当にありがとうございました!
次回作もどうぞよろしくお願いいたします。
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