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夜明けの晩に屋上で  作者: 青空野光
クラスメイト
7/30

7.跳び箱

 ぶ厚い雲に空全体が覆われた、今にも雨が降ってきそうな蒸し暑い日だった。

 放課のチャイムが鳴り響くなか、クラスメイトの渡辺と(せき)と三人で教室を出る。

 行き先は校舎と寮のちょうど間にある体育館で、そこに向かっている目的は、翌日に予定されている球技大会の準備のためだった。

 僕たちがその役割を負うことになったのは、昼休みに三人でいたところに偶然通りかかった宗方先生と目が合ってしまったことによる。

『ちょうどいい。君たち三人に頼みたいことがある』

 貧乏くじを引くとは、まさにこういうことなのだろう。


 昇降口で靴を履き替えて体育館へ向かっていると、隣を歩く渡辺ががっくりと肩を落としていることに気付いた。

「どうかしたの?」

「球技大会の準備ってことは、体育倉庫から物を出さなきゃダメなんじゃん? 俺、狭いところが苦手なんだ」

 渡辺とはまだ短い付き合いでしかないが、彼が暗い表情をするのを初めて目にした。

「じゃあ僕が体育倉庫で明日使うものを準備をするから、渡辺は関と二人で体育館の床のモップ掛けをしてよ」

「いいのか?」

「いいよ。それに分担したほうが早く終わるだろうし」

「そっか。サンキュな、杉卜」


 体育館の分厚い扉を開けると、館内に閉じ込められていた湿り気のある空気が一気に押し寄せてくる。

 渡辺がシャツの襟元をパタパタと引っ張りながら、「サウナだなこりゃ」と軽く愚痴る。

 時間的にはまだ三時を回ったばかりだが、太陽が厚い雲の上にいるせいで天井の近くに設置された窓から差し込む光は、夕方のそれよりも弱々しい。

 ステージの脇の扉からモップを二本持って出てきた関は、そのうちの一本を渡辺に渡してからモップをかけ始めた。

 関が左回りで渡辺が右回りで分担する手筈のようだ。

 僕は僕で水の入ったバケツと雑巾を手にして後方にある体育倉庫に向かう。

 倉庫の丸いノブを握って回すと、ギイギイと音を立ててドアが開く。

 体育館よりも一段と薄暗いそこには、跳び箱やらマットやらが所狭しと押し込まれている。

 ちなみに明日の球技大会ではバスケットボールの試合が行われるらしい。

 ボールの入ったカゴとスコアボートは、よりにもよって倉庫の一番奥にあった。


 まずは出入り口を塞いでいる卓球台を脇に寄せる。

 次に、丸めて壁に立てかけられた無数のマットを空いているスペースに追い込み、綱引きのロープが巻かれた巨大なリールをいったん体育館のほうに押し出す。

 あとは跳び箱を一台だけ脇に除ければ、なんとか目的の物を取り出せそうだ。

「……なんだかパズルゲームみたいだな」

 八段で一組の跳び箱の一番上の段に覆いかぶさり、両手を目一杯広げて抱きかかえる。

 顔に密着した白い布地から湿った埃の匂いがした。

「っしょ!」っという掛け声といっしょに最上段を持ち上げる。

 後ろ歩きで出入り口から体育館に出て床の上にそれを置き、そして再び体育倉庫のほうに向き直っ――。

「うわっ!」

 最上段を取り外された跳び箱の中の空間に、見知らぬ男子生徒が背を向けて座っていた。

「え? ……誰?」

 僕の問い掛けにこくんと首を縦に下げた男子生徒は、そのままの勢いで床の上に頭部を落下させた。

「っ!」

 グシャリと音を立てて落ちた頭はゆっくりと転がり、やがて土気色の顔がこちらを向く。

 大きく見開かれた目は白く濁り、カサカサに乾いて半開きになった口からは黒ずんだ舌がだらしなく飛び出している。

「……あ……う……うわああああ!」

 やっとのことで声をあげることができた。

 同時にその場で尻餅をつき、床の上を滑るように3メートルも後ずさる。

 さらに遠くへと、とにかく死体から遠ざかろうと必死に床を蹴った。

 5メートル、7メートルと尻で床の上を滑っていると、背中にドンと衝撃が走る。

「ひっ!」

 振り向くとそこには僕を見下ろして関が立っていた。

 どうやら僕は背中から彼の足にぶつかってしまったようだった。

「大きな声出してどうしたんだ? ネズミでも出たか?」

「……あ……ああ」

「だらしねーな」

 僕があげた声にならない声を肯定と捉えた関は、「ネズミなんて宗方に比べたらかわいいもんじゃん」と鼻で笑った。

「しゃーねー。交代してやるから渡辺といっしょにモップでも掛けててくれよ」

 体育倉庫の中に入ってく彼を止めるべきか悩んだが、結局はその背中を見送ることしかできなかった。

 関が残していったモップを杖のようにしてなんとか立ち上がる。

 両足の膝がガクガクと震えていた。


 全ての作業が終わった頃には、日はすっかり落ちてしまっていた。

 寮に戻るとすぐに食事の時間になったが、あんなことがあったばかりで食欲などあるはずがない。

 食堂に姿を見せなかったことを心配してくれたのか、関が部屋まで様子を見に来てくれた。

「圭佑、大丈夫か? パンかなにか持ってきてやろうか?」

「……ありがとう。でも今日はもう寝るよ」

「そっか。まあ明日の朝はそのぶん倍食って、ちゃんと身長伸ばしとけよ」

 彼の軽口はありがたかったが、ドアがバタンと閉められた途端にあの光景を思い出してしまう。

 急いでベッドから腰をあげ、閉められたばかりのドアを開けて身を乗り出した。

「関! ちょっと待……って……」

 しかしそこにはもう関の姿はなく、薄暗い廊下は深夜のように静まり返っていた。

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