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夜明けの晩に屋上で  作者: 青空野光
かささぎ学園
4/30

4.制服

 ピピピッ ピピピッ ピピピッ


 目覚まし時計が新しい一日の訪れを告げ、窓に掛けられたカーテンの隙間から侵入した朝日が床に細長い光の影を落としていた。

 部屋のドアを開け廊下に踏み出した途端、昨日はあれほど静かだった寮の中に人の気配を感じた。

 廊下の奥からは複数人の話し声も聞こえてくる。

 勇気を出して声が聞こえる方へと足を向けると、そこは寮の食堂だった。

 長テーブルとイスが並べられたそこは教室ほどの広さがあり、十人以上の男子学生が朝食をとっていた。

 不思議なのはその全員が、それぞれに異なった制服を着ていることだった。


 食堂の入口で立ち尽くしていると、一番近くの席で食事をとっていた坊主頭の学生が僕の顔をみて、「お?」と低く声を発した。

「もしかして転入生?」

「あ、うん……」

「ここ、俺の隣あいてるから座んなよ。飯、持ってきてやるから」

 もぐもぐと口を動かしたまま立ち上がった彼は僕よりも二十センチ以上は大きく、体の厚みも倍近くあるように見えた。


「ほい、おまちどう」

 クリーム色のプラスティックのトレイに載せられたトーストとサラダが目の前に置かれる。

「あ……ありがとう」

「俺は小早川(こばやかわ)。クラスはA組。っていっても、この学園にはクラスはひとつしかないんだけどな」

「僕は……杉卜。杉卜圭佑」

「よろしくな、杉卜」

 そう言って彼が差し出した手は、体のサイズと同じとても大きなものだった。

「こちらこそよろしく」

 小さな子どものような僕の手は、彼の手の中にすっぽりと埋まってしまった。


 その厳つい見た目とは違い、小早川はとてもいい人だった。

 どうやら彼はこの学園の生徒の中では古株で、学園の情報やルールのようなものを幾つか教えてくれた。

 生徒は男子と女子が十五人ずつで、その全員が寮に入っていること。

 家族への連絡は職員室にある電話からのみ行えること。

 授業という授業は行われず、自習に近いかたちでカリキュラムが組まれていること。

 そのせいか教員は少数精鋭で五人しかいないこと。

 ここにやってきた生徒のほとんどは半年ほどで回復の兆候がみられ、元いた学校に戻っていくこと。

 そして彼は最後にこう言った。

「昨夜は話し掛けても目も合わせてくれなかったから、ちょっとだけ傷ついてたんだ」

「え?」

「食堂で晩飯を食ってる時に、ちょうどさっきと同じ場所に立ってただろ? そんで声を掛けたのに無視してどっかにいっちまったから、俺ってそんなに怖い見た目してんのかなって」

 そんなはずなどなかった。

 昨日はこの寮の中に人の姿など一人も見かけなかったのだから。

「ん? どうした?」

「あ……ううん。ごめん、ゆうべはちょっと」

「なんだ?」

「……こわかったから」

「だから傷つくわ!」


 小早川は僕が食事を終えるまで待っていてくれた。

 空になったトレイを片付けてから食堂をあとにすると、彼と並んで自分の部屋に戻る。

「ところで」

 小早川が急に立ち止まる。

「杉卜はこの学園に来る前の、病気になる前の記憶ってどのくらいある?」

「……ないんだ、なにも。杉卜っていう名前だって、母親や病院の先生がそう呼んでいるからそうなんだ……って」

 口に出したことで改めて自分という存在の不確かさを思い知らされる。

「そっか。……でもまあ」

 ちょうど頭ひとつぶん高い場所にある彼の顔に目を向ける。

「なに?」

「……いや、なんでもない。記憶、早く思い出せるといいな」


 小早川と別れて部屋に戻り、担任教師が迎えに来てくれるのを待った。

 やがてドアが遠慮がちにコンコンコンとノックされたので顔を出すと、そこには小太りで眉毛の濃い中年男性の姿があった。

「おはようございます。僕は君のクラスの担任の安上(あんじょう)といいます。朝ご飯はしっかり食べましたか?」

 見た目の通りに優しい口調でそう言った先生は続けて、「それでは教室に行きましょうか」と右手のひらを上に向けて伸ばした。

「私の前を歩いてください。行き先は後ろから伝えますから」


 背中越しに出される指示に従って歩いていると、昨日は前を素通りした教室に到着する。

「まずはみんなの前で自己紹介を――と言いたいところですが、名前だけで結構です。その代わり元気よくお願いしますね」

 安上先生が後ろから僕の肩をポンポンと叩いて入室を促してくる。

 アルミニウムの引き戸に手を掛け指先に力を込める。

 教室の作りは普通の学校と同じように見えた。

 ただ、外が晴れているにもかかわらず薄暗く感じた。

 それは外に面したガラスが透明ではなく曇りガラスだからだろう。

 教室には三十台ほどの机と生徒の姿があった。

 食堂では見かけなかった女子生徒たちも、やはりそれぞれ違うデザインの制服を着ていた。

 そして、そのちぐはぐな生徒たちの中に小早川の姿はなかった。

「それでは杉卜君、お願いします」

「あ、はい」

 元気よく、という先生の注文に応えるべく、普段より二割増で空気を吸い込み声とともに吐き出す。

「杉卜圭佑です。よろしくお願いします」

 下げた頭を上げてから先生のほうに目をやると、小さな声で「上出来です」と褒めてくれた。

「杉卜君の席はあそこです」

 先生が指を差したのは窓際の後ろから二番目の席で、最後尾には見知った顔があった。

 着席すると背後から即座に「ユウ」と呼ばれた。

 振り向かずに「圭佑だけど。で、なに?」と訊ねる。

 すると彼女はすぐに、「また会えたね」と返してきた。

 また会えたもなにも、この学園には一クラスしかないと聞いている。

「そうだね」とだけ言い彼女の反応を待ったが、どうやら今の一言で会話は終了したようだ。


 小早川が言っていたように、授業はほとんど自習に近かった。

 黒板に書かれた文字や図形をノートに写し取るだけで、先生による解説もなければ生徒からの質問もない。

 もっとも、この学園の存在している理由を考えた場合、学業などは二の次なのかもしれない。


 一時間目の授業が終わると、何人かのクラスメイトが僕の机までやってきて挨拶をしてくれた。

 愛想笑いを浮かべながらしばらく話していると、会話の中心にいた女子生徒が、「杉卜くんが教室に入ってきた時、最初は女の子だと思ったよ」と言った。

 すると、彼女の横にいた男子生徒も、「実は俺も思った」と身を乗り出す。

「それってやっぱり、僕の身長が低いから?」

 病院で測ってもらったら、同年代の平均身長よりも10センチ近く低いらしかった。

「じゃなくって」

 女子生徒は顔の前で手のひらをブンブンと左右に振る。

「顔。女の子みたいで可愛かったから」

「……自分の顔がどんなのだったか、まだ思い出せなくて」

「あっ……そっか、ごめんね。鏡ないもんね、うちの学園って」

 やはり男子寮だけではなく学園全体でも鏡はないようだった。

 もしかしたら教室のガラスが曇りガラスなのも、そのためなのだろうか?

「あ、そう言えばさ」

 机のすぐ脇にいた癖っ毛の男子生徒が声を上げた。

「杉卜君、朝は一人で朝飯食べてたっしょ? 明日は俺らのとこにおいでよ」

「え? 今朝は――」

 その時ちょうど、二時限目の開始を知らせるチャイムが黒板の上の四角いスピーカーから流れた。

「あ、やば。私きょう日直だったんだ。黒板消さないと」

 ショートカットの女子生徒が小走りで去っていく。

 それを合図に他のクラスメイトたちも各々の席へと戻っていった。


 午前中の授業が終わると癖っ毛の男子生徒が再びやってくる。

「お昼は寮の食堂だから、よかったら一緒に行こうよ」

「あ、うん」

 一人で行動するのは心細かったので、その誘いは単純にありがたかった。

 教室を出て階段を降りている最中、二段先を歩いていた彼が振り返らずに言った。

「そういえば杉卜君のその制服、前の学校のやつなん?」

 その言い方からこの学園の生徒の制服がバラバラなのは、前にいた学校のものだからだということを知ることができた。

「ううん、僕は保健室でこれに着替えろっていわれて」

「へえ。いやね、前にもひとり、杉卜君と同じ制服を着ていた生徒がいたもんで。もしかしたら同じ学校なのかなって」

「……それって」

 続けて出すはずの言葉が喉の奥に引っかかる。

 この学園にはクラスはひとつしかない。

 机の数は僕のものも含めて三十台。

 生徒の数も僕を入れて三十人。

 だとしたら、小早川は――。 


 その日の夜、僕は夢をみた。

 校舎一階の廊下の突き当りにある左半分が欠けたプレートの掲げられた部屋の扉の中に、体格のいい生徒がゆっくりと吸い込まれていく。

 彼のすぐ後ろに誰かが立っていたような気がした。

 それは大人だったのか。

 それとも子供だったのか。

 それは男だったのか。

 それとも女だったのか。

 そもそもそれは――人だったのか。

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