第一章⑧
だが今回カイゼルスの力読み取れたのは、とてつもない不摂生な生活を送っているということだけだ。この生活を続けていたら疲れは溜まっていく一方であり、何より死期が近づく。医者が何をしても回復しないのは当たり前だ。
「陛下は…ご年齢を考慮いたしますと…無理をなさらぬ方がよろしいかと…」
言葉を選びながらそう進言するしかないヴェルシアナに、カイゼルスは眉をひそめた。
「宮廷医師と同じことを言うか吸血姫よ」
「恐れながら…疲れは日々の生活の過ごし方で変化いたします。…その…女性と過ごす時間を今より少なくすると改善されるかと…」
ヴェルシアナの言葉にマルグリッドの方から小さな笑い声が漏れるのが聞こえた。それはカイゼルスにも聞こえていたらしく、怒りに染まった目でマルグリッドを睨みつけていた。
「愚弄するのか!出ていけ!」
怒鳴るカイゼルスの声にもマルグリッドは涼しい顔をしていた。彼女が自分の言葉をまともに取り合わないのを自覚しているのか、すぐにカイゼルスの視線はヴェルシアナに向けられた。
「お前もだ吸血姫!医師と同じく我を治すこともできない無能者め!」
顔を真っ赤にするカイゼルスのこめかみには血管が浮き上がっていた。ヴェルシアナもその様子を冷静に見つめていた。カイゼルスの記憶を見た時にも思ったが、彼は感情や欲望に素直に従って生きている。それが不摂生へとつながっているのだが、その性分はもう今更変えられないだろう。
彼が今の生活を変えずに、体調を良くする方法などあるだろうかと、考えあぐねる。そんなヴェルシアナの様子が、自分を馬鹿にしていると思ったのかカイゼルスは唾を飛ばしながら吠えた。
「出ていけ!二度と顔を見せるな!」
その叫びは廊下にまで響いたのだろう。兵が数名何事かと駆けつけてきた。
マルグリッドに促され、ヴェルシアナは客間に戻った。薔薇の花をうかべた手水鉢が用意されていた。
「お詫びの言葉も見つからないわ」
ため息混じりの謝罪を受ける。人は歳をとるとなぜか頑固になる兆候がある。これも薬などで治せる者ではないというのがヴェルシアナの見解だ。
「どうか王妃様、お詫びなどなさいませぬよう」
マルグリッドは相当苦労してきたのではないか、ということが伺えて忍びない。彼女の目元が安堵したように和らぐ。あまり感情の出ない人だと思っていたが、どうやらそんなことはないようだ。
だがすぐにまた感情が消える。
「実は…もう一つお願いがあるのだけど…」
ヴェルシアナが促すと同時にお茶を持った女性がやってきた。メイドというより騎士に近い出立ちの彼女がいても、マルグリッドは言葉を続けた。
「聞いているかしら。昨日会ったエルフェリオの他にもう一人息子がいることを…」
「…はい」
マルグリッドが騎士のような女性に目配せをすると、彼女は小さく頷き手水鉢を持ってドアを開けると、ドアの前で警護していた兵士を下がらせ、代わりに自分がドアの前に立った。
つまり王の体調よりも知られてはいけない話をするのだろう。城内の兵士にさえ知られていない情報に違いない。
「もう一人の息子…エルディスのことはどんなことをご存知?」
「………」
ヴェルシアナは口ごもってしまった。昨日令嬢たちから聞いた噂は、どれも良い印象のものではなかった。
「酷い話ばかりでしょう?」
マルグリッドの声に僅かに辟易した感情が滲んでいたが、表情には何の感情も宿していなかった。
「あなたが聞いた話はほとんどが噂の域で真実ではないわ。…だけど真実は知れ渡ってほしくないから、噂をそのままにしているの」
マルグリッドの言葉にヴェルシアナは沈黙のまま頷く。つまりこれから話すことは他言無用ということだろう。アルドール王家の秘密、ということのようだ。
「…この国王家はね…男児が双子で産まれる家系なの」
「…もしかしてカイゼルス陛下も…?」
マルグリッドが頷く。
「生まれてくる弟の方はね、兄の身代わりとして全ての痛みや苦しみを引き受けるの」