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『朱里ちゃんの微笑み』短編小説集   作者: 健野屋文乃
11 きわみの章

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吉法師の冒険

時は戦国時代。場所は、尾張の三河国境地帯のとある酒場。


酔っぱらいの浪人が、綺麗になり始めたお市に絡もうとしたので、13歳の少年勝三郎は叫んだ。



「控え!控え!こちらにおかすお方をどなたと心得る!


織田家嫡男名古屋城主吉法師さまであらせられるぞ!


吉法師さまの御前である!頭が高い!ひかえおろう!」



なぜ勝三郎がこんな台詞を言ったのかは、勝三郎にも解らない。


久しぶりにあったお市の前で、カッコつけたかったのかも知れない。



酒場にいた浪人たちの視線が、一斉に勝三郎の背後の吉法師に注がれた。



勝三郎は、勝利の微笑を浮かべた。


元服前とは言え勝三郎は織田家嫡男吉法師さまの乳兄弟。


側近中の側近だ。


その誉れが13歳の少年に微笑を浮かべさせたのだろう。



しかし、酒場の浪人たちも、少年と同じく微笑を浮かべた。



「えっ?」



その意外な微笑に、勝三郎は戸惑った。



そして、酒場の浪人たちは一斉に刀を抜いた。



「勝!ないやってんだよ!」



背後で吉法師は叫んだ。




「うつけの方は殺すなよ!治部大輔じぶだいふさまが、たんまり恩賞をくださるぞ!」


※治部大輔、今川義元の位



偶然会った針売りの猿の様な少年と、三河の人質の竹千代が、防護柵代わりの机でお市を守るように陣形を素早く作った。



それを確認した後、襲い掛かる浪人たちに、吉法師は叫んだ



「生捕りなど腑抜けた事言ってんじゃねーよ!武士なら俺の首を取りに来い!お前らの10人や20人刺し違えてくれるわ!」



13歳とは言え、殺気立った吉法師の言葉は狂気を帯びていた。


酒場は、戦場いくさばの殺気が一瞬で満ち溢れた。



戦国の世。戦慣れした武者たちの熱気と狂気が、武者たちの身体から溢れだしたのだ。


そこは死の恐怖を感じた者から、死神に引きずられて行く死線場。


武者たちは、死の恐怖を抑え込み、恩賞の歓喜に替えた。



勝三郎は主が何を考えているのかすぐに理解した。


乳兄弟の以心伝心は半端ない。



そう・・・・吉法師さまは、殺気立ってはいるが・・・逃げる気だ。



勝三郎は、煮えたぎっている鍋を掴んだ。かなり熱いが言ってる場合ではない。



「おりゃ!」



煮えたぎった汁を、襲ってくる浪人にぶっかけた。


さらに腰に付けていた永楽銭もばら撒いた。



なぜ突然銭を投げようと思ったのか、勝三郎にも解らない。



「おお!銭だ!もったいない事してんじゃねーぞ餓鬼!」



大した額ではないが、突然の銭のばら撒きに、浪人たちは歓喜した。


宵越しの銭は持たない浪人たちは、ほぼ貧しい。



「裏だ!」



吉法師の声を背後に聞きながら、勝三郎は殿を務めつつ酒屋から脱出した。





5人の少年少女が、いつもより勇敢だったのは、山頂で見聞きした情景のせいかもしれない。



ここに来る前、山頂で他化自在天を名乗る存在に、5人に関わる未来を見せられた。


最初は疑心暗鬼だったか、その迫力映像に、5人は目を見張った。



ほぼ戦場の映像だった。


弓矢を持つ家に生まれた以上、その覚悟は出来ていた。



あまりの情報量に未来がどんなものなのか、誰も理解できなかったと思う。



そして最後に、他化自在天は少年少女に言った言葉が、5人の少年少女の脳裏に焼き付いた。



「お前たちが、乱世を終わらせる」



俺たちが・・・



勝三郎は、嬉しさに涙を流した。



みんなそれぞれに、微笑んでいた。






おしまい

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