第四十四話 裸の王様
ごうごうと燃えたける城。その姿はこの国のいたるところで見ることができた。
一瞬だった。数舜の爆発が起こったと思ったら、一瞬で炎が燃え上がり、その豪勢な外観を一瞬で赤い煉獄へと導いたのだ。中にいた人間たちはどうなったのか、城の周囲で戦っていた人間たち、そして遠くの方で戦っていた人間たち、ある事を行うための準備をしていた人間たちは、かたずをのんでソレを見つめていた。
そう、たった一組を除けば、である。
「クククク、アハハハ、アハハハハハハ!! 燃えてる! 全部燃えてるぞ! なぁ、爺!!」
「えぇ、亡き旦那様が見たらどう思われるか……」
この国の、≪本来≫の国王である男は、高笑いをしながら隣にいたかなり年齢を重ねた男性の方を見る。
老年の男性は、焼け落ちる城の姿を見ながら、どうやら目に涙を浮かべている様子だ。当然だ。彼にとっては、今の国王に仕えるその前からずっと仕事場として、そして国王に仕える身として毎日その城に通っていたのだから。彼にとっては第二の家のようになっていた。そんな場所が燃え落ちる様など、見るに堪えないことなのだろう。
「はん! 死んだ人間は何も言えないよ……それより見ろよ! あの憎たらしい厄子も、イホの国の大将も巻き込んでの大爆発!」
そんな老人の感慨をも一笑で吹き飛ばした男は、城の方を指さすと、満足げに言った。
「あの大きさだ、生き残る人間なんて、いるわけがない! これで俺は、イェンエンに顔向けができる! 俺は、もっと大きな国を支配するのだッ!!」
支配欲という欲望に包まれた悲しい怪物と言ったところか。前々から彼の事を知っていた≪彼≫はその姿を見ているとどこかで哀れみのようなものを抱いてしまった。いや、そんなもの持ったところで何も変わらない。
目の前の男は国を捨てたのだ。≪彼女≫の言っていた通りに。ならば、自分ができることは―――。
「兄さん……」
≪彼≫は、スッと小高い丘の上に立っていた二人にその姿を見せた。すると、老年の男性はその姿を見た瞬間に狼狽え始める。当然だ、彼は本来はこの国に帰ってきてはいけない存在であったから。
しかし、≪元≫国王はそうでもない様子だ。
「……やはりお前は、こっちに来ていたか愚弟アルベスタ」
お前は臆病者だからな、と元国王である人間。名前は、もう覚えていないが、その人間が言った。アルベスタはそんな中傷にも似た言葉にも何ら反応を示すことなく只々冷静に言う。
「妹は、カルラレストは、あの城に……」
「あぁ、ちょうどよかったからな。この国から厄子を排除する、いいきっかっけになった」
「けど、戦争はまだ続いている……まだ、戦っている人たちもいるよ」
「みたいだな。だが、あの山の厄子も、向こうの軍の主力である女も排除できた。まぁ、花火にしては生温い物だったがな」
ちょうど、良かった。妹を犠牲にして、城まで犠牲にしてそれでもかつ戦争に一体何の意味があるのか。国王なき城を守って、一体なんの意味があるのか。いや、ない。少なくとも彼はその事実を理解していないのだ。理解しようとも思っていないのだ。
何故なら、彼には人の心という物がないから。だからこんな作戦も考えられる。
「たく、使い捨ての駒にしても使えねぇ女だ。もう少し敵を集めてくれればよかったものを。だが、これでイホの軍の士気は低下しただろう。後はイホの軍を倒し、あの動く不思議な山を手に入れ、それを手見上げにしてイェンエンの元に行く!」
これらの言葉と、彼女からの情報を察するに、恐らく目の前の男は国王という立場を捨て、保身に走ったのだろう。イェンエンという神の加護を受けていると自称している国を後ろ盾にするための戦争。
妹を含めた数多くの厄子を葬り、二つの国、特に大国と言われているイホを落としたと言う功績を手土産にしてイェンエンの下に行く。そのための戦争。たった、それだけのための闘争、暴力、悲しみ。
「ただ……ただそれだけのためにこの戦争を?」
「その通りだ! イホの軍はかなりの勢力を持っていたからな! その軍を落としたと聞けば、イエンェンの神も俺を認めてくれるだろう!」
「……そのために、マナゴの国民を、土地を……巻き込んで」
大勢の命を犠牲にして。たった一人の欲望のためにたくさんの人生を狂わせた。三つの国の人間の運命を弄んだ。目の前にいる、裸の王様とリュカが呼称していた男のせいで。
なんとも腹が立つ。だが、ある意味この程度の男だったからこそ自分とカルラレスタの二人は長い間牢屋に閉じ込められていた、のかもしれない。
「土地など! イェンエンから貰えればいい! 国民だってそうだ! もう古いしきたりに従うのはまっぴらごめんだからな!! これでいい厄介払いができるってものだ!!」
「古いしきたりに従っているのは、兄さんじゃないか?」
「何?」
アルベスタは、ついに兄に対して意見を言う。これは、彼の人生に置いて初めての事となる、山場だと言っても過言ではない出来事だ。彼はさらに続ける。
「だってそうだろ、カルラレストが厄子だったからと言って要らない物とするなんて……兄さんが古いしきたりを嫌っているのなら、厄子を憎むのはおかしな話じゃないか……」
「な、それは……」
そう、はなから矛盾していたことなのだ。彼の行動の一部始終が。古いしきたりを嫌うと言うのならば、どうして厄子という存在を忌避していたのか。答えは、単純明白だ。
「何がしきたりに従うのはまっぴらだ……古い言い伝えを今も頑なに守って何も見ず何も聞こうとせずただただ自分自身の欲望を満たすための道具にしていた。そんな人間が言える言葉じゃない!」
道具、全ては自分がのし上がるための道具だったのだ。≪古いしきたり≫という言葉でさえも自分が良くなればそれでいいと言う証のような言葉。彼には新しい世界を見る力が無いのだ。
世界は変わる。彼女を中心として。ソレをちゃんと見極めることができなかったのが、目の前にいる裸の王様なのだ。その姿は、もはや哀れを通り越して滑稽にすら見えて来る。
「黙れ! 貴様、俺はこの国の王だぞ!」
「今は違う!」
「なんだと!?」
「貴方は国を捨てたんだ。国民を、土地を捨てた。今のお前は王様じゃない。帰る土地も生きる場所も信じられる仲間も全員失った……ただの愚かな人間だ」
そこにいたのは、もはや人間以下の人間にまで落とされた男。ただただ王としての任務を捨て、国を捨て、自分自身の欲望のために民をも切り捨てた脆弱な男でしかなかった。
そんな人間、もう何も怖くない。そう言わんばかりのアルベスタの言葉は、戦火に燃える国の空に溶けて消える。だが、その威光は確実に残り続けるのだ。醜い元王の記憶の中に。
「だ、黙れ!! この、厄子のおまけがぁぁぁぁ!!!」
それが、元王にとっては屈辱的だったのだ。彼は、剣をその手に持つとアルベスタに突撃した。王としての矜持などもはや存在しない。あるのは、ただただ醜い、醜すぎる人間としての姿だけ。
アルベスタは動じなかった。目の前に剣が来ようとも、例え元王たる兄が何をしようとも、一切動くことはない。
「フッ!」
「ッ!」
何故なら、彼はこの国で一番安全な立ち位置にいたのだから。突如として草むらから現れた女性は、元王の剣をはじくと、そのまま二人の間に立った。
そして、女性、リィナは言う。
「全く、私たちがいるからって威勢が良すぎるわよ」
「いえ、貴方たちがいてもいなくても同じでした……もう、僕は迷わないそう決めたから」
と、堂々と言ってのけたアルベスタ。
そう、彼は守られていたのだ。移動国家ヴァルキリーの戦力の一つである諜報部隊隊長たるリィナによって。確かにそれも彼の中では安心材料の中にあったのかもしれない。しかし、彼女たちの事を信じて、ただ他人任せにして威勢のいい言葉を放ったわけではない。彼は、彼の心の底からの叫びをただ述べた。ただ、それだけである。
「フフン……どうやら、あの子たちも着いたみたいね」
「何?」
そして、ここに更に援軍が到着した。リィナの言葉に元王、そしてアルベスタは彼女の目線を追った。すると、その先には自分たちが良く知る顔を先頭にした女性たちの姿。
「お兄ちゃん!!」
「なッ……」
「カルラレスタ……」
そう、カルラレスタと、そしてリュカたち城の中に入って言った面々、であった。




