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森の決戦・5

 リリアの蒼白な顔面に冷や汗が浮かぶのを横目で見たゼルラーデルが、がたがたと戦慄いている身体を片手で抱き寄せる。


「安心しろ。このマントには、お前が持っていた護符とは比較にもならないほど高度な術が施してある」

「だ……だったら、これはご主人様が――」

「着ていろ」

「でもやっぱり、ご主人様が――」

「リリア・キャラベル。お前にあれが壊せるか?」


 ゼルラーデルはリリアの言葉を、その名を呼ぶことで遮り、先ほどまで彼女が避難していた小屋を視線で示した。


「え?」

「説明している時間はない。崩壊をイメージして呪文を唱えれば、お前になら出来るはずだ」


 まつ毛を瞬かせるリリアにそれだけ言うと、ゼルラーデルは鋭く尖らせた瞳を茂みの奥へと向け、剣の柄に手を添えた。


「クロゲン。アジェを頼む」

「りょ~かい。エメラルドはリリアを助けてあげて」

「分かっ……あぁ。クロゲンよけて!!」


 クロゲンを見上げて微笑みかけたエメラルドが目を丸くして叫んだ。上空から黒い塊が、急降下してくるのを瞳が捉えたのだ。

 エメラルドの忠告を聞くより早く、それに気がついたらしいクロゲンは、間一髪、身体を翻してそれと衝突するのを避けた。


「シモンったら危ないよ~」


 猛スピードで降下してきたのはシモンだったが、当のシモンはと悪びれる様子もなく「おう。クロゲン。わりぃ」と言い残して、その勢いのまま水平飛行に切り替え、茂みへと向っていった。


 低木をなぎ倒しながらこちらへやって来る妖獣の鼻先を、シモンが次々と鋭い口ばしで掠めていく。大猿のような妖獣がリリアの胴回りほどもある腕を振り回すが、素早い動きに対応できずに空を斬り、そればかりか、振り回していた腕が互いにぶつかったことで、妖獣同士の喧嘩が始まってしまった。


 もちろん、皆がそれを黙って見ているわけではない。

 ゼルラーデルは混乱を掻い潜って猛進してくる妖獣を次々と昏倒させ、アジェとクロゲンは更なる攻防を繰り広げる。


「とにかくリリアは、ゼルラーデルに言われた通り、この小屋を壊すことに集中して」


 エメラルドは「ごめんね」と呟いて外壁に小さな掌を当てた。

 すると、外壁を覆っていた仄かな光を放つ植物が、まるで泡がはじけるように宙に散らばり、輝きをなくした微塵を地面に落としていった。


「さぁリリア」


 リリアは頷いて小屋へ向き直った。


(崩壊をイメージすれば良いのよね。崩壊・崩壊……)


 ゼルラーデルに教えられたとおりに意識を集中させて――


「壊れろ!」指先を小屋へと差し出した。


 しかし、表面にこびり付いている土さえピクリとも動かない。


「崩れろ!」「割れろ!」「潰れろ!」


 矢継ぎ早に呪文を唱えるが、堅牢につくられた小屋には、ひびを入れることも出来ない。


「何で壊れないの……。崩壊・崩壊・崩壊!」


 焦りが次第にリリアの集中力を欠いていき、クロゲンやシモンのちょっとした呻き声が嫌でも耳朶を掠めるようになる。

 妖獣と対峙するゼルラーデルへと眼を向けると、いつでも涼しげな表情を壊さない作り物のような面貌に汗が滲み、背中が大きく上下しているのが見えた。


(どうしよう。一体どうすればいいの?)


 どうやら、焦りは更に深まり、ますます集中できなくなるという悪循環に陥ってしまったようだ。



「どうしよう。エメラルド。あたしには無理。壊せない」


 瞳を潤ませて弱音を吐くリリアの頬を、エメラルドは小さな掌でぺちんと叩いた。


「死ぬ気で頑張れば出来ないことはないんでしょ? リリアはまだ死ぬ気で頑張ってないじゃない」


 リリアは叩かれた頬を押さえた。小さい手のわりに力が強い。


「みんながリリアを信じて戦ってるの! リリアが諦めない限り彼らも絶対諦めないから。だからリリアも信じなさい! お父さんみたいに一生懸命信じななさいよ!」


 エメラルドから放たれた言葉にリリアは唇を噛んだ。

 エメラルドにはリリアの躊躇いが分かるのかもしれない。

 魔術師として覚醒することへの不安は、それが眼前へと近づいてくる毎に膨らんでいく。


 ゼルラーデルの言うように、知らない方が良かったと後悔することになるかもしれないと、当初の浮かれる気持ちは、未知への恐怖にすっかり萎んでしまっていたのだ。

 だけど、みんなが自分を信じて戦っている。怖気付いてなどいられない。

 リリアは瞼を伏せて、一度大きく呼吸した。


「分かった。やってみる」


 妖獣の唸り声。アジェの杖から放たれる雷鳴。木々のなぎ倒される音。

 周囲に溢れかえる音から意識を逸らして、ゆっくりと瞳を開く。

 リリアに見えるのは石を積み上げて造られた小屋だけ。

 つるりとした石の表面には土が付着している。


 小屋の礎には――


(あら? 何かしらあれ)


 小屋の基礎となる地下の部分が、そこだけ他とは異なっている。

 それは五感で捉えられるものではなく、けれど五感の全てで感じる取ることができそうな確かな感覚だった。


 地底から噴き上げてくる壮絶な威力が、それを上回る力で封じられている。

 封じているものを取り除けば、おそらく地底からの力で小屋は吹き飛んでしまうだろう。


 不思議なことにリリアにはその方法は容易に想像できた。

 それが結界であること。

 クロゲンを助けた時、身体を襲った異変が、結界を壊した際の衝撃だったこと。

 それらが、するりと頭の中へ流れ込んできたのだ。



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