どうやら呼ばれたようです
改稿にあたって1話から書きなおしました。
前作については要望があれば消します。(しばらくは資料として残します)
まだまだあらい部分が多いですが読んでいただければ幸いです。
――どこかの国のどこかの森の中にて――
トンネルを抜けるとそこは雪国だった
なんて小説の一節を思い浮かべながら足元を見降ろす。
もちろん雪などないし周囲の気温も初夏に入りかけたような不快でない暑さがある。
ではなぜそんな言葉が思い浮かんだのか。
それを説明するにはまず事の起こりから解明しなければならない。
それは去年の夏、うだるような暑さの中家路を歩いていた時のことだ。
俺は近所のスーパーまで買い物に行った帰りに買い忘れに気づいて、買いなおしに戻るかそのまま帰るか悩んでいた。
このまま帰ればクーラーの効いた部屋へ直行できる。しかし買いに戻った場合は陽炎の立ち上る道を倍も歩かなければならない。
帰った場合快適な生活が保障される代わりにこの暑い中買い物に出た意義が不完全になってしまう。
買いに戻れば『買い物』という行動の意義を十全に果たせる代わりにこの灼熱の中を歩き通すという苦行を強いられる。
究極の選択だ。
確かその時俺は――いや、やっぱりやめよう。
この話から思い出していると非常に長いうえ、そもそも現在の状況には――全く関係がない。
じゃあなぜ思い出したのかって?
時には思考の脱線も必要ですよ?
おもに精神安定のために。
それでは本題に入ろう。
そう、それはつい先ほどの俺とあの人(人?)とのやりとりまでさかのぼる。
――夢でも現でもない何処か――
揺れる。
ゆらゆらと揺れる。
寄せては引く波のように意識が覚醒とまどろみを繰り返す。
意識の片隅で自身が何もない空間を漂っているのを理解する。
ぼやける視界の中に水面に波紋をたてるように新たな存在が加わった。
それは人、だろうか?
ひどくあいまいで境界線がはっきりとしない。
“居る”と認識しているのに目を離すとすぐに見失いそうな。
そう、たとえるならひどくノイズの混じった朧げなホログラムのような感じだろうか。
とにかくそんな存在が前方に突如として現れた。
「やぁ、気分はいかがかな?」
片手を上げる動作とともにそれが話しかけてきた。
いや、話しかけてきたというより意識に語りかけてきた?
とにかく声ではない声、意識のようなものを受け取る。
そんなことを考えている間にだんだんと意識が覚醒してくる。
それとともに自身の体が思うように動かせないことに気がついた。
見降ろしてみるとそこには真っ白な空間があるだけで見慣れたからだが存在しない。
驚いて声が出そうになったが口からは何の音も出ない。
!? !!!? ??
結果大量の表意記号だけがその場に残った。
「あ~、驚いてるとこ悪いけど先に話を進めさせてもらうよ
まず前提として上岸彼方くん、キミは事故により死亡しました」
こちらのことなど知ったこっちゃないと人影が続ける。
「というわけでキミの魂をこの狭間の空間に招待しました。
ここに来たことでキミには二つの選択が与えられます。
すなわちこちらの頼みを聞いて新たな世界へと転生するか、このまま消滅するかです」
というわけって……えらく端折られた気がするのは気のせいか?
あと選択がやたら両極端だな。片方ぶっそうだし。
「まぁまぁ、細かいことは気にしない。あんま細かいとこ気にするとハゲるよ?」
ハゲてねぇし!!
ていうか細かくもねぇ! ついでにこっちの思考読むなし!!
「いや、だってキミしゃべれないじゃん?」
そう、そこだよ。なんでしゃべれないんだ?
「死んでるから? よく言うじゃん『死人に口なし』って」
いやそうじゃなくて!
「あえて言うなら魂の状態だからかな。しゃべろうにも肉体がない」
初めからそう言えよ!!
がっくりと肩を下ろす。
いや、肩がないから気分だけそうする。
じゃあ次だ、どうしてこんなことになってる?
「え~、さっき言ったじゃん。死んだからここに連れてきました、まるっ!」
フンスと鼻息荒く胸を張って答える影。えらく態度が子供っぽい。
そもそも死んだからってはいそうですかと納得できると思うか?
「できないの?」
できるかっ!!
というかできるやつがいるなら今すぐここへ呼んでほしい。
きっとソイツはダライ・ラマやガンジーみたいに悟りを啓ききったやつに違いない。
「まぁまぁ、事故ってそういう物じゃん? 誰しも望んで事故に遭うわけでもないと思うけど」
まぁ、確かにそうだが。
じゃあ次、あんたは誰?
「この世界の管理者だよ~」
管理者っていうと神様か?
「ちょっと違う。管理者は管理者で神様は他にいるよ。
神様は世界にたくさんいて管理者はその世界を管理するのが仕事」
つまり神様より上位の存在だと?
「それも違うかな。どちらかが上って事はないし、神様たちも自分たちの好き勝手やってるからね~。
こっちでもいろいろできるけど。
あえて言うなら互いに好き勝手やりすぎないように監視してる間柄?」
さらっと恐ろしいこと言うな。
「そうでもないよ? 互いに『地上には直接関与しない』っていうルールがあるから神様たちは自分の信者つくって加護とか与えたりするだけだし、こっちも物理法則書き換えたりできるけどあくまで世界の崩壊を防ぐ最終手段だし」
そ、そうか……。
それじゃ俺を呼んだ理由については?
「それはキミにこの世界でやってほしいことがあるからだよ」
それなら他の誰かでもいいような気もするが?
「まず一つは順応性かな。若い方が転生後のなじみも早いし。
幸いにもキミには異世界転生については物語なんかで知っているようだし。
そして何より重要なのはキミの魂の持つキャパシティーだね」
魂のキャパシティー?
「言い換えれば生まれ持った能力というやつだよ」
いやいや、俺は普通の人間だぞ。
今まで生きてきてこれといった才能を自覚したことすらない。
「それはキミの能力が生まれた世界に適合していなかったからだね。
ようは才能はあるのにそれを発揮する環境がなかったということだよ」
えっと、つまり?
「魚に陸を泳げて言っても魚は水から出られない、何より陸が泳げるような作りじゃないって言ったらわかりやすいかな?
つまり今までのキミは陸に上がった魚みたいなものだったわけだ」
なるほど、何となくわかった。
んで、俺の能力ってのは?
「その魂に内包する莫大な『魔力』だよ。
科学を前提とした世界に魔力を持っていても感じ取れないし、そもそも必要ないからね。
科学ありきの世界ではキミの存在は非常に特異なんだよ。
というわけでキミの世界の管理者にお願いして僕の管理する世界に連れてきたわけだ、おわかり?」
おーけー。
で、肝心のお願いってのは?
「崩壊した世界を発展させてほしい」
ふむふむ……って、え?
「大丈夫、必要な能力はあげるから」
いやいや、さすがに崩壊した世界に一人で放り出されるのは勘弁してほしい。
「チートだよ? 俺TUEEEEEできるよ?」
うっ……グッ!
思わずお願いを聞く方に傾きかけたがすんでのところでこらえた。
だって崩壊した世界などチートを使ったってどうこうできるわけがない。
「ん? あ……。何か勘違いしてるみたいだけど説明が不十分だったね。
この世界が崩壊したのは1000年ほど前で今ではだいぶ持ち直してきてるんだよ。
キミの感覚に合わせるなら中世ヨーロッパみたいな感じかな。ちなみに魔法もあるよ。
それで世界が崩壊した原因なんだけど、それは前文明の負の遺産みたいなのが原因かな。
もとは高度な魔法文明が発達してたんだけど、不完全な魔法で変質した魔力や魔導実験で排出された『瘴気』が生物の根源を捻じ曲げてね。その結果世界に『魔獣』や『魔物』といった存在があふれだしたんだよ」
ほぉ~、どこの世界にも環境汚染ってのはあるんだね~。
「うんうん、それで初めは人間側が優勢だったんだけど次第に魔物の物量に押され出してね。結局最後は人間側が押し出されて大陸の各地に散って行ったんだよ。
最終的に人間は当時の半分以下まで減ってその間にあらゆる知識や技術も失われてね。
現在でも人類の活動圏は世界の2割以下なんだよ。
というわけでキミにはこの活動圏を広げる手伝いをしてほしいのだ」
のだぁ~、と両手を上にあげながら言う影、いや管理者。
なるほど、で? 具体的にはどんなことをすればいい?
「何でもいいよ~。魔物を倒して安全に活動できる範囲を増やすなり、技術を発展させて戦力増強を図るなり特に指定はしない。
どの道このままだと緩やかな衰退の結果完全に世界が滅びるだけだからね~」
だからそれを防ぐためにキミを送り出すわけだ、とつぶやく管理者。
「で、初めに戻るわけだけどキミに与えられた選択肢は二つ。
チート or Die ?」
だから片方物騒だって! チートで!
「ふっふっふ、キミならそう言うと思っていたよ」
いやあれを選択っていうのは間違ってると思う。
「まずキミには3つの能力をあげようと思う。
一つ目は『世界知識』。これはこの世界に関する知識だね。今から覚えろって言ったって相当時間がかかるし、何よりチュートリアルするのめんどい」
おい! ぶっちゃけやがったよこの管理者!!
「まぁまぁ、この世界で使われてる言葉も含まれてるから、ついてそうそう言葉が通じないってことにはならないからお得だと思ってよ。
んで2つ目は『アイテムボックス』。この世界ではアイテムボックスは余裕のある人はだれでも持ってるけどこっちのは無制限の方ね。普通のアイテムボックスだと容量だとか内部の時間経過に制限があるけど、こっちのは全くなし。生ものが腐ったりしない安心設計だよ」
ふーん、余裕のある人はってのはどういうこと?
「そのまま懐具合だよ。『アイテムボックス』は教会にお布施をすれば誰でも付与してもらえるけど容量なんかは本人の魔力に依存しててね、ぶっちゃけ魔力が少ないとリンゴの一つも入らない。
それでも冒険者にとっては荷物の量一つで運命が分かれるから持ってる人が多いんだよ」
やっぱりいるんだ冒険者。
「3つ目は『ステータス』。これは自分の状態を大体知ることができるスキルだよ。」
大体ってのは?
「『ステータス』って念じてみればわかるよ」
ほむ、『ステータス』
そう念じると自分の前に半透明のウィンドウが現れた。
――――――――――――――――――――――――
彼方 上岸 (16)
体力 (100%)
魔力 (100%)
状態 良好
スキル
ギフト
【魔力の源泉】【世界知識】【アイテムボックス】【ステータス】
――――――――――――――――――――――――
「初心者の冒険者っていうのは自分のペース配分が分からずに無茶しがちだからね。
あとどれくらい体力が残っているかが分かるようにしてあるんだよ。
他の人には見えないから安心してね。
ちなみに普通の人はスキルやギフトは教会に行って確認しなければ自分がどんなスキルを持っているのかわからないから、大体成人した時に教会で洗礼を受けるのが一般的だね」
この『魔力の源泉』ってのは?
「それはキミがもともと持っていた能力だよ。莫大な魔力の元だね。
こっちでは魔力と寿命が比例しているからキミの場合不老みたいなものかな、やったね」
へぇ、そんな風になってるのか。
こっちの体力なんかがパーセント表記なのは?
「こっちの世界ではスキルが基準になってるんだ。
明確な能力値っていう物が存在せずに、魔物を倒したからって経験値を得てレベルアップするってわけでもない。
だから強くなるには日々の鍛錬が必要なんだよ。怠けてたらすぐに体力も落ちてしまうよ。
その代わりにスキルには熟練値があって、使えば使うほどうまく使いこなせるようになるんだ。
評価は5段階で1が初心者、2で駆け出し、3がベテラン、4が達人、5で神業だよ
って事で次は付与するスキルを選ぼうか。
この中から好きなのを10個選んでみて」
そう言って手を横に振るとウィンドウが現た。
ウィンドウには数千ものスキルがずらりと並んでいる。
『世界知識』のおかげで見ただけでどんなスキルなのか頭の中に流れ込んでくる。
まず身を守るためにスタンダードな『剣術』。
次いで魔法が使いたいから『属性適性(全)』。
技術発展に便利そうな『錬金術』『鍛冶術』『鑑定』。
防御用に『結界術』。
傷を負ってもすぐ治るように『超回復』。
自分が戦えなくても何とかなるよう『召喚術』。
召喚した見方のバックアップに『付与魔術』。
後は何となく遠隔攻撃できたらいいかと思って取った『弓術』。
結果こうなった。
――――――――――――――――――――――――
彼方 上岸 (16)
体力 (100%)
魔力 (100%)
状態 良好
スキル
【剣術】【弓術】【超回復】【属性適性(全)】【結界術】
【付与魔術】【召喚術】【錬金術】【鍛冶術】【鑑定】
ギフト
【魔力の源泉】【世界知識】【アイテムボックス】【ステータス】
――――――――――――――――――――――――
「この10種類で決まりかな?」
とりあえずこれだけあればなんとかなると思う。
「おっけ~、スキルは評価3からにしておくよ、それ以上上達したいなら頑張って上げてみてね。
あとは~、そうだ。アイテムボックスにさしあたって必要になりそうな物を入れておくから向こうについたら確認してよ。
僕からはこんなところかな。何か質問は?」
これから行く場所について教えてほしいかな。
ついたときの状況とか。
「なるべく魔物の弱いところに降ろすつもりだよ。しばらくそこで戦闘経験を積むのがいいんじゃないかな?」
あとは、そうだな。スキルは後から増やしたりできるのか?
「できるよ~。ただし実用的にするには相応の努力がいるけど」
なるほど。あとは……特にないな。
「あとから分からないこととかあっても『世界知識』に大体入ってるから調べてみるといいよ。
それじゃあ準備も終わったところでそろそろお別れかな。
キミの行く末に幸多きことを願っているよ」
そう言って管理者はなにやらスイッチを押すような動きをする。
声に出すなら「ポチっとな」だろうか。
すると足元に突然穴があき、俺はそこに吸い込まれるように落ちて行った。
なんじゃそりゃ~~~~~~~!!
声に出ない悲鳴とともに。
――どこかの国のどこかの森の中――
まぶたに光を感じて目をあけると青空があった。
背中に草の感触があるのでおそらく自分は寝ていたのだろう。
上半身を起こして周りを見ると木ばかりだ。
自分を中心に半径10mほどがぽっかりと空いて心地よい日差しがふりそそいでいる。
すぐそばにはみたこともない花が咲いていた。
前略
落とし穴を抜けると――そこは異世界でした。




